序幕 ~ 第一幕 第一場

序幕

 客席の明かりが落ち、完全に暗転。
 そのさなか、テケスタの三人が舞台上に登場。
 音楽が流れ始めると同時に明転し、オープニングダンスへ。
 オープニングダンスが終わると、潜入ミッションの演出(台詞はなく、動きと仕草だけ)。
 黒子と赤い糸を使ったややコミカルなイメージ。
 最後は失敗し、警報が鳴る。
 テケスタの三人、その場から逃げるという体で退場。
 黒子たちも退場し、徐々に暗転。
 暗転の間、舞台上に事務所のセットが組まれる。

第一幕 第一場

 明転。
 雑居ビルの一室。
 簡素な事務机やソファ、テーブルなどがある。
 空間の片隅にはポットやカップ、ラジカセなどの小道具も。
 ここがスパイチーム「テケスタ」の事務所である。
 龍一が板付きの状態で始まる。
 龍一は面倒な様子で書類を作成中。
 史郎登場。

史郎「おはよう」

龍一「……おはよう」

史郎「間に合った」

龍一「ぎりぎりセーフだ。あと一分で遅刻だったぞ」

史郎「だから走って来たんだよ。あー、朝っぱらから疲れた」

龍一「朝っぱらから情けない。史郎はもっと体鍛えろ」

史郎「俺はデスクワーク専門だから、肉体労働は任せるよ……龍ちゃんは朝からなにやってるの?」

龍一「始末書」

史郎「え、龍ちゃんなんか失敗したの?」

龍一「俺だけの失敗じゃない。前回のミッションだ。最後見つかって警報鳴っただろ!」

史郎「でも、任務自体はちゃんと達成したでしょ。目的のブツはちゃんと回収して希美さんに渡したし」

龍一「そうだけどな、その佐倉さんが書けってうるさいんだよ」

史郎「ふーん」

龍一「ふーんって、そんな人事みたいに」

史郎「龍ちゃんなんか料理作ってよ。朝ご飯食べてないから、おなか空いた」

龍一「おまえな。人の話聞いてたか? これ終わったらな」

 唐突に音楽が流れ始める。
 隼人登場。
 イヤホンをつけ、音楽に合わせて踊りながら入ってくる。

隼人「おはよう!」

史郎「ねえ隼人ちゃん、音、漏れてるよ。かなり盛大に」

隼人「は?」史郎「だから! 音が漏れてるって!」

隼人「は?」

龍一「わざとやってるのかおまえは」

 龍一、隼人からイヤホンをひったくる。
 音楽停止。

隼人「やあ龍一、おはよう。相変わらず眉間にしわが寄ってるね」

龍一「誰のせいだ。ちょっと遅刻だぞ」

隼人「朝の連続テレビ小説見てたから」

龍一「そんなのんきな」

隼人「それからシャワー浴びた」

龍一「おまえな!」

史郎「さすが隼人ちゃん。相変わらずマイペースだね」

龍一「マイペースにも限度があるだろ」

 隼人、陽気に踊る。

史郎「隼人ちゃん、今度はなににはまってるの?」

隼人「マイケル・ジャクソン!」

史郎「へえ」

隼人「史郎も一緒にどうだい」

史郎「踊り? えー、どうしようかな」

龍一「ダンスやる前に体を鍛えろ。史郎、この中じゃおまえがいちばん軟弱だろ」

史郎「僕はコンピューター専門だから。肉体労働は苦手なの」

龍一「じゃあ俺の代わりに始末書書くか?」

史郎「それはやだ」

隼人「始末書ってなんだい? 龍一まさか、なんか失敗した?」

龍一「だーかーら! この前の潜入ミッションだって言っただろ」

隼人「ああ、あれね(史郎を見る)」

史郎「な、なに?」

龍一「最後に赤外線触れたの、明らかにおまえだよな」

史郎「俺? い、いや……どうだったかな」

隼人「俺、史郎が引っかかってるのばっちり見た!」

龍一「俺も」

史郎「なんだよ! たしかに俺が最後に引っかかったのは認めるよ! でも俺だって隼人ちゃんが引っかかってるの見た!」

隼人「ぎくっ」

龍一「ぎくってなんだ。おい隼人、どういうことだ」

隼人「あはは」

龍一「笑って誤魔化すな!」

隼人「すいませんでした!」

