Alive02-11

「おはよー! ――ねえねえ、今日も散策やるの?」
 
 朝の教室で、登校してきた真奈海が出し抜けに聞いてきた。
 
「たぶん。まだまわってないところ多いし」
「今日あたしバイトあるんだけどさ、遅番だからそれまで一緒するね」
「別にいいと思うけど、木曜日は休みじゃなかったっけ?」
「いやー、それがシフトに空きが出ちゃったらしくって、シフトマネージャーから頼まれてさ。あ、今日はスーパーのほうね」
「なるほどね。わかったよ」
「俺もっ! 今日こそはぁ!」
「光太? いつもより早いな――って!?」
「なに凜、どうしたの――って、うわぁ!?」
 
 俺と真奈海は、近づいてきた光太を見て同じような反応をした。
 
「光太……なんだその顔」
「ゾンビよりひどいよ……?」
 
 真っ赤にはれた両方の目。その下には、昨日よりもひどいクマがある。
 
「凜のせいだ!」
「は?」
「は? じゃないやい! 昨日、電話で悠さんのパジャマ姿を事細かに描写されるから、気になって眠れなかったんだよぅ!?」
「なんの話?」
 
 昨日の電話の件を真奈海に伝えると、すぐに冷ややかな視線を光太に送った。
 
「そんなことで眠れなかったって、あんた馬鹿なの?」
「切実なんだよぉ~! パジャマ姿の悠さんがまぶたの裏に浮かんできて、消えなかったんだよぉ!?」
「ちなみに本物の悠は、おまえが想像しているよりも120パーセント増しくらいできれいで色っぽいと思うぞ。いやいや、実物を毎日見てるからわかる。ぬはははっ」
「このぉっ!? 同じ屋根の下で暮らしてるからって偉そうにっ!」
「羨ましい?」
「羨ましいよぉ!? 代わってくれよぉっ!?」
 
 血の涙があふれそうな勢いだった。
 
「ねえ川嶋、あんた今日の授業どうすんのよ? 昨日織田っちにきっついお灸据えられたばかりでしょ。それで今日もまた寝ちゃうなんて、もうおばあさんに連絡行くレベルでやばいんじゃない?」
「うぅ……だ、だから来る途中でコンビニ寄って、エナジードリンクとか眠気覚まし系のドリンクしこたま買って一気に飲んできた! だからお小遣いがやばい!」
 
 語尾のすべてに「!」がつくような高いテンションは、そのせいもあるのか。どちらにしても迷惑な話だ。その証拠に、ほかのクラスメイトたちがうるさそうにこちらを見ている。
 
「なあ、あれってたしか、飲み合わせ悪い組み合わせもあるんじゃなかったっけ?」
「そんなの知るか! いまの俺は、眠気と覚醒の狭間で揺れる筆舌に尽くしがたい精神状態なのだ! どうしてくれる!」
「って言われてもな」
「あー、なんかあたし、相手にするの面倒になってきた」
「こら豊崎! 聞こえてるぞ!」
「そりゃ、聞こえるように言ったからね」
「このぉっ!?」
「あーもう、うるさい! 早く寝ちゃえ!」
「恐ろしいこと言うな! 今日はさすがに寝るわけにはいかない!」
「よし光太、こうしよう」
「んん?」
「もしもだぞ? もしも光太が寝ちゃったら、今日出る宿題、すべてまるまる全部写させてやる」
「ほ、ほんとか!?」
「ああ。おまえが一睡もできなかったのも、俺にも責任がほんのちょっとだけあるみたいだし。それくらいは面倒を見よう」
「凜!」
 
 ばっ、と光太が腕を広げた。
 
「…………」
 
 俺は男と抱き合う趣味はないから、真奈海に譲った。
 
「え、あたし? あんたと抱き合うなら、ミジンコにでもなったほうがマシ」
「だそうだ」
「うぉ~い!? 広げられた俺の腕はどうすればぁ~!」
「うだうだ言ってないでそろそろ席についたら? もうすぐ織田っち来るよ」
「ふんっ! 豊崎おまえ、いつか俺に惚れて告白してきても、こっぴどく振ってやるからな! 覚えておけ!」
「いやー、それはないわー」
「なにおぅ!」
 
 ぶつぶつと文句の言う光太を、真奈海が席まで追いやる。
 
「はあ……」
 
 戻ってきて早々、ため息をつく真奈海。
 
「なんか、どっと疲れちゃった。酔っ払った父さんの相手したあとの気分と一緒だっ!」
「お疲れさん。ところであいつ、いつまで保つと思う?」
「んー? ……あー、体に悪そうなのいろいろと飲んでるみたいだし、2限目か3限目くらいまではがんばるんじゃない?」
「甘いな。俺の予想だと、1限目の最初のほうであいつは落ちる」
「え……? あ、1限目は数学か」
「そのとおり」
 
 光太の苦手な教科のひとつ。とりあえず理数系は光太の天敵だ。文系も得意ではない。運動も……そういえば体力なかったな、あいつ。芸術の分野に関しても独創的なセンスを持っている。少なくとも天才ではないのはたしかだ。
 ……ん? するとあいつはなにが得意なんだ。
 まあどうでもいいか。友達として、彼の欠点はあえて見てあげないでおこう。それが本当の友情かどうかはともかく。
 その後、惺とセイラが登校してきた。今日の散策にも真奈海が参加することを告げる。光太のこともいちおう伝えたけど、あいつはおそらく今日も不参加だろう。
 それからすぐ、織田先生がやってきてホームルームが始まった。光太はまだかろうじて起きているようだ。


 ホームルームが終わって織田先生が退出したあたりから、光太は船をこぎ出した。
 そして俺の予想したとおり、数学の授業が始まってすぐに光太は落ちた。まるで先生の唱える難しい数式が、優しい子守歌にでもなったかのように。


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