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第一幕 第二場

2020 3/23

 明転。
 西園寺、アンサンブルが板付きの状態。
 スタッフに扮したアンサンブルがパーティー会場の準備をしている。
 西園寺は彼らに指示を出している。

西園寺「おい、予定時刻より遅れてるぞ。さっさと準備してくれ」

 変装した東郷と藤枝登場。

東郷「西園寺啓介様でいらっしゃいますか」

西園寺「あんたたちは?」

東郷「真城グループの命により、本日よりこちらのお屋敷に配属されました、田中と申します」

藤枝「部下の鈴木っす!」

西園寺「ああ、やっと来てくれたか。話は聞いている」

東郷「このたびは小夜子様のご婚約、誠におめでとうございます。ご良縁とのことで、心から祝福いたします」

西園寺「……どうもありがとう」

東郷「おや、あまり喜ばれているようには見えませんが」

西園寺「気のせいだ。それよりも、こんなバタバタしているときに来てもらって悪かったな」

東郷「とんでもございません。人手が足りないとのことでしたので、我々が全力でバックアップする次第です」

西園寺「よろしく頼む。俺ひとりではいっぱいいっぱいだったから」

東郷「この家には現在、真城家の方は小夜子様おひとりで?」

西園寺「そうだ。現真城家当主で小夜子様の父・秋彦様は現在スイスにいる。残念ながら仕事でこのパーティーには出られない」

藤枝「母親は?」

東郷「こら鈴木。小夜子様のお母様はだいぶ前に亡くなっているんだ。ちゃんと教えただろ」

藤枝「あ、そうでした。すんません。小夜子様はご兄弟もいないんすよね」

西園寺「そうだ」

東郷「ということは、真城家の業務などは?」

西園寺「本来なら小夜子様のお仕事だが、あの方はまだそういったものに不慣れだ。だから実質、執事の俺が指揮している」

東郷「それはそれは。話には聞いていましたが、さぞかし有能な方なんですね、西園寺様は」

西園寺「そんなことないさ。このようなパーティーの準備にもかなり手間取ってるくらいだから」

東郷「またまた、ご謙遜を」

西園寺「とにかく、ふたりには俺の補佐としてしっかり働いてもらうからな。楽な仕事ではないから、覚悟してくれ」

東郷「重々承知しております」

藤枝「しかし、広い屋敷だよな」

東郷「さすがは真城家の総本山といったところでしょうか」

藤枝「ここまで広いと警備大変なんじゃねえの?」

東郷「たしか、人工知能がこの屋敷を管理してるとか」

西園寺「ああ。ハル!」

ハル「お呼びかな」

 声が聞こえてくる。
 人工知能(AI)ハルの声。

西園寺「ああハル、挨拶してくれ、今日からこの屋敷で働くことになったふたりだ」

ハル「ああ、たしか真城グループ執務室から出向のふたり。田中くんと鈴木くんだね。以後、よろしく」

東郷「これはこれは。ご丁寧にどうも」

ハル「ボクの名前はハル。この屋敷の警備システムにプログラムされている人工知能だ。姿が見えなくて声だけで申し訳ないね」

藤枝「すげーな。どこから声聞こえてくるんだ?」

西園寺「屋敷の随所に設置された小型スピーカーからだ。マイクもあって、こちらの声も拾えるようになっている」

藤枝「へえ、ハイテクだな」

東郷「たしか、この屋敷のセキュリティは、全部君が管理してるんだったね」

ハル「そう。この屋敷のあらゆる警備システムは、すべてボクに集約されている。屋敷の至るところに設置された監視カメラやマイクの映像・音声でリアルタイムな監視が可能となっている。そのほか赤外線センサーなど、各種警報装置も随時作動中だ」

