Alive02-1

 あっという間に昼休み。
 廊下。壁の陰から、惺と転校生が上の階へのぼっていくのを見送る。
 
「……どう思う?」
 
 隣にいる真奈海が問いかけてきた。
 
「どうもこうも、現状ではなにもわからん」
「だよねぇ」
 
 惺と転校生――セイラ・ファム・アルテイシアとの関係。みんなが見ているあの状況下で堂々とキスをする関係とは、いったい……?
 いつも澄ました顔で落ち着いている織田先生ですら、口を半開きでぽかんと呆気にとられていたのが印象的だった。
  
「これは、これはぁっ! ラブコメのにおいがするっ!」
 
 先ほどからずっと、こんな調子でやかましいのは光太だ。
 
「あのな、ラブはともかく、どこにコメディの要素があるんだよ。むしろシリアスな感じがしたぞ」
「言ってみただけだい」
「おまえな……」
「ねえねえ、追いかけてみようよ! たぶん屋上に行くんだよね、あのふたり」
 
 真奈海は瞳を輝かせている。
 
「まあそうだろうけど、あまり人のプライベートに立ち入るのはどうかと思うんだけど」
「川嶋ぁー、ここに融通の利かない優等生がいるよ」
「ほんとはとっても気になるくせに、無理して優等生気取っちゃって」
「じゃあ凜はおとなしく教室戻って。あたしと川嶋で行くから」
「じゃあな、凜! おもしろい事実がわかっても教えないから!」
「わかった。俺も行くから」
 
 このふたりの組み合わせは危ない。いわゆる混ぜるな危険。
 
「お、凜も聞き分けがよくなったね!」
「そうこなくっちゃ!」
「うるさい。行くならさっさと行くぞ」
 
 ぞろぞろと階段をのぼる。
 ――と。
 途中の踊り場で、目の前に現れた美しい金髪。
 
「悠だ。やっほー」
 
 真奈海が片手をあげて挨拶。真奈海と悠は、1年のときは同じクラスだった。そのときから仲はいい。
 
「ああ、我が創樹院学園の女神さま……まさかこんなところで出会えるなんて」
 
 光太はなぜか両手を合わせて拝んでいる。
 
「凜くんっ!」
「どうした? そんなに慌てて」
「あ、えっと、その……」
 
 悠にしてはめずらしく言いよどんでいる。
 
「今朝はごめんなさい。その、気を悪くさせちゃって」
「いや、別に気にしてないけど」
「あ、あの……それでね……えっと」
 
 悠にしては歯切れが悪い。案の定というか今朝の件は本題ではなかったらしい。
 
「――キス――」
 
 悠の口から、かろうじてその言葉だけ聞き取れた。
 
「あ、あのっ、惺が転校生とキスしたって本当っ!?」
「ちょ、ちょっと待って。なんでもう知ってるの?」
 
 今朝のホームルームの件が、違うクラスの悠に伝わるにはいくらなんでも早いような。
 
「あー、それ、あたしのせいだ」
「真奈海?」
「ほら、これ」
 
 と言って、真奈海は自分のスマートフォンを見せてきた。表示されてるのはLINEの画面。
 
《海外から来た転校生が真城っちに突然キスなう!?》
《え?》
《キスだよ、キス! 接吻! 熱いベーゼ! マジだから!》
《じょ、冗談だよね……?》
《冗談なもんかい! クラス騒然! クールな織田先生もさすがに唖然!》
 
 これ以降、悠の返信はない。
 
「真奈海ぃっ!?」
「な、なんで怒るのさ! 別に嘘は書いてないでしょ」
「そうだけど、なんでわざわざ余計なことを」
「だって、悠と真城っちは双子の兄妹じゃん? こういうの知る権利はあるかなーって思ってさ」
「おもしろ半分の悪のりだろ!」

 真奈海が苦笑いしながら目を逸らした。
 
「……やっぱり本当のことなんだね……そうなんだね」
 
 悠がこの世の終わりみたいな表情をする。
   
「あ、いや、悠……その、たしかにキスは本当のことなんだけど」
「そうそう。いやぁ、あれはもう、舌を入れてぶちゅーって感じで、すごかった! あたしの目の前だったし」
「だから真奈海っ! これ以上余計なことは言うなぁ!」
「し、舌……ぶ、ぶちゅー……っ!?」
 