龍一「まったく。おまえもか」

史郎「俺だけが悪いわけじゃないじゃん」

隼人「だけど! 実は俺も、龍一が赤外線に触れてるところ見たんだなこれが」

龍一「ぎくっ」

史郎「ちょっと龍ちゃん、どういうこと?」

龍一「リ、リーダーの俺がそんなミスするわけないだろ」

隼人「最初に引っかかったのは龍一だ!」

史郎「龍ちゃ~ん?」

龍一「だ、だから、リーダーの俺がそんなミスをだな……(睨まれて)悪かったよ! 俺も引っかかりました!」

隼人「ほら見ろ」

史郎「嘘はいけないよ、龍ちゃん。希美さんに言いつけちゃうぞ」

龍一「……わ、悪い」

隼人「被告人龍一。有罪判決を言い渡す」

史郎「よって、これから美味しい美味しい朝ご飯を作らないといけない刑に処する」

隼人「大人しくキッチンに向かいなさい」

龍一「はい…………いや、待て! おかしいだろ!」

史郎「おかしくないよ。嘘ついた罰だ」

隼人「そうだそうだ」

龍一「だから、俺はまだ始末書が残ってるんだよ!」

隼人「オムライスがいいなぁ。史郎は?」

史郎「俺は和食かな……しじみの味噌汁がいい」

隼人「和食も捨てがたいな」

龍一「人の話を聞け!」

隼人「だってさ、踊りながら来たからおなか空いたんだよ」

龍一「どいつもこいつも……やだ。自分で作れ」

隼人「だって、この中で料理いちばんうまいの龍一じゃん」

史郎「そうだよ。しかも最近任務続きで龍ちゃんが作る料理食べてない」

隼人「俺の胃が、君の料理を欲してるんだ」

史郎「そうだそうだ」

龍一「うるさいな。冷蔵庫の中になにかあるだろ。チンして食え。俺は始末書書かないといけないの」

史郎「ひどい!」

隼人「これから始末書龍ちゃんって呼ぶぞ!」

龍一「あーもう! さすがに怒るぞ! ったく、もうそろそろ佐倉さんが来るっていうのに、まだ始末書終わってないじゃんか」

 龍一、再び机で始末書作成を再開。

史郎「え、希美さん来るの!」

龍一「ああ」

史郎「やった!」

龍一「俺の苦労を知らずにぬけぬけと」

隼人「始末書取りに来るの?」

龍一「そう」

隼人「じゃあ早く終わらせないとね」

史郎「そうだよ。希美さん困らせたらダメだからね! ほら、さっさとやって」

龍一「わかってるよ! だからおまえら、もう邪魔するなよ……あ、そういえば、ほかに大事な話もあるって言ってたな」

史郎「なに?」

龍一「詳しくは知らない」

隼人「ははーん、きっとあれだ」

史郎「え、隼人ちゃんわかるの?」

隼人「きっと結婚の報告だ」

 龍一と史郎、驚く。

隼人「だって佐倉さん、もういい歳でしょ。そろそろお嫁に行かないと、クリスマスを過ぎたクリスマスケーキみたいに売れ残っちゃう」

史郎「そんな! 相手は誰だ」

隼人「きっとあの人だ」

史郎「誰」

隼人「東郷さん」

史郎「そんな! 東郷さんがどうして!」

隼人「だって佐倉さんの身近にいて、佐倉さんが惚れそうなほどいい男っていったら東郷さんしかいないでしょ」

史郎「たしかに東郷さんは渋くてかっこいいとは思うけど」

隼人「むむ。もしかしたら辰巳のアニキっていう可能性も」

史郎「辰巳さん! そんな、東郷さんならともかく、あんなチャラチャラした人に希美さんが惚れるわけないでしょ!」

龍一「おまえにだけはチャラチャラしてるなんて言われたくないだろうな」

隼人「わかんないよ。だって辰巳のアニキは毒とか薬品とかそういうの詳しいからね。もしかしたら超強力な媚薬を作って使ったのかも」

史郎「そんなの卑怯だ!」

隼人「あちゃー、どちらにしても史郎には太刀打ちできそうにないね。残念だ」

史郎「ダメだ! 希美さんは渡さない!」

隼人「そうだ史郎。こうなったら力尽くで奪い取るしかないぞ!」

史郎「よし! 龍ちゃん!」

龍一「なんだよ」

史郎「俺のことを鍛えてくれ!」