東郷「なるほど。ネズミ一匹入り込むスキがないってことか」

ハル「当然だ。ボクに死角はない」

東郷「頼もしい限りだ」

西園寺「そうだハル、今回のパーティーはいつも以上に気を引き締めてくれ。小夜子様の結婚を快く思わない連中がいるとの噂を聞いた」

ハル「真城グループと綾瀬グループのつながりを認めたくない人たちのことだね」

西園寺「まあ、さすがにこのパーティーをどうこうしようとは思わないだろうが、念のためだ」

ハル「了解した。警戒レベルを上げて用心しておこう」

西園寺「よろしくな。それで今、小夜子様は?」

ハル「自室のバルコニーにいらっしゃるよ」

西園寺「バルコニー? 冷えるじゃないか」

ハル「ふむ。そう伝えておこう」

西園寺「俺があとで迎えに行くとも伝えてくれ」

ハル「了解」

西園寺「よし、あんたたちはパーティーの準備を手伝ってくれ」

東郷「かしこまりました。なんなりと」

藤枝「なあなあ、パーティーってことは、かわいい女の子とかたくさん来るのか?」

西園寺「どうだろうな」

藤枝「来ないのか? 期待してんだけど」

東郷「おい、鈴木」

西園寺「今日いらっしゃるのは真城家に縁のある家の当主様や、政財界の大御所の方などが多い。若い女性はあまりいらっしゃらないと思う」

藤枝「なんだよ」

西園寺「だいたい、招待してもあまり来たがらないだろ」

藤枝「なんで?」

西園寺「若い女性なら当然、小夜子様と比べられるからな」

藤枝「お? それを嫌がるって? ってことは、小夜子様って相当美人なのか」

西園寺「ああ。信じられないくらいかわいいぞ」

藤枝「よっしゃ!」

東郷「もういいだろ鈴木。仕事だ」

 舞台上後方が暗転。
 西園寺、東郷、藤枝退場。
 入れ替わり舞台上の前面に照明が照らされる。
 真城家の屋敷。バルコニーという設定。
 舞台上後方では、引き続きパーティーの準備が行われている。
 小夜子登場。
 しばらくその場をうろうろする。

ハル「小夜子様」

小夜子「ハル?」

ハル「夜のバルコニーは冷えます。そろそろ中に入ったほうがよろしいかと。西園寺も心配しておりました」

小夜子「西園寺が? ……ありがとう。でも、もう少しここにいたいの」

ハル「そうですか」

小夜子「もうすぐパーティーね」

ハル「はい。西園寺をはじめ、屋敷にいるすべてのスタッフが全力を挙げて準備しています。小夜子様の婚約記念パーティです。誰も気を抜いてはいません」

小夜子「そう……あなたも?」

ハル「もちろんです。ボクも例外ではありません」

小夜子「ありがとう。ハル」

ハル「恐れ入ります……おや」

小夜子「どうかした?」

ハル「パーティーの余興としてダンスパフォーマンスを行う方々が、たった今到着されました」

小夜子「ダンスパフォーマンス?」

ハル「はい。名前はウルトラパフォーマンス集団テケスターズ」

小夜子「変わった名前ね」

ハル「変わった名前だと感じる感覚をボクは持ち合わせてはいませんが、腕は確かでしょう。西園寺が選りすぐった人たちですから」

小夜子「西園寺が?」

ハル「はい。これも小夜子様のご婚約を祝福するためです。小夜子様のために、西園寺がいちばん張り切っていらっしゃるように見受けられます」

小夜子「そう。西園寺が……ありがたいことなのね。本来は」

ハル「本来は? 小夜子様、その言葉の真意をボクは測りかねます」

小夜子「そのままの意味よ。わからない?」

ハル「人間はよく逆説的な言い方をします。そのあたりを理解するアルゴリズムはまだ成長段階です。申し訳ありませんが、説明していただけませんか」

小夜子「……ごめんなさい、ハル。言葉でうまく説明できるようなことじゃないのよ。そうね……感情的なものなの」

ハル「感情……心、ですか?」

小夜子「ええ。そう」

ハル「人間とは不便なものですね」

小夜子「え?」

ハル「ボクは自分の思考ルーチンを、すべて言葉に置き換えて伝えることができます。自分がなにを基準にして行動、思考するのか。どのように答えを導き出すのか。そしてどうしてそのような結論に至ったのかなど、すべてです。それがボクを構成するアルゴリズムであり、プログラムです」

小夜子「それは……すごいわね」

ハル「ボクにとっては当たり前のことです。逆に、どうして他人にうまく説明できないような感情というものを、人間が秘めているのかがまったく理解できない」

 小夜子、笑う。

ハル「小夜子様、今あなたが笑った理由が、ボクには理解できません」

小夜子「その答えを導き出すアルゴリズムはまだ成長段階?」

ハル「いえ、というよりは今はじめて知った、といったところでしょうか。ボクの中で新たなアルゴリズムが生まれました」

小夜子「ごめんなさい。ハル、あなたはおもしろいわ」

ハル「おもしろいとは?」

小夜子「いえ、ただもし人間全員があなたのような思考回路をしていたら、きっと世界中から問題事なんてなくなるわね、と思っただけで」

ハル「たしかに今のボクの思考ルーチンという基準で考えるのなら、あらゆる問題は回避できるでしょう」

小夜子「それはなぜ?」

ハル「仮にどんな問題が起こったとしても、論理的アルゴリズムによる整合性の検証……人間で例えるなら考える、でしょうか。それによって問題を解決します」

小夜子「それでも解決できなかったら?」

ハル「それはありえません。解決できない、という事態になりうる解決方法をボクは導き出しません。仮に相手の存在する問題だったとしても、双方が納得できる解決方法と結果を導き出すでしょうから」