 ふらっと、悠の体がよろける。
 
「悠、落ち着いて!」
「うん。わたし大丈夫だよ……大丈夫」
 
 うつろな瞳。焦点が合ってない。
 
「ねえ、あたしらいまからそのふたりのところへ行こうと思うんだけど、悠も一緒に来る?」
「………………どこにいるの?」
「んー、屋上かな、たぶん」
「ついさっき、この階段をのぼるふたりを見たんだ。悠はすれ違わなかった?」
 
 茫然自失といった表情で、悠は首を横に振った。
 
「……屋上……ふたりっきり……キス……」
 
 ぶつぶつとつぶやいている悠は、なんというか……病んでるように見える。
 
「女神さまが、まさかのヤンデレ覚醒!?」
 
 空気を読まない光太の頭をはたく。
 
「真奈海、悠は置いていったほうがいいんじゃないか? なんか嫌な予感しかしないんだけど」 
「あはは……あたしもそんな気がしてきた」
「いやいやいや。これはもしかしたらおもしろい展開に……真城兄妹と転校生……うん……これは、魔の三角関係のバミューダトライアングルだぁ!」
 
 意味のわからないことをほざいている光太の腹に、渾身の膝蹴りを入れた。「ぐほうぁっ!?」と叫んで静かになる。
  
「凜くん、わたしも行く」
「え、でも」
「行くから。絶対行くからっ」
「まあ本人もこう言ってることだし、いいんじゃないの?」
 
 と、あくまでも軽い感じの真奈海。
 
「……でもなぁ」
「凜、いまの悠がおとなしく引き下がると思う?」
 
 小声で、真奈海が耳打ちしてくる。
 悠の瞳に宿る意志は強い。たしかに、悠にしてはめずらしく意固地になっているようだ。この様子だとかじりついてでも来るに違いない。
 
「わかったよ」
 
 でも、修羅場だけは勘弁な、と口に出そうになったけど、やめておいた。
  
「んじゃ、行きましょー!」
「おー!」
 
 真奈海と、いつの間にか元気になっていた光太が先頭を行く。俺と悠はその後ろに続いた。
 四階から階段をのぼると、屋上へ続く自動ドアがある。ドアを抜けると屋上庭園が広がっていた。
 創樹院学園の校舎の屋上は、すべて手入れの行き届いた庭園になっている。5つの校舎それぞれが違う赴きで演出されていた。
 レンガが敷き詰められた歩道の周囲には、季節感のある彩り豊かな草花たちの花壇。これから暑くなる季節には嬉しい、木陰を作り出す緑豊かな木々たち。それらを存分に堪能できるよう、洒落たベンチがいたるところに設置されている。校舎の屋上とは思えないほど豪華な場所だ。
 天候は快晴。そして昼休みというだけあって、テーブルでお弁当を食べている生徒や、談笑している生徒たちなどでそれなりに賑わっている。
 ざっと見渡してみても、ふたりの姿はない。
 さりげなく悠の表情を見る。さっきよりは落ち着いているみたいだけど、どこかよそよそしい。
 
「ふっふっふ。ここは俺の出番だな」
「なんだ、光太?」
「この南側は人が多いから死角がほとんどない。けど、北側はそうでもないんだな。あちらは茂みが多くて死角がある。逢引きするならあっちだ!」
 
 そう言って、光太はびしっと指で北側を指さした。
 
「ねえ、なんでそんなこと知ってるの?」
「ふっ、豊崎よ、男には女に言えない秘密があるってもんよ」
「かっこよく決める意味がわかんない」
「と、とにかくあっちだな。ほら行こう」
 
 3人を促す。光太の逢引きという言葉に、悠が敏感に反応していた。
 屋上の北側に向かう。たしかに光太の言うとおり、こちらはあまり人がいなかった。男女の組み合わせがちらほら。
 ……って、なんかカップルの比率が多いような。
 