龍一「はあ?」

史郎「龍ちゃんに鍛えてもらって、東郷さんと辰巳さんを負かすくらい強くなってやる!」

龍一「あのな。東郷さんは剣術から空手からテコンドーまであらゆる武術のエキスパートだぞ。おまえみたいなヒョロッっとしたやつが何年修行積んでも敵いっこない」

史郎「やってみないとわからないだろ!」

龍一「辰巳さんにしてもそれなりに強いんだから、おまえには無理だ。だいたい、佐倉さんが結婚するなんて話は隼人の――」

史郎「それでも俺はやるんだ!」

隼人「龍一、せっかく史郎がやる気になってるんだから。ね?」

龍一「嫌だ。今の俺はおまえらの戯れ言には付き合ってられない」

隼人「そんなこと言わずに。あの史郎が自分から鍛えてくれって言ってるんだよ? こんなチャンス、二度とないぞ!」

龍一「だから、始末書が」

隼人「それは俺がやっておくから」

龍一「ほんとか? ……まあ、それなら」

史郎「龍ちゃん早く!」

龍一「わかったよ」

 龍一と史郎、武術の稽古を始める。
 隼人は始末書を作成。

龍一「ほら、そんなんじゃダメだ。もっと腰を落とせ」

史郎「くそ!」

龍一「それじゃあ東郷さんは遠いぞ。俺だってまだ十回戦って一回勝てればいいほうなんだから。あの人は強い」

史郎「くっ……龍一先生! もっと厳しくしてください!」

龍一「言ったな。よし」

隼人「ところでさ」

龍一「なんだ?」

隼人「もうすぐ佐倉さん来るんだよね」

龍一「ああ。来る前に始末書終わらせてくれよ」

隼人「佐倉さんが来たときふたりが汗臭かったら、嫌がるんじゃない?」

龍一「は?」

史郎「そういえば……」

隼人「汗臭い男は女性に嫌われるよ。ねえ、史郎」

史郎「龍ちゃん! やっぱ稽古やめよう!」

龍一「おまえな!」

史郎「だってこんなことやってたら汗臭くなっちゃうよ! 部屋だって……ファブリーズあったかな」

隼人「俺の香水貸そうか?」

史郎「貸して貸して!」

龍一「おい史郎! おまえが鍛えてくれって言ったんだろ!」

史郎「それどころじゃないんだよ。だいたい龍ちゃん、さっきから変なにおいするよ。昨日お風呂入ってないの?」

龍一「おまっ……徹夜で始末書書いてたんだよ!」

隼人「俺の香水貸そうか?」

龍一「いらねえ!」

史郎「ダメだよ龍ちゃん、一緒にシャワー浴びよう」

龍一「ふざけるな! 誰がおまえなんかと一緒にシャワーなんて」

隼人「不潔な男って最低よね」

史郎「そうだそうだ!」

龍一「隼人、いい加減にしろ! もとはと言えばおまえが」

隼人「なんだよ。やる気か?」

龍一「ああ。もう我慢できない。おまえのひねくれた根性叩き直してやる。東郷さん仕込みの技でな」

隼人「望むところだ」

史郎「ちょっとふたりとも、喧嘩はやめて」

龍一「黙れ史郎。おまえは引っ込んでろ」

隼人「そうだ。ヒョロヒョロで弱っちい史郎は引っ込んでろ」

史郎「誰がヒョロヒョロで弱っちいって!」

隼人「おまえしかいないだろ!」

史郎「なんだと!」

龍一「おい待て、俺を忘れるな!」

史郎「龍ちゃんは始末書書いてればいいだろ!」

隼人「そうだそうだ! 始末書龍ちゃんなんだから!」

龍一「おまえら……もう許さねえ!」

 三人、どつきあう。
 佐倉登場。

佐倉「朝っぱらから楽しそうね」

史郎「希美さん!」

佐倉「おはよう、史郎くん」

史郎「おはようございます」

佐倉「ふたりもおはよう」

隼人「おはようございます」

龍一「……どうも」

佐倉「で、朝っぱらからなにもめてるの?」

史郎「希美さん、東郷さんと辰巳さん、どっちと結婚するんですか!」

佐倉「は? わたしが結婚? なにそれ? よりにもよってあのふたりと? 史郎くん、冗談は顔だけにして」

史郎「だって隼人ちゃんが」

佐倉「隼人くんがそう言ったの?」

