Alive & Brave 03 – セイラ

 煌武家壊滅事件について振り返ってみよう。
 事件が起きたのは6年前。場所は秋田県の山奥。江戸時代から続く名家、煌武家の屋敷内だ。
 広大な屋敷が全焼し、焼け跡から10人以上の遺体が発見される。遺体はどれもバラバラに解体されていたことから、警察は殺人事件として捜査を始める。
 遺体の損傷があまりにも激しく、身元確認はかなり手間取ったみたいだが、すべての遺体が屋敷の住人、つまり凜の本当の家族であることは状況から判断するに間違いなかった。
 記録によると、煌武家は大家族だったらしい。真奈海の家も大家族だが、煌武家はそれを上まわっている。
 凜は煌武家の末っ子で、兄が3人、姉が4人。つまりは8人きょうだいだった。煌武家当主――凜の父親に当たる人物には一緒に住んでいる複数の愛人がいて、それが兄姉たちの母親に当たる。つまり、大部分が異母兄姉ということになる。
 凜は3番目の兄と母親が一緒らしいが、その母親は凜が生まれてすぐ亡くなったと記載されていた。
 当初、煌武家の人間は全員死亡したと考えられていた。しかしその後の捜査で、当時11歳だった凜の遺体だけがないと判明。だから凜はしばらく、発見される2年後まで行方不明扱いとなっていた。
 犯人は、当時から煌武家と交流のあった黒月夜とされている。しかし明確な物証があるわけではなく、消去法や綿密に状況証拠を積み重ねていった結果だ。動機も不明。煌武家と黒月夜がどういう状況で交流を始めたのかは、最後までわからなかった。
 そして黒月夜が捜査線上に浮上したあたりで、事件の捜査権限が警察からICISに委譲された。黒月夜の活動が日本国内からアジア諸国に移りつつある段階で、ICISからマークされたからだ。
 資料をだいたい読み終えた頃、風呂上がりの詩桜里が、上機嫌でリビングにやってくる。
 
「ねえねえ、リスティから化粧水と乳液もらったの。これ、すごーくいいわぁ。もう肌がモッチモチのすべすべ!」
 
 言いながら冷蔵庫を開け、日本酒を取り出す。そしてテーブルを挟んだ向かいに座り、グラスに日本酒を注いだ。
 
「あなたにも貸してあげるわよ。使いたいでしょ? 使うわよね?」
「わたしはまだ若いからな」
 
 若い、という部分を強調する。
 
「はぁっ!? ちょっとなにそれ! 超むかつくんですけど!? 誰が年増だってぇっ!?」
 
 そこまでは言ってない。ところで詩桜里を一瞬で沸騰させる技術に関しては、わたしの右に出る者はいないだろう。モッチモチですべすべの肌が一転。怒りを凝縮させた深いしわが寄っている。無視するとうるさいだろうから相手にしたが、これもこれで鬱陶しい。
 
「いま忙しいんだ! 放っておいてくれ」
「な、なによ、そんな怒って……っていうか、難しい顔してパソコンでなに見てるの? ……あー、とうとう惺くんを本気で落とすための情報収拾? でもね、ネットの情報を鵜呑みにしちゃだめよ。『男を落とすマル秘テク』とか。あれでわたし、なんど痛い目見たことか」
 
 聞いてもないのにぺらぺらしゃべる。
 うるさいので黙らせることにした。
 
「ファイルナンバーS000352」
 
 グラスを口に運ぼうとしていた詩桜里の手がぴたっと止まった。
 
「…………は? そのファイルって……煌武家壊滅事件の捜査資料? ちょ、ちょっと!それICISの端末じゃないと閲覧できないはずでしょ!? なんでそのパソコンで見られるの!?」
 
 このノートパソコンは筐体だけは市販品だが、中身はごっそり入れ替えて、わたしのカスタマイズモデルになっていた。金をかけたぶん、いい働きをしてくれる。
 
「いまさらなにを気にしているんだ? そんなことはどうでもいい。お願いだから黙ってくれ」
「だああああっ!? 説明しなさい! どういうことよ!?」
 
 この女はほんと、予想どおりの反応しかしない。しかしまあ、そういうところがある意味可愛らしい。本当だ。
 鼻息荒くこちらを睨んでくるので、再び黙らせることにする。
 
「星峰凜は人を殺したのか?」
「――――え?」
 
 目をぱちくりする詩桜里。
 
「言葉どおりの意味だ」
「な、なにを言って……そんなこと、誰が?」
「先ほど本人から聞いた」
 
 詩桜里が風呂に入っているあいだ、凜と電話で聞いたこと。それを詩桜里に伝えると、顔のしわがさらに深くなった。もう化粧水やら乳液やらで誤魔化せるレベルを超越している。
 
「……あの子が殺人を犯したなんて、はじめて聞いた」
「だろうな。捜査資料にひととおり目を通したが、そんな記載されていない」
「なにかの間違いじゃなくて?」
「違うな。わたしの直感では、凜は本当のことを言っているようだった」
 