「リア充どもめ。この世から駆逐されればいいのにっ! 爆ぜろリア充っ!」
「川嶋ー、かっこ悪いからそういうのやめな」
「ふんっ」
「あ、そうか。さっきの情報って、彼女ができたとき、いちゃいちゃするためのものだったんだ。でもあんた彼女いないから、タンスの肥やしになってるよね。わっはっは~! あ~愉快愉快っ!」
 
 文字どおり腹を抱えて笑う真奈海。そして図星を突かれて涙目になりながら「うるさいよぉっ!?」とわめく光太。このふたりはぶれない。マイペースだ。俺は悠の様子が気になって仕方がないから、ちょっと羨ましい。
 しばらく歩いていると、悠が立ち止まった。
 
「凜くん……あそこ」
「ん?」
「お、真城っち発見!」
「転校生も確認!」
「おまえら、大声出すと気づかれるから」
 
 惺と転校生がいたのは、屋上の角。庭園の手入れをする用具が入っている物置の近くだった。
 フェンスの外を眺める転校生と、その後ろ姿をじっと見つめる惺。端から見てると、映画のワンシーンのようだ。
 真奈海と光太が、さらに近づこうとする。
 
「あ、待って」
「なあに、悠?」
「これ以上近づくと、惺に気づかれると思うの」
「え、けっこう距離あるよ?」
「うん……でも」
「悠の言うとおりだ。惺のやつ、妙に勘が鋭いところがあるから」
「そう? まあふたりが言うのなら」
「えっと……あそこまでだったら、ぎりぎり大丈夫かも」
 
 悠が指さしたところには、背の低い木が並んで茂みになっている。惺たちからは死角になって見えないはず。耳を澄ませば声もなんとか聞こえる距離だ。
 悠の言った「ぎりぎり大丈夫」の基準がなんなのかよくわからないけど、俺たちはとりあえずその茂みの陰に隠れて息を潜めた。
 惺と転校生の間に流れているのは静寂だった。
 
「なんかしゃべってるわけじゃないんだね……?」
 
 真奈海が小さな声で言う。
 
「そうだな」
「ここについてから、ずっとあんな様子なのかな。うーんと、もっとこう、おもしろいことになってると思ってたのに。キスとか……そ、それ以上のこととかっ」
「光太、黙れ」
 
 こいつはナチュラルに悠を刺激することを言ってくる。
 気になって見ると、悠は無表情で様子を眺めていた。この顔は今朝、惺とばったり遭遇したときのそれと同じだ。でもいまのほうが、なにかしらの感情が表に出ていると思う。
 
「悠、大丈夫か?」
「うん……大丈夫……あっ」
 
 惺がゆっくりと歩き出し、転校生の隣で止まる。ふたりはお互い顔を見合わせた。
 惺たちの会話が、夏の到来を予感させる風に乗って届いてくる。
 
「正直、もう会えないかと思ってた」
「ああ……わたしも」
「どうして?」
「その『どうして』というのは、なにに対して問いかけている?」
「全部だよ。セイラがここにいること。その理由、その目的……それから、キスしてきたこと」
「あれはその、自分でも意外というか、わたしでも予想外の行動をしてしまったと、後悔している……その、すまなかった」
「いや、それはもういいんだ。――とにかく本題だ。どうしてセイラがここにいられる?もっと正確には、ここにいることを許されている?」
「……すまない」
「話せない、ということか?」
「ああ。すまない」
「さっきから謝ってばかりだな」
「すまな――いや、なんでもない」
 
 再び静寂が落ちる。
 俺たちはのぞき見組は、ただ息を潜めて、ふたりの様子をうかがうことしかできなかった。真奈海と光太も、さすがにこの空間に漂う緊張感に当てられて無言になっている。
 
「わかった。セイラが話せないなら、俺はもう訊かない」
「ありがとう」
「……変わったな、セイラ」
「わたしが?」
「ああ。前は素直にありがとうなんて言わなかったと思う」
「そうか。わたしは変われたか」
 