史郎「いい歳だから、そろそろお嫁に行かないとクリスマス過ぎたクリスマスケーキみたいに売れ残るって」

 佐倉、隼人を睨みつける。

隼人「な、なんのことだかさっぱり。記憶にございません」

佐倉「殴っていいかしら」

隼人「いや、嫁入り前のレディがそのような野蛮な真似をするのはいただけません」

佐倉「(めちゃくちゃ怒る)誰が行き遅れですってえええええ! (すぐに正気に戻り)ごほん……ここは学校じゃないのよ。真面目にやって」

龍一「すみません」

佐倉「ねえ、なんかのど渇いちゃった。飲み物くれる?」

史郎「はい! ちょっと待っててください!」

 史郎、紅茶をいれる。
 しばらく雑談。

佐倉「それで龍一くん、始末書できた?」

龍一「す、すみません。実はまだ」

佐倉「なに、まだ終わってないの?」

龍一「いろいろあって」

佐倉「あのねえ、わたしが来るまでに仕上げておいてって言ったでしょ」

龍一「そうなんですけど」

隼人「終わってます!」

 隼人、佐倉に始末書を渡す。

龍一「なんだよ、終わってたのか。早く言ってくれよ」

史郎「(カップを持って)どうぞ!」

佐倉「ありがと。(一口飲んで)あら、相変わらず美味しいわね。さすが史郎くん」

史郎「それほどでも」

龍一「はあ……やっと始末書地獄から解放された」

隼人「よかったねえ」

佐倉「(始末書読みながら)ちょっとこれなに?」

龍一「なにか?」

佐倉「途中報告はまだいいのよ。でも最終報告欄に『俺がすべて悪いんです。俺が最初に赤外線に引っかかったのに、それを黙っていただけでなく、さらに史郎と隼人だけのせいにしようとしました。俺は最低な男です。罰としてふたりの毎日の食事三食分、これから一生俺が作って償います』なんで始末書に懺悔?」

龍一「隼人!」

佐倉「これ、龍一くんの字でしょ」

龍一「まさか隼人、俺の筆跡真似したのか?」

史郎「さすが隼人ちゃん。器用だね」

隼人「いやあ、それほどでも」

佐倉「龍一くーん。これ、やり直し」

龍一「そんな!」

佐倉「もちろん最初から」

龍一「隼人!」

隼人「なんだよ。ちゃんとやっただろ」

龍一「ちゃんとじゃない! 余計なことしやがって!」

 龍一と隼人、どつきあう。

佐倉「いい加減にしなさい! 子どもじゃないんだから! 本当にあなたたちはいつまで経っても……これじゃあ新しい任務は頼めないわね」

史郎「新しい任務?」

龍一「俺たちにですか」

佐倉「そう思ったけど、今のあなたたちには頼めそうもないわね。別のチームに頼もうかしら」

龍一「いやいやいや、ぜひ俺たちに!」

佐倉「でもねえ」

龍一「お願いします佐倉さん! 俺たちにもプライドがあるんです。もう前回のようなヘマはしません!」

佐倉「些細なミスでも許さないわよ」

龍一「はい! なあ、おまえら、大丈夫だよな」

史郎「希美さんのためならなんなりと!」

隼人「任せてください!」

佐倉「わかった……詳細はこれに書いてあるわ」

 佐倉、龍一に書類を渡す。

龍一「(読みながら)えーと、また潜入ですか」

佐倉「そう。でもそれだけじゃないわ。今回は潜入した先である人物の身柄を確保してほしいの」

隼人「誘拐?」

佐倉「まあ、悪い言い方をすればそうね」

史郎「希美さん! 俺たちはむやみに人を傷つけるような真似はしたくないですよ! たとえ任務でも!」

佐倉「それはわかってるから、最後まで聞いて。ターゲットの名前は真城小夜子。真城財閥のご令嬢よ」

隼人「真城財閥!」

佐倉「さすがに有名だから知ってるみたいね」

隼人「すみません。ぜんぜん知らないです」

龍一「真城財閥っていうのは、日本でも有数の資産家一族だよ。傘下の真城システムズっていう会社が超高性能な警備システムを開発して、世界的に有名になったな。つい最近の話だ」