小夜子「やっぱりそうなのね。ふふっ、やっぱりあなたはおもしろいわ」

ハル「その言葉の意味を測りかねます」

小夜子「あのねハル。人間にはそれができないのよ」

ハル「それが、とはボクの論理的アル……考え方のことでしょうか」

小夜子「そう。あなたと違って、人間はすべての問題を論理や理屈だけで解決することはできないの。どうしても邪魔するものが出てくるのよ」

ハル「邪魔するものですか?」

小夜子「ええ。なんだと思う?」

ハル「申しわけありません。わかりかねます」

小夜子「感情よ」

ハル「感情……心」

小夜子「そう。それがあるからどうしようもないこともある」

ハル「小夜子様にも?」

小夜子「もちろん。だってわたしは人間だもの」

ハル「そうですか。やはり人間は不便ですね」

小夜子「そうね。不便……でも、それが、感情があるから人間なのかも」

ハル「興味深い考え方です。ボクはまた、人間に対する考察を行うための、新たなアルゴリズムを学びました」

小夜子「不思議なものよね。問題事ばかりの人間が、絶対に問題事を解決できると断言している存在を生み出したんですもの」

ハル「それも興味深いことです。検証する価値がある命題かと」

小夜子「ふふ……なんか壮大な話になってしまったわね」

ハル「そろそろお戻りになったほうがよろしいかと」

小夜子「いいえ、もう少しだけここにいさせて」

ハル「かしこまりました」

 舞台上前方が暗転。
 小夜子退場。
 舞台上後方に東郷と藤枝登場。
 彼らの上にスポットライト。

東郷「こちら東郷。佐倉、応答せよ」

 佐倉が離れたところに登場。
 彼女の上にスポットライト。

佐倉「こちら佐倉。首尾はどう?」

東郷「真城家に無事潜入した」

佐倉「了解。それで?」

東郷「真城家の執事、西園寺啓介と接触」

佐倉「気づかれてないわね?」

東郷「当然だ」

 別の離れたところにテケスタの三人登場。
 彼らにもスポットライト。
 史郎はノートパソコンを操作している。

佐倉「佐倉より龍一くんへ。聞こえる?」

龍一「はい」

佐倉「そちらも潜入できたわね?」

龍一「はい。現在控え室にいます。ここも監視されているようなので、あまり大声では話せませんが」

佐倉「史郎くん、警備システムの状況は?」

史郎「はい。システムのアクセス権は水面下で握りました。いつでもダミーのプログラムを生成して誤魔化せます……でも、すごいなこのシステム。かなり高度ですよ」

東郷「ボクに死角はないとか言ってたな。ハルとかいう人工知能は」

史郎「東郷さん、人工知能と話したの? すごい! どうでした?」

佐倉「史郎くん。それは今どうでもいでしょ。ほかになにかある?」

史郎「えーと……ひとつ気になったことが」

佐倉「なに? なんでもいいから言ってちょうだい」

史郎「監視カメラ、ターゲットの自室の中にも設置されているみたいなんです」

龍一「なんだって?」

隼人「個人の部屋に?」

史郎「しかもログをチェックしたら、毎日定期的に、彼女の部屋に警備員による巡回監視もあるみたいで」

佐倉「……そう」

史郎「なにか知ってるんですか?」

佐倉「ターゲットの父親、真城秋彦って人、娘に対してかなり過保護みたいよ。それはもう、病的なほどに。現在彼はスイスにいるらしいんだけど、そっちで娘の行動を逐一チェックできるようにしてるみたい」