 転校生の頬に涙が流れた。
 
「セ、セイラ?」
「む……感情というものは厄介だな。自分でも制御しきれないものなんて……不自由極まりない……っ」
 
 転校生が惺の胸に飛び込んだ。そして惺は彼女を、優しく抱きしめた。
 
「やっぱり変わったよ。セイラが泣きながら胸に飛び込んでくるなんて、今朝まで夢にも思わなかった」
「わ、わたしはっ……」
 
 転校生は惺の胸に顔を埋めて、嗚咽しながら言葉を続けた。
   
「わ、わたしが生きていられるのは……っ……惺、おまえがいたからだ……っ」
 
 転校生が顔を上げ、目をつむり、顔を近づける。彼女は女子にしてはかなり背が高いけど、惺はさらに長身だ。
 ……なんて冷静に観察している場合じゃなくて、このシチュエーションはやばいっ!
 悠の目の前でキスとか、いろいろどうなるんだいったいっ!? ――などと混乱している俺をよそに、転校生の唇は惺のそれに近づいていく。
 
「待った」
 
 惺が人差し指を転校生の唇に当て、止めた。
 どこか不満そうな表情の転校生。
 
「ごめん。誰かに見られながらキスするのは、さすがにもう恥ずかしい」
 
 惺が視線を向けた。
 俺たちに対して。
 ……まさか、気づかれた?
 
「そのとおりだ。凜」
「うぇっ!?」
 
 心を読まれたような惺の台詞に、つい驚いてしまった。
 俺を含めたのぞき見組の面々が、ばつの悪そうに顔を見合わせる。悠だけは心の底からわき上がる、なんらかの感情を必死に抑えている、そんな複雑な表情をしていた。
 俺たちは全員、おとなしく茂みから顔を出した。
 転校生はいつの間にか惺から離れて、こちらに背を向けている。
 
「い、いつから気づいたんだ?」
「みんなが屋上に上がってきた段階では、もう気づいていたぞ」
「いやいやいや、嘘つけ」
 
 ここからだと、屋上の出入り口が見るはずがない。
 
「そうでもないんだな、これが」
「いやいやいや!? だからそういう心を読むような真似はやめて! 心臓にすこぶる悪いから!」
「悪かった。まあ、のぞき見された仕返しだと思ってくれ」
「ぐ……それを言われると」
「いやー、真城っちってさ、もう鋭いとか通り越して超能力とかあるんじゃない?」
 
 真奈海の意見に同意。
 
「謎の転校生に突然キスされたり、ふたりにしかわからない意味深な会話をしていたり、さらに秘められし超能力持ってるとか、どんだけ主人公体質備えているんだよっ! 羨ましいよ! ちょっと分けてくれよぅ!」
 
 光太の意見にも同意――するわけがない。
 話を戻そう。
 
「えっと、とりあえず、惺と転校生……アルテイシアさんは知り合いってことだよな」
 
 惺が神妙にうなずく。 
 けど、どういう関係? とは訊きづらい。これ以上はなにか、部外者が踏み込んではいけない気がする。
 
「ねえねえ、アルテイシアさんって真城っちの元カノ?」
「うおぉいっ!?」
 
 真奈海の空気の読めなさこそ、超能力な気がしてきた。
 真奈海に声をかけられて振り返った転校生の瞳は、もう潤んでない。深紅の虹彩が大陽の光に反射して、燃えるように輝いているのが特徴的だった。頬の涙もいつの間にか拭かれていた。
 なんか、惺の前のときと雰囲気が違うような。
 
「元カノとは元彼女、つまりは過去に恋人だった人のことを表す、お堅い日本語辞典には載っていないたぐいの用語だが、わりと一般的に使われている言葉で間違いないか?」
「え……う、うん」
「その問いの答えはノーだ。豊崎真奈海」
「……あれ? あたし自己紹介したっけ?」
「いいや。自己紹介の必要はない。そこの男子生徒は川嶋光太だな?」
「は、はい! 間違いありません!」
 
 なぜか敬礼して答える光太。
 
「そしてきみが星峰凜」
「う……うん、そうだけど」
「以上の3名は、わたしや惺と同じ2年G組の生徒。そちらは――」
 
 彼女と悠の視線が交わる。
 
「きみが惺の双子の妹……真城悠か。クラスは2年B組だったか」
「あなた、どうしてそこまで知ってるの?」
「全校生徒と全教職員の顔と名前は一致している」
「えっ」
「おいセイラ、そういうのはふつうじゃないから。言わなくていい」
 
 たしなめる惺。
 
「そうなのか? ……ふむ、今後は気をつけよう」
  
 ……謎すぎる。
 なんだこの転校生……?
 