隼人「そこのお嬢様をどうして誘拐するんですか?」

佐倉「最終目的を言うのなら、政略結婚の阻止」

隼人「政略結婚。今時?」

佐倉「そう。実はその真城小夜子、今度とある相手と結婚を控えているのよ」

龍一「それを阻止したいと?」

佐倉「そういうこと。結婚相手っていうのがね、これまた世界的に有名なグループ企業、綾瀬グループの御曹司でね」

龍一「なるほど。そういうことですか。だいたいわかりました」

史郎「え、なに? どういうこと?」

隼人「俺もわかった」

史郎「嘘だ。じゃあ説明してよ」

隼人「ん? だから……えーと、そういうのは苦手だ。龍一、パス」

史郎「ずるい!」

龍一「いいか、真城財閥のご令嬢と、綾瀬グループの御曹司。このふたりが結ばれたらどうなる?」

史郎「えーと……赤ちゃんができる?」

龍一「バカ! そこはどうでもいいんだよ!」

史郎「どうでもよくないよ! 赤ちゃんは愛の結晶だぞ!」

隼人「ねえ史郎、赤ちゃんってどうやってできるの」

史郎「ええっ……そ、それはねえ……希美さん!」

佐倉「わ、わたしに振らないで!」

龍一「だから、どちらも世界的にかなり影響力のある大財閥と大企業だ。例のふたりの結婚で、このふたつが結びつくことになるんだよ」

隼人「そうなった場合、世界経済への影響力は計り知れないね」

龍一「そう。どちらもただでさえ影響力があるのに、それらが手を組んだらどうなる。きっと世界のどの企業にとっても脅威になるはずだ」

史郎「うん……たしかに」

龍一「その結果を認めたくない人間たちがいる。誰だかは知らないが、要はそいつらが結婚を阻止したいと……ってことでいいですよね、佐倉さん」

佐倉「ええ。ほとんど正解」

隼人「そうそう。俺もそう言いたかった」

史郎「ほんとかな」

龍一「わかったか、史郎?」

史郎「うん……でも、結婚をおじゃんにするわけでしょ? 結婚する本人たちは納得できないんじゃない?」

佐倉「どうしてそう思うの?」

史郎「だって、ふたりの愛を引き裂くわけじゃない。俺はそういうのやだな」

龍一「おまえな、仕事なんだからやだとか言ってるんじゃない。だいたい、その、あ、あ、愛だとか言ってて恥ずかしくないか?」

史郎「愛は地球を救うんだよ!」

隼人「そもそもさ、ふたりの間に愛があるとは限らないよね」

史郎「なんで? 結婚するんでしょ」

龍一「史郎、佐倉さんが最初に言ってただろ。政略結婚だって。ふたりの立場から察するに、結婚する本人たちの意思はあまり関係ないのかもしれない」

史郎「そんな! じゃあ好きでもない人と結婚するかもしれないってこと?」

龍一「その可能性もあるな」

史郎「あんまりだ……これだから大人の世界は」

龍一「それで、ターゲットの写真とかは? この書類にはないようですけど」

佐倉「ああ、それね……ごめんなさい」

隼人「用意してないの?」

佐倉「ガードが堅くて入手できなかったのよ。どうもその小夜子って子、まだ表舞台には出てないみたい」

隼人「じゃあどうやってターゲット確認すれば」

佐倉「それは順番に説明するから。えーと、とにかく、あなたたちにはちゃんと仕事をしてもらうからね。いつも以上に報酬も弾むわよ」

龍一「本当ですか?」

佐倉「ええ。報酬については二枚目」

龍一「(書類をめくって)ええ! こんなに?」

佐倉「弾むって言ったでしょ。ただし!」

隼人「ただし?」

佐倉「いちおう任務は果たしたとはいえ、前回のようなミスは許されないわ。どんな些細なことでもね」

 このあたりで東郷と藤枝登場。
 しかし誰も彼らに気づかない。

龍一「はい。肝に銘じます」

史郎「赤外線には気をつけます!」

佐倉「よろしい。じゃあ本格的に任務の説明をするわよ」

東郷「その前に気づいてほしいんだがな」

佐倉「東郷さんに……藤枝くん?」

