前場から入れ替わりで、舞台上前面に照明が当たる。
西園寺、小夜子登場。
小夜子の部屋。
空間の片隅に椅子が置かれている程度の質素な部屋。
舞台上後方ではパーティー会場のセットが片付けられている。
西園寺「パーティーお疲れ様でした。ご挨拶立派でしたよ」
小夜子「……ありがとう」
西園寺「小夜子様、お疲れですか?」
小夜子「ええ、少しだけ」
西園寺「お食事はどうなされますか? パーティーではあまり召し上がってませんでしたよね? 必要ならシェフになにか用意させますが」
小夜子「ごめんなさい。食欲がないの」
西園寺「そうですか」
小夜子「今度シェフに謝らないと。せっかく豪勢な料理作っていただいたのに、あまり食べられなかったから」
西園寺「そんなお気遣いは……その気持ちだけでも伝えておきますよ」
小夜子「ええ。よろしく」
西園寺「……あの、小夜子様」
小夜子「なに?」
西園寺「……あ、いえ、なんでもないです。また今度にします」
小夜子「いいのよ、別に?」
西園寺「いえ、小夜子様もお疲れのようですし」
小夜子「いいの。わたしもあなたにお話があるわ」
西園寺「なんでしょう?」
小夜子「わたし、あなたに聞きたいことが」
西園寺「はい」
小夜子「あなたはわたしの婚約、どう思っているの?」
西園寺「それは……その、おめでたいことだと」
小夜子「本当に? 本当にそう思っているの?」
西園寺「……はい」
小夜子「そう……そうなの……」
西園寺「小夜子様?」
小夜子「い、いえ、ごめんなさい。なんでもないわ」
西園寺「そうですか」
小夜子「西園寺……いえ、啓ちゃん」
西園寺「小夜子様! その呼び方は」
小夜子「どうして? 昔はこう呼んでいたでしょ。あなたはわたしのこと、小夜ちゃんって呼んでたわ」
西園寺「それは……む、昔の話でございます」
小夜子「……ふふっ」
西園寺「あの、なにかおかしいこと言いました?」
小夜子「あなたがはじめてわたしに敬語使ったときのこと思い出したの。あなたすごく緊張していて、たどたどしかったわよね。おかしくてお互い笑っちゃったわ」
西園寺「そ、それは……小夜子様もお人が悪い。本人ですら忘れていた恥を覚えてるなんて」
小夜子「ふふ……」
西園寺「小夜子様?」
小夜子「わたしは来年の春、結婚します」
西園寺「……はい」
小夜子「この家も出て行くことになるでしょう」
西園寺「そうですね。真城家の業務は、しばらくわたしが預かることになると思います」
小夜子「ええ……そして、あなたとも簡単には会えなくなる」
西園寺「当然です」
小夜子、胸元からロケットを取り出す。
西園寺「それは……」
小夜子「わたしにとってこのロケットは、ずっと宝物だった」
西園寺「小夜子様……」
西園寺も胸元から同じロケットを取り出す。
小夜子「お祭りのときおそろいで買ったロケット……あのときは嬉しかったわ」
西園寺「小夜子様が十歳のときでしたか……警備の目をかいくぐって、ふたりで夏祭りに出かけたときでしたね」
小夜子「あのときは本当に楽しかったわ。まるで冒険しているようで……すぐそこの神社だったのに、まるで世界中を旅してるような気分だったわ。記念としてこれを買ってくれたときは嬉しかった」
西園寺「たしかに冒険でした……あのあと、秋彦様に抜け出したことがばれて、こっぴどく叱られましたが」
小夜子「そうだったわね。でもあなたはわたしをちゃんとかばってくれた。夏祭りに行きたいって言ったのはわたしだったのに」
西園寺「当然ですよ」
小夜子「これを持ってお嫁に行くことはできないでしょう……これには、あなたとわたしの写真が入っているから」
西園寺「そうですね。残念ですが仕方ありません」