「と、とにかく! あなたは惺とどういう関係なの!」
「落ち着け、悠」
「惺は黙って!」
 
 怒鳴られた惺は、やれやれと肩を落とす。 
 ここまで感情的になった悠をはじめて見た。真奈海と光太も同じようで、さすがに驚いた様子だった。
 
「真城悠。わたしと惺の関係はとても一言で説明できるものではない。ただ……きみと惺の父親のおかげで、わたしたちはめぐり逢えた、とだけ言っておこう」
「お、お父さん……?」
「それから、クリスティーナ・レオンハルトのこともよく知っている」
「クリスっ!?」
 
 悠が惺を睨む。憎悪や殺意のような黒い感情がむき出しになっていた。
 クリスティーナ・レオンハルト。当然、日本人の名前ではない。けど、そんな引っかかる名前が出ても、それ以上気にしていられないほどの緊張感がこの場の空気を支配していた。真奈海か光太か、どちらかがごくり、とつばを飲んだ。
 押し潰されそうな空気に、誰もが無言だった。
 
「――もういいわ」
 
 悠が冷たく言い放って、振り返る。そのまま足早に歩き出した。
 
「あ、悠!」
 
 俺の呼ぶ声にもまったく動じない。悠の姿はすぐに見えなくなった。
 
「あたし、悠があそこまで怒ってるところ、はじめて見た」
 
 真奈海がしみじみと言う。
 
「女神さま……怒っている姿もお美しい」
 
 光太は相変わらずふざけたことを言っているが、いつもよりも声色が硬い。
 
「セイラ、悪気はないんだろうけど、余計なことは言わないでくれ。頼むから」
「彼女はおまえと血を分けた兄妹だろ。全部とまではいかなくても、さわりくらいなら知る権利はあると思うが」
「そうだとしても、タイミングとか状況とかいろいろあるだろ。今日転校してきたばかりの新顔に、俺ですら話してない新事実を告げられたら、ああなるさ」
「そうか。わたしとしたことが、浅慮だったようだな」
 
 海外からの転校生のわりには難しい日本語を使うな、と感心していたとき、惺が俺のほうを向いた。
 
「凜、悪いけど悠を頼む」
「あれをどうしろと?」
 
 俺の手には負えないレベル。
 
「いつもどおり接してくれればそれでいい」
「まあ……悠のことだから、明日になったらけろっとしてるだろうけど」
 
 悠は引きずらない。常に前を見ている性格だ。特に、惺との確執に関しては、他人に迷惑をかけることをとにかく嫌がっている。それでも今日のように態度に出てしまうのを申しわけなく思っているはずだ。
  
「豊崎と川嶋も悪かったな。見苦しいところを見せて」
「いやー、あたしたちは自分から首を突っ込んだようなものだから、気にしなくていいよ。ね、川嶋」
「うん。……ところでさ、クリスティーナって誰?」
 
 光太の何気ない言葉に、惺の表情がこわばる。転校生も思うところがあるようで、どこか遠い目をして、その名前を噛みしめた。
 
「俺とセイラにとって、大切な人だよ……そう、とても大切な」
「……へえ、そうかい」
 
 馬鹿な光太もさすがになにか察したのか、それ以上は追求しなかった。
 と、ちょうどそのときチャイムが鳴った。予鈴だ。
 
「みんな、そろそろ戻ろう。午後の授業が始まる」
 
 惺の言葉に、みんながうなずく。
 
「ああっ!?」
 
 唐突に光太が叫ぶ。
 
「なんだよ、急に」
「昼飯食べ損ねたっ!?」
「……くだらないオチをつけるな」


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