 人を殺したと言った凜の口調は、どこか冗談めいていた。だが、あれに真実の響きが含まれていることに、元暗殺者のわたしが見逃すはずはない。
 
「まさかその事件、家族を手にかけたのが凜くんだなんてことは――?」
 
 事件当時、家族は凜以外のほとんどが大人になっていた。いくらなんでも、ひとりの小学生が皆殺しにできるとは思えない。
 
「ICISが総力を結集して事件の捜査に当たり、犯人は黒月夜と断定したんだ。おそらく、そこに間違いはない」
「じゃあ……」
「わたしが気になっているのは、凜が行方不明になっていた2年間だ」
 
 詩桜里もわたしの言いたいことがわかったようだ。
 
「凜くんが行方不明になっていた期間の情報は、ほとんどないのよ。資料にもそう記述されているでしょ?」
「ああ。凜本人の記憶が混濁していて、有用な証言を得られなかった、と書かれている」
 
 捜査資料には、凜の直接聴取を担当したのは、当時は上級捜査官だったジェームズ・フォスター。詩桜里の名前も併せて記載されている。時期的に、ICISに入庁してすぐの頃だろう。
 
「だが同時に、記憶の混濁には星術が関わっている可能性が極めて高い、とも言及されているな」
「凜くんが保護されたとき、病院で精密検査を受けたの。結果は健康体。薬物を使用した形跡もなかったし、頭を強く打って記憶喪失、なんて可能性も除外された」
「消去法で星術か」
「そう。わたしは星術を扱えないし知識もあまりないけど、フォスター捜査官はほぼ確信していたわね」

 フォスターも簡単な星術を会得している。

「星術に関しては、あなたのほうが明らかに詳しいわよね」
 
 星術には大きく分けてふたつの種類がある。
 物理現象を引き起こす物理系星術、通称「マテリアル」――火を起こしたり、風を操ったりする星術。肉眼で現象が確認できる星術は、ほとんどがこれに分類される。〈マテリアライズ〉と〈イセリアライズ〉もこれの一種だ。 
 そして人の精神に影響を及ぼすのが精神系星術「スピリチュアル」――精神を操ったり、幻覚を見せたりするのはこちらに分類される。肉眼では確認できない現象を操る星術だ。
 たとえば1年半前のセレスティアル号の事件における犯人グループ。彼らは唐突に自殺してしまった。船内放送で童謡「七つの子」が流れた直後。あれはおそらく「特定のメロディーを聴くと自殺する」という強力な暗示を星術で行ったと考えられている。
 ちなみに、わたしが自殺を阻止した3名の犯人がいたが、彼らは実質死亡したようなものだった。
 完全な精神崩壊を起こし、現在でも精神病院に入院している。事件直後、気を失ったまま病院に運び込まれたが、3名とも意識を取り戻したときにはもう手遅れだった。わたしも面会してみたが、意思疎通のできない完全な廃人となっていた。おそらく、自殺が実行できなかった場合は精神崩壊を引き起こすよう、二重の暗示がかけられていたらしい。彼らにとっては気の毒だが、あそこまで精神が崩壊していると、もうどうしようもできない。
 そしてセレスティアル号の事件がそうだったように、「スピリチュアル」は物証に乏しい。多くは状況証拠でしかなく、事後にそれを証明するのは至難の業だった。
 話を戻そう。
 
「煌武家壊滅事件発生当時、凜がどこにいたのかはわかってないんだな?」
「ええ。結局、凜くんが事件のときから行方不明になったのか、それとも事件より前に行方不明になっていたかは、最後までわからないままよ」
 
 なんらかの事情で凜が「自分の意志」で家出をし、行方不明になったタイミングでたまたま事件が起こった、と考えられなくはない。しかし凜の失踪には、他者の意志が介在し、事件とも関連していると考えたほうが自然だ。
 
「凜の失踪に黒月夜が関与していると考えるのが妥当か」
「そう考えるのが妥当なんだけど、証拠や情報があまりにも少なすぎた。何千ピースとあるホワイトパズルを組み立てるようなものね」
「事件後、煌武家の資産がほとんど消えていたらしいが、その行方は?」

 事件直後、煌武家が所有するほぼすべての資産が日本国内から消えていたと、資料には記載されている。

「完全に不明。最初は凜くんを誘拐して、その身代金として資産を没収したと考えたんだけどね……。でも、いくらなんでも身代金にしては多すぎるし、そもそもなんの痕跡も残さずに、あの金額の資産を国外へ移動させるのは至難の業よ。どういうルートを使ったんだか、連日徹夜で調査してもさっぱりわからなかった」
 
 その調査は本当に大変だったのだろう。詩桜里は肩を落として大きくため息を吐いた。
 仮に凜が黒月夜に誘拐されたとしよう。そして煌武家から身代金が支払われたとしよう。それなら用済みとして殺されていてもおかしくない。なのに凜が「2年後」に無事に発見された事実は、なにを意味するのだろう。
 まだまだ凜についてはわからないことが多い。
 今後、凜のいろいろな秘密の正体を、わたしが知ることがあるのだろうか――?


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