小夜子「あのときはまだ、お互い啓ちゃんと小夜ちゃんって呼んでいたわね」
西園寺「はい」
小夜子「わたしが結婚したら、もう二度とあなたのことを啓ちゃんって呼べなくなるわ。だからお願い。最後に、わたしのことを小夜ちゃんって呼んで」
西園寺「しかし」
小夜子「啓ちゃん、お願い」
西園寺「(じっと考え込んで)……小夜……ちゃん」
小夜子「啓ちゃん……今までわたしに尽くしてくれて、本当にありがとう……あなたが支えてくれなければきっと、今のわたしもなかったわ」
西園寺「そんなことは」
小夜子「お願い。最後にもう一度だけ呼んで」
西園寺「小夜ちゃん……!」
小夜子「啓ちゃん!」
ふたり、駆け寄る。
しかしふたりが抱き合う直前に藤枝登場。
藤枝「失礼いたしまーす!」
西園寺「な、なんだ!」
藤枝「あ、お邪魔でした?」
西園寺「そんなことない! なんの用だ」
藤枝「いえいえいえ、お邪魔ならそんな野暮なことはしないっす! 失礼いたしました!」
西園寺「待て! 大事な用なんだろ!」
藤枝「事務処理について、田中が西園寺さんに聞きたいことがあるそうですが。いやいや、でも大丈夫です。西園寺さんは今お楽しみ中だということで、田中にも伝えておきます!」
西園寺「待て! 余計なことするな! ちゃんと行くから」
藤枝「そうっすか?」
西園寺「小夜子様、申し訳ありませんがお話はまた今度ということで」
小夜子「ええ」
西園寺「おまえ、俺が戻ってくるまで小夜子様のこと頼んだぞ」
藤枝「任せてください!」
西園寺「ほんとに大丈夫か……?」
西園寺退場。
藤枝「いやー、すみませんね小夜子様!」
小夜子「い、いえ……あの、あなたは?」
藤枝「申し遅れました! 俺、本日付でこの屋敷に配属になった鈴木っす!」
小夜子「っす? おもしろいしゃべり方ね、あなた」
藤枝「そうっすか?」
小夜子「ええ。おかしいわ。ふふっ」
藤枝「……かわええなあ」
小夜子「はい?」
藤枝「いえ、なんでもないっす! ちょっと失礼」
照明が全体的に暗くなり、藤枝が立っている場所だけスポットライト。
小夜子退場。
離れたところに隼人と史郎登場。
彼らの上にスポットライト。
藤枝 「こちら藤枝」
隼人「辰巳のアニキ!」
藤枝「現在ターゲットの部屋だ。ターゲットは今ひとり。東郷さんが例の執事を足止めしている間に、さっさと来いや」
隼人「了解。史郎、準備は?」
史郎「(ノートパソコンを操作しながら)ダミーの映像データ送信終了……よし、屋敷内の監視カメラは誤魔化せた!」
隼人「よし、行くぞ! 時間がない!」
史郎「ああっ! 待って!」
隼人「なんだ?」
史郎「大変だ! 事前にシステムにアクセスしたときよりも警戒レベルが上がってる!」
隼人「なんだって?」
史郎「ここをこうして……うわ、ダメだ。弾かれた! どうしよう、ほかの警報システムがまだ作動している!」
隼人「なんとかならないの?」
史郎「時間があればなんとかなると思うけど」
藤枝「おい、足止めにも限度があるぞ!」
隼人「ダメだ。そんな悠長な時間はない。もういい。行くぞ!」
史郎「でも、このままだとターゲットの部屋に行くの大変だよ!」
隼人「仕方ないでしょ。ほら、さっさと行くよ!」
史郎「ええっ? ……しょうがないな。龍ちゃんにも伝えなくちゃ」
藤枝「大丈夫か? おまえら」
隼人「なんとかするって! 自分たちだけで大丈夫!」
藤枝「そうかそうか! じゃあ俺は大人しく待っててやるよ!」
隼人「お茶でも飲んで待ってて。じゃ、行ってきます!」
藤枝「おう。がんばれや」
隼人と史郎退場。
彼らのスポットライトが消える。
藤枝「がんばってくれよ。じゃないと俺と東郷さんの仕事ができないからな」
暗転。