19

 いつの間にか10月になっていた。 
 かなり無理やりだけど、1週間以上の有休を取った。最初は渋っていたオーナーだったけど、さっちゃんの様子を少しだけ話すとさすがに理解してくれた。帰ってきたら仕事の山が待ってるだろうから覚悟してくれよ、と脅されたけど。
 朝早く車で出かける。僕にとっては久々の国内旅行だ。さっちゃんも似たような感じらしい。
 後部座席にはナオちゃんもいた。彼女は最初、同行することを頑なに拒んでいた。まあ気持ちはわかる。けど僕が必死に頼んで、それこそ土下座する勢いで一緒に来てもらった。
 本州の太平洋側を北上し、青森で折り返して日本海側を南下を目指す。ふつう、あらかじめ宿を予約しておくものだろうけどそれはしなかった。いつかやってみたいと思っていた、行き当たりばったりの気ままな旅行。もちろん道に迷ったり、車中泊になろうかという危うい事態など、アクシデントが多発した。
 まるで僕たちの人生のようで、それはそれで楽しかった。
 計画性のなさに最初は辟易していたナオちゃんも、後半にはいろいろあきらめたのか、笑うようになっていた。僕も笑い、最後はさっちゃんもつられて笑う。
 どの地域も料理はうまい。お酒も美味しい。山も海も空もすべての景色がきれいだった。ついでに美女がふたりも一緒――これを言ったらふたりに笑われた。

  
 僕はいまを生きていて、心の底から笑うことができる。それは生きた人間のみに許される特権だ。死者は哀しむこともつらいと思うことも、怒りで我を忘れることもないけど、笑うことも幸福を感じることもできない。いま世界に生きている70億の人々で、その単純な事実を知っているのは何人いるのだろう。
 もしも兄貴が目の前に現れたら言ってやりたい。
 僕は生きることを選んだよ――と。


 さっちゃんは旅の最中、口数が少なかった。
 ずっと笑いながら泣いているような表情を見せていた。彼女がなにを思ってそんな顔をするのか、僕もナオちゃんも最後までわからなかった。


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