隼人「辰巳のアニキ!」

藤枝「よお」

龍一「いつからここに?」

東郷「前回のようなミスは許されないわ。どんな些細なことでもね、あたりからな。誰も気づかないんだな。まだまだだ」

藤枝「なんだおまえら、またなんかやらかしたんか?」

龍一「いや、それは」

佐倉「ちょっとふたりとも、なにしに来たのよ?」

東郷「まあまあ。そんな怖い顔しなさんな希美ちゃん」

佐倉「希美ちゃんって呼ばないで」

藤枝「希美ちゃん、相変わらずかわいいな! 彼氏できた?」

東郷「そのくらいにしておけ、辰巳……おい、ここは客に茶も出さないのか」

史郎「あ、はい!」

 史郎、紅茶をいれる。

佐倉「東郷さんも藤枝くんも、わざわざここに来る必要はないでしょ」

東郷「いちおう、数日後に一緒に仕事するわけだからな。顔合わせだ」

藤枝「そうそう。たまには後輩の様子を見ないといけねえからな!」

東郷「成長を間近で確かめるチャンスだ。なあ、龍一よ」

龍一「それはどうも」

佐倉「また思ってもないことをペラペラと」

龍一「あの、それよりも一緒にってどういうことですか?」

東郷「なんだ希美ちゃん、説明してなかったのか?」

佐倉「これから説明するところだったの! なのにあなたたちが来て……あと、また希美ちゃんって――」

東郷「そりゃ悪いことしたな!」

藤枝「そうっすね!」

 史郎、カップを東郷と藤枝に渡す。

龍一「話を続けていいですか? 佐倉さん、説明してくださいよ」

佐倉「話が前後したのは謝るわ……さっき言ってた真城小夜子の身柄確保、作戦決行は今度の日曜日よ」

史郎「もう一週間切ってるじゃん!」

龍一「それほんとですか? 準備が」

佐倉「仕方ないでしょ。こちらも手回しとかいろいろ時間がかかったのよ」

隼人「それで東郷さんと辰巳のアニキと一緒っていうのは?」

龍一「佐倉さん」

佐倉「なに?」

龍一「任務が急だろうなんだろうと、仕事ならきっちりやってみせます。……それで今回の任務、誰か死ぬことになるんですか?」

佐倉「どうして?」

龍一「東郷さんと辰巳さんは、潜入専門の俺たちとは違って暗殺のプロです。誰か殺すような目的がないと、一緒には動かないだろうと思うんですが」

東郷「さすが龍一。頭の回転は昔から速かったな」

龍一「褒め言葉として受け取っておきますよ」

史郎「ま、まさか、ターゲットの真城小夜子さんを暗殺するとか!」

東郷「そんなわけあるか。だったら誘拐なんかせず、最初から俺と辰巳で殺しに行くぜ」

史郎「あ、そっか」

藤枝「史郎は相変わらずバカだな!」

史郎「なんだと!」

藤枝「んだよ! やる気か!」

東郷「黙れ」

藤枝「すんません」

龍一「で、結局どういうことなんでしょうか」

佐倉「今から説明するから……東郷さんと藤枝くん。ふたりは今回、あなたたちの任務をサポートする役目よ」

龍一「ふたりが? サポート?」

隼人「そんなまさか」

東郷「嘘じゃねえよ。ほんとだ」

藤枝「今回、俺たちは殺しを請け負わねえ。おまえらテケスタのサポートに徹してやる」

隼人「ほんと?」

藤枝「つーのは建前だ。おまえらとは別に、ほかの任務があってな。これは秘密なんだが」

龍一「え?」

東郷「辰巳! 黙りやがれ」

藤枝「あ、すんません」

東郷「とにかく、今回俺たちは誰も殺さねえ」

史郎「ほんとですか? ほんとに誰も殺さないんですか?」

藤枝「おうよ」

東郷「俺たちも好きで人を殺してるわけじゃねえ。快楽で人を殺すなんて、そんな落ちぶれたくもねえさ。理由がねえのなら誰も殺さない……ただし」

龍一「ただし?」

東郷「もしおまえらがなんらかのミスをした場合、その結果任務遂行の邪魔になる存在が現れた場合は、遠慮なくそいつを殺す。もちろん、子どもだろうと女だろうと容赦しねえ」

