第七章 02

 翌日の朝。学園の玄関口。いまはちょうど登校時間だから、下駄箱周辺は賑わっている。
 けど、わたしは自分の下駄箱を開けて止まった。自分だけが喧騒の外へ放り出されるような錯覚に包まれる。
 
「どうしたの?」
 
 木崎さんの怪訝な声。木崎さんとは、登校途中の道端でばったりと会った。彼女はわたしの視線を追う。
 
「……手紙?」
「うん……そうなんだけど……」
 
 下駄箱に入っている上履きの上に、一枚の封筒が置かれていた。葉書くらいの大きさで、色は薄い青。
 
「あ、綾瀬さんっ、まさかそれラブレターじゃ!」
「ええっ!?」  
「転校してからまだ間もないのに、綾瀬さんってもてるんだね……羨ましいな」
 
 木崎さんは羨望の眼差しをわたしに送ってきた。これがラブレターであると、木崎さんはすでに断定しているらしい。
 
「え、ちょ、ちょっと待って木崎さんっ。まだそうと決まったわけじゃ……」
 
 封筒のどこを探しても、差出人の名前はない。仕方がないのでわたしはとりあえず、手紙の封を開けた。……手が微妙に震えているのはなぜだろう。
 中には封筒と同じ色をした便箋が一枚、丁寧に折りたたまれて入っていた。
 
《綾瀬由衣さんへ 
 突然のお手紙、まことに失礼いたします。
 とても大切なお話があります。
 今日の放課後、午後四時に屋上で待っています。》
 
 ボールペンで記された手書きの手紙。字のお手本のような、驚くほどの達筆だった。あまりにも字が綺麗すぎて、これを書いたのが男性なのか女性なのか判別できない。
 差出人の名前は、やはりどこを探しても見当たらなかった。
 
「あ、綾瀬さん、やっぱりこれ……?」
「……う、うん」
 
 反応が遅れてしまう。
 
「き、木崎さん、どどどうしようっ」
「え、ど、どうしようって言われても……」
 
 よりにもよって今日の放課後。間が悪い。月城くんに謝ろうと決意したわたしの間が悪いのか、それともこの手紙の差出人の間が悪いのか。そもそも、いったい誰の仕業だろう?
 ……誰かの悪戯? 
 その推測はすぐに頭から振り払った。こんな綺麗な字を書ける人が、悪戯をするだろうか。そしてなにより、この手紙をくれた人はそんなに悪い人ではないんじゃないかと思う。気のせいかもしれないけど、ほんの些細なことだけど、手紙の端々に、文字の一字一字に不思議な誠意とやさしさを感じる。
 
「綾瀬さん、どうするの?」
「うん……とりあえず行ってみようと思う」
 
 今日の授業が終わるのは午後三時半。四時まで三十分しかないから、それまでに心の準備をしておかないといけない。
 
「……ねえ木崎さん、このことは内緒にしてくれる?」
「うん、いいよ」
 
 木崎さんが理解のある人でよかった。変にこのことが知れわたって騒がれるのは恥ずかしい。
 手紙を鞄にしまい、靴を履き替えた。始業時刻までにはまだ時間があるけど、ここで立ち止まっているわけにはいかない。
 結果がどうなるにしても、わたしは――
 前に進もう。上履きに履き替えながら、そう思った。それにしても、今日もまた授業に集中できないなと、強い予感を抱いた。





光紡ぐ神の旋律 ~ Melodies of Memories ~

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