隼人「ひどい父親だな。一般家庭だったら嫌われてるどころの話じゃない」

龍一「佐倉さん、そろそろパーティーが始まるようです。俺たちは任務に戻ります」

佐倉「ええ」

龍一「任務、必ず成功させてみせます」

佐倉「当然よ。それがあなたたちに課せられた義務なんだから」

東郷「龍一。ひとつ忠告してやる」

龍一「はい?」

東郷「執事の西園寺には気をつけろ」

龍一「どういうことでしょうか?」

東郷「あの身のこなし、ただ者じゃねえぞ。相当できる」

隼人「わかるの?」

東郷「できるやつは見ただけでわかるんだよ。歩き方や呼吸ひとつでな。あの男、執事のくせに、相当訓練されている」

隼人「へえ。さすが東郷さん」

藤枝「おまえもそのくらいできるようになれよ。隼人」

隼人「はーい」

佐倉「ちょっと、無駄話はそれくらいにして。それぞれ任務に戻りなさい」

龍一「了解」

 テケスタ退場。
 彼らのスポットライトが消える。

佐倉「大丈夫かしら」

東郷「おいおい、心配するなら最初からあいつらに頼むなよ」

佐倉「そうだけど」

藤枝「俺もいるから安心しろ!」

佐倉「東郷さんはともかく、あなたも心配よ」

藤枝「なんだよ希美ちゃん。信用してくれよ。俺とあんたの仲だろ」

佐倉「ふざけないで。ほら、ふたりもさっさと持ち場に戻りなさい」

 佐倉退場。
 彼女のスポットライトが消える。

藤枝「これだから女は心配性で困るんだよな」

東郷「おまえに女のなにがわかるんだ。童貞のくせに」

藤枝「な、なんで言うんですか!?」

 東郷、藤枝退場。
 彼らのスポットライトが消える。
 舞台上前面が明転。
 再び夜のバルコニー。
 小夜子登場。

西園寺「(舞台袖から)小夜子様! 小夜子様!」

 西園寺登場。

小夜子「どうしたの?」

西園寺「小夜子様! こちらでしたか」

小夜子「そろそろ戻ろうと思っていたの」

西園寺「パーティーの準備が整いました。まもなく開演となります」

小夜子「わかったわ……ハル」

ハル「はい」

小夜子「あなたと話せて少し気が楽になったわ。ありがとう」

ハル「こちらこそ。ボクも小夜子様と有意義な時間を過ごせました。パーティー、楽しんできてください。ボクが見守っていますよ」

小夜子「……ええ。ありがとう」
     
 小夜子退場。

西園寺「なあ、ハル」

ハル「なんだい」

西園寺「小夜子様となにを話してたんだ?」

ハル「そうだね。人間の感情について」

西園寺「は?」

ハル「西園寺、君はおもしろい、という感覚を言葉で表現できるかい?」

西園寺「なに、おもしろい……だって? なんだそれは」

ハル「小夜子様がおしゃっていた。ハル、あなたはおもしろい、と」

西園寺「……はは」

ハル「どうして君が笑ったのか、理解できない」

西園寺「いや、悪い。小夜子様の言うとおり、おまえはおもしろいよ、ハル」

ハル「どういうことだい?」

西園寺「だってな、世の中の人間に、今おまえが言った質問を本気でぶつけてくるやつなんかいないぞ、きっと」

ハル「それがおもしろいという感情と、どういう関係が? ボクはそのふたつに因果関係を見いだすことができない」

西園寺「だからな……うまく説明できないけど、そういうものなんだよ」

ハル「理解しかねる回答だね」

西園寺「んー、うまく言えないけどさ……なあ、ついでに聞いてみてもいいか?」

ハル「なんなりと」

西園寺「小夜子様の婚約、本当によかったと思うか?」

ハル「もちろん。小夜子様の婚約相手は、世界的な複合企業、綾瀬グループの御曹司様だ。このふたりの結婚が、真城、綾瀬両家にもたらす利益や恩恵は計り知れない」

西園寺「いや、悪い。そういうことじゃないんだ。俺が聞きたかったのは小夜子様の気持ちの問題だ」

ハル「と言うと?」

西園寺「俺には、小夜子様が今回の結婚をまったく望んでいないように見える。なんていうか、直感だけど」

ハル「ふむ。しかし君はこの婚約パーティーをいちばん張り切って準備していただろう。なのにそう思うのかい?」

西園寺「それはそうだけど……ハルはそう思わないか?」

ハル「悪いね。その問いにボクが答えることはできない」

西園寺「なぜだ?」

ハル「ボクには、人間の気持ちというものが理解できてないからね。だからどう思うかと聞かれても答えることはできない」

西園寺「そうか……残念だな」

ハル「ただしこれだけは断言できる。君がそう思うのなら、おそらくそれは真実に等しいだろう」

西園寺「なんだって? その根拠は?」

ハル「君は真城家の人間以外では、もっとも古くから小夜子様のそばにいた人物だ。その経験の中で培われた小夜子様に対する直感や推測を、ボクは否定しない。むしろ信頼できるものだと考える」

西園寺「俺の直感……そうか、そうだよな……よし」

ハル「なにがよし、なんだい?」

 西園寺、しばらく黙る。

ハル「西園寺?」

西園寺「ん? ああ、すまない。ちょっとね……小夜子様に伝えたいことができてさ」

ハル「そうか」

西園寺「パーティーが終わったら小夜子様に話すよ」

ハル「それがいい。ところで西園寺、君もそろそろ行ったほうがいいのでは?」

西園寺「ん……おっとまずいな。ハル、ありがとう。なんか俺も気が楽になった」

ハル「そうかい? それはなにより」

西園寺「警備のほう、よろしく頼むよ。それじゃ」

 西園寺、退場。

ハル「人間の感情とは……なんなのだろう?」

 このとき、なにかを知らせる効果音が鳴る。

ハル「微弱なシステムエラーを確認。エラーナンバー003871。……エラー修正完了。システムチェック……完了。システム状態、良好……これは……。いや、まさかね……」

 舞台上の前面、暗転。