龍一「じゃあ、俺たちがミスさえしなければ、誰も死なないってことですか」

東郷「そういうことだ」

隼人「すっごいプレッシャー」

佐倉「ごめんなさいね。今回の任務は絶対に失敗できないの。ボスからもそうきつく言われてる」

龍一「俺たちを失敗させないための布石……その東郷さんと辰巳さんですか」

藤枝「そういうこっちゃ。がんばれよ、坊やたち」

龍一「おふたりは納得されてるんですか? なんか、要するに俺らの保険のようなものですよ」

東郷「正直おもしろくはないが、そこはおまえと同じだ。仕事なら仕方ねえ。ボス直々の依頼だからな。あの人には俺も恩もある。おまえらもそうだろ」

龍一「そうですね」

東郷「しかし誰だか知らないが、今回の任務の依頼主は相当な権力者だな。うちのボスをそこまで動かせるんだから、金回りもいいんだろう。なあ、希美ちゃん」

佐倉「依頼者についてはわたしも詳しく知らないわ。たとえ知っていたとしてもあなたたちに教える義務はない……だから、希美ちゃんって――」

東郷「だとよ」

藤枝「大人の世界って怖いっすね!」

東郷「とにかくだ龍一。俺たちはおまえらより先に屋敷に潜入している。あとあと合流することになるだろう」

龍一「そうですか」

佐倉「みんな、ちゃんと納得できた?」

 一同、うなずく。

東郷「まあ、せいぜいがんばってくれ坊やたち」

 東郷退場。

藤枝「お兄さんたちが温かく見守っているからなあ! ……そうだ隼人」

隼人「はい?」

藤枝「兄弟子からのプレゼントだ。受け取りな」

 藤枝、隼人に液体の入った小瓶を渡す。

隼人「なんですか、これ」

藤枝「俺様が特別に調合した薬品だ。たとえシロナガスクジラでも一瞬で眠らす超強力睡眠薬、名付けて『スーパーネムルンデラックス』だ!」

隼人「おお! さすが薬物のエキスパート!」

藤枝「潜入の際に使えるかもしれないだろ。持ってけ泥棒!」

隼人「ありがとう! 辰巳のアニキ!」

 藤枝退場。

龍一「まだ子ども扱いか。俺たちは」

史郎「よーし! やってやるぞ! ねえ、ふたりとも!」

龍一「そうだな」

隼人「スーパーネムルンデラックスか。こいつはすごい。ネーミングセンス微妙だけど」

龍一「それで、俺たちは具体的にどうすれば?」

佐倉「当日、真城家の屋敷で婚約記念パーティーが催されるわ。あなたたちはそこに紛れ込んで、ターゲットである真城小夜子に接触。身柄を確保」

龍一「どうやって紛れ込むんです?」

佐倉「ちゃんと考えてあるから大丈夫。あなたたちには、ダンサーになってもらうわ」

龍一「ダンサー?」

佐倉「パーティーの余興として、ダンスパフォーマンスが行われるの。あなたたち三人は、そのパフォーマンスする人たちになりすまして潜入する。ちなみに潜入する手はずはもう整えてある」

