第五章 02

 今日はすこぶる調子が悪かった。
 寝不足に加えて、あんなつらくて哀しい夢を見たから。
 アンニュイな気分、ともいう。朝からそんな調子で登校し、気分が乗らないまま過ごしていたら、いつの間にか放課後になっていた。
 まるで気が入らない。最近こんなことばっかりだ。
 帰りのホームルームが終わった直後。教室の中はいつも以上の喧騒に包まれている。今日は職員会議があるらしく、すべての部活動がお休みになった。ねえ、これからどこに遊びに行こうか――そんな声があちこちから聞こえてくる。
 
「綾瀬さん」
 
 石川さんに呼ばれた。
 
「あのさ、これから時間ある? クラスの連中とカラオケに行こうって話になったんだけど」
「カラオケ……えーと」
 
 どうしよう。誘ってくれたのはありがたいけど、今日はそんな気分じゃない。こんな気持ちだと楽しめないと思う。それじゃみんなに失礼だ。
 今日は断ろうと決断した矢先、今日の日付を思い出した。
 
「あっ」
「なんか用事でもある?」
「う、うん、今日はちょっと……」
「わかった。また今度ね」
「うん。ごめんね、石川さん」
 
 石川さんは立ち去り、わたしはひとり残される。
 取りに行かなくちゃ……あれを。
 つらいことを思い出すから、本当はあまり見たくない。でも、さすがに放り出すわけにもいかない。
 大切な物だから。あの人から送られた、大事な品。わたしの宝物。
 ……元気にしてるかな、あの人は。
 あの人――わたしの中には、ふたりの「あの人」がいる。ひとりは、感謝してもしきれないほどの恩がある人。
 もうひとりは、恨んでも恨みきれない怨念がある人。
 ……あ、また思い出しちゃった。もう、後者のほうのあの人のことを思い出すのはやめよう。今日はさっさと用事を済ませて、家に帰って大人しくしてよう。
 喧騒に包まれる教室を、静かにあとにした。





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