龍一「ダンサーってことは踊るんですよね?」

佐倉「そりゃそうよ」

龍一「俺、ダンスの経験ないですよ」

史郎「俺も」

龍一「この中でダンスの経験があるって言ったら……」

 全員、隼人を見る。

隼人「ふっふっふ。ここは俺の出番だな」

史郎「隼人ちゃん、あまり時間ないけど、俺たちにダンス教えてよ!」

隼人「もちろん!」

龍一「隼人おまえ、人に教えるほどの技術があるのか? ダンスやってるって言っても始めたの最近だろ、たしか」

史郎「最初はAKB48にはまってたよね」

龍一「それ、二ヶ月くらい前の話だよな」

史郎「その次は東方神起だったね」

龍一「それは先月の話だな。流行の追い方がおかしいぞ。そんなので大丈夫か?」

史郎「でも隼人ちゃん器用だし」

龍一「まあいいか。時間もない。さっそくレッスン始めよう」

佐倉「下手なパフォーマンス見せたら怪しまれるわよ」

龍一「そうですね。よしおまえら、今回は絶対失敗しないようにするぞ!」

隼人「ふっふっふ。これは俺の新兵器の出番かもしれないな」

史郎「なに、新兵器って?」

隼人「催眠術!」

史郎「催眠術! すごい!」

龍一「また妙な特技身につけたのか。それ使い物になるのか?」

隼人「当然。この俺を見くびってもらったら困る。中国四千年の歴史を勉強して、人を思いのままに操る古代の秘術を発見したのだ」

龍一「ほんとかよ」

史郎「見たい見たい!」

隼人「よし。史郎、そこに立って」

 隼人、史郎に催眠術をかける。
 史郎、無言で佐倉の前へ。

隼人「よし、成功!」

龍一「そんな簡単な」

隼人「まあ見ててよ」

佐倉「どうしたの、史郎くん?」

史郎「希美さん! 俺はあなたが好きです!」

佐倉「ええっ!?」

史郎「俺は本気です!」

佐倉「そんな急に告白されても。心の準備が……ちなみにわたしのどこが好きか教えてくれる?」

史郎「あなたのおっぱいが特に好きです! ちょっと小さいけど!」

佐倉「はあっ!?」

史郎「だから揉ませてください!」

 史郎の手が佐倉のに伸びる。
 佐倉、史郎を引っぱたく。
 我に返る史郎。

龍一「すごいな」

隼人「でしょ?」

龍一「操り方最低だけどな」

隼人「でしょ?」

史郎「でしょ、じゃないよ隼人ちゃん! 希美さんになんてことするんだ!」

隼人「ん? おっぱい揉もうとしたのは史郎でしょ」

史郎「たしかにそうだけど……あれ? 俺が悪いのか……いやいや、操ったのは隼人ちゃんだ!」

佐倉「わたし、もう帰るわ」

史郎「希美さん! 今のは俺がやったんじゃないんですよ! いや、やったのは俺だけど、隼人ちゃんに操られて!」

佐倉「さようなら」

史郎「ああ、希美さん! そうだ、紅茶のおかわりどうですか」

佐倉「いらないわよ!」

 佐倉退場。

史郎「ああ、希美さん怒っちゃったよ」

隼人「まあまあ、長い人生、そういうこともあるさ。さあ! 嫌なことはダンスで汗かいて忘れようぜ!」

史郎「そんな」

隼人「よし! そうと決まればそのへんのもの片付けて。狭いから」

 おのおのソファやテーブル、机などを片付ける。

隼人「ミュージック、スタート!」

 音楽が流れ始める。
 しかし再び佐倉登場。
 音楽止まる。

史郎「希美さん!」

龍一「どうしたんですか?」

佐倉「言い忘れてたことがあったの」

龍一「らしくないですね」

佐倉「悪かったわね! ……えっと、あなたたちが潜入する真城家の屋敷」

龍一「屋敷がなにか?」

佐倉「屋敷の警備システムを、最新のAIがすべて管理してるみたいなの」

龍一「AI?」

史郎「アーティフィシャル・インテリジェンス。略してAI。人工知能のことだね。SF映画によく出てくるでしょ」

龍一「おまえ、そういう話題には強いんだな」

隼人「それしか取り柄ないもんね」

史郎「一言多いよ、隼人ちゃん」

龍一「そのAIがなにか?」

佐倉「真城システムズが開発した、超高性能な人工知能らしいわ。今まであった人工知能の常識を覆すような大発明で、真城家はこれを開発し、警備システムに応用させて成功した」

龍一「ということは」

佐倉「史郎くん、あなたの力がどうしても必要になるわ。あらかじめシステムにクラッキングして潜入。なんらかの形で警備システムをダウンさせることになると思うわ」
  
史郎「わかりました」

佐倉「どういう方法で対処したらいいのかは史郎くんが判断してちょうだい。そのあたりは信頼してるわ」

史郎「はい!」

佐倉「最後にもう一度言うけど、今度の任務は絶対成功させて」

龍一「そんなの俺らが力を合わせれば楽勝ですよ。な?」

佐倉「期待してるわよ」

龍一「かならず任務は達成してみせます。チーム・テケスタの名にかけて」

佐倉「ええ。それじゃあがんばって」

 佐倉、退場しようとするが立ち止まる。

龍一「ど、どうしました?」

佐倉「もっと大事なこと言い忘れてたわ」

龍一「なんですか?」

佐倉「わたし、着やせするタイプなの」

 佐倉退場。
 音楽が流れる。

龍一「だそうだぞ、史郎」

史郎「そ、そうなんだ」

隼人「じゃあ始めよう!」

 暗転。
 暗転のさなかに三人が退場し、音楽が止まる。
 事務所のセットが片付けられる。


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