Alive03-10

 コールすると、相手はすぐに出た。
 
『凜か。めずらしいな』
 
 電話越しでも、惺の声を聞いたらどういうわけか安心した。
 
「いま、大丈夫か? 奈々のことで話がある」
 
奈々の様子と、バンドの件を話した。悠に事情を話したことも伝えた。
 
『――活動休止か。才能があるのに、もったいないな』
「同感だよ」
『けど、話を聞く限りだと仕方のない結果だな』
「悠は様子見って言ってたけど、俺たちで、なんとか手助けできないかな?」
 
 返答がくるまで、一瞬の間があった。
 
『さすがに、これ以上はなんとも言えないな。現状では、そもそも本人たちの問題が大部分だし。俺たちは部外者だからな。凜も同じようなことを悠に言ったんだろう?』
「ああ。でさ、この考え方、間違ってないよな?」
『時と場合によるだろうけど……まあ、今回はおおむね正しいと思うよ』
「だよな? そうだよな?」
 
 同意を得られて、つい声がうわずってしまった。
 
『どうやら、ほかにも聞いたほうがいい話がありそうだな』

 やっぱり察しがいい。

「悠のことなんだけど」
『悠?』
「そう。さっき、奈々の話の延長線で悠と……その、けんか……した?」
『めずらしいな。しかしなぜ疑問系?』
「いや、ちょっと待って。けんかではないか。えーと、うまく伝わるといいんだけど、話しているうちに価値観の相違みたいなのが生じて」
 
 悠との会話を、なるべく忠実に再現する。肝心なところは「人と人はわかり合えるか」という問いでの、俺と悠の考え方の違い。
 
『なるほど』
「わかってくれた?」
『だいたいは。それで重要な部分は、悠は人と人はわかり合える、と断言したのか?』
「…………? いや……断言はしてない」
 
 そう示唆できるような反応をしただけか。
 
『それなら、そんなに気にすることはないだろ。もしも断言していたのなら、話は変わってくるけど』
「どう変わるんだ?」
『たとえば、悠にこう切り返したらどうだ? 「じゃあなんで悠は惺のことをそんなに嫌っているんだ」って……ふっ』
 
 最後の笑いは、自嘲気味だった。
 
「あのさ、俺から話を振っておいてあれだけど、それを自分で言うか?」
『ああ、おかしいよな。だからつい笑ってしまった』
「…………」
『黙るなよ。いまのは俺の自爆だ。気にするな』
「なあ」
『ん?』
「悠はなんで惺のこと嫌ってるんだ?」
『ふふ……俺にその質問をするか』
 
 惺の反応は、思っていたよりも軽かった。
 
「前に悠にそれとなく聞いてもはぐらかされたし、奈々とか、うちの家族も詳しくは知らないみたいだし……あ、もちろん無理に聞き出そうとしているわけじゃないぞ」
『わかってるさ。まず凜は、その件に関してどこまで知っていて、どう感じている?』
 
 しばらく考える。
 
「まず悠だけど、そもそもあれは惺を『嫌っている』っていう簡単な言葉で表すような態度じゃないと思う。……あれは、惺のことを大切な存在だと認識しているのに、それを認めたくないと、無理やり意識の外に追い出そうとしているみたいな……?」
 
 静寂が降りた。しばらく、惺から返答はなかった。
 
『的確だ。さすが凜。セイラも言っていたけど、観察力はあるな』
「どうも。で、なんでそうなったってところだけど、惺と悠のお父さんの死が関わっているってことだけは、ちらっと聞いたことがある」
 
 この話をしてくれたのは、主に姉さんだ。それから星峰家の面々――奈々、そして母さんや父さんから断片的に聞いたことを照らし合わせた結果。
 
『父さんか……それも大きな理由のひとつだな』
「それだけじゃないのか?」
『ああ。――さて、これ以上聞きたいか? 俺は、凜にならすべてを話しても構わないと思っている。ただし、それを聞いて、俺や悠に対する認識ががらりと変わるのは間違いないだろうな。それから、とんでもなく長い話になるから覚悟してくれ、ってことも付け足しておく』
 
 深刻な話をしているはずなのに、なぜか軽やかな惺の口調。つい、それに乗して続きをうながしてしまいそうだった。
 
「……いや、やめておくよ。これ以上は」
 
 自制心が働いた。
 
『そうか?』
「ああ……なんか、あとになって聞かなきゃよかったって後悔する気がする。勘、だけど」
『ふふっ。わかった』
「……惺、なんか楽しそうなのは気のせいか?」
『凜にしてはえらく踏み込んできたからな。まるでセイラみたいだぞ』
「あー……俺、だめだな。それって踏み込みすぎじゃないの? って、セイラに対して思うことを自分でもやってた」
『そこは別に気にしてない。ただ、セイラの影響が少なからずありそうだな』
「気がつかなかったけど、そうなのかな」
『最近は基本、一緒に行動することが多かったからな。でも特に悪い影響ではないだろ? セイラはおせっかいなだけだよ。いい意味でも、悪い意味でも。ただ勘違いしてほしくないのは、セイラに悪意なんてものは毛先ほどもないってことだ』
「それはわかってるよ。けどさ、セイラって頭よすぎてなに考えているのかわからないんだけど」
『それには同意するよ。あいつの思考や行動は、いつも予想の斜め上をいく……何度冷や冷やしたことか』
「昔からああなのか?」
『……ある意味、昔より悪化したかも』
 
 惺の言う昔とは、どの時点を指すんだろう。……そういえば、惺とセイラの関係も謎が多い。
 
『俺とセイラとの関係も気になる、って間だな、いまのは』
「勘弁してくれよ。そうやって心読むの。心臓に悪い」
『まあ、凜のことなら、いずれ知るときがくるんじゃないか』
「え?」
『もっともそのときは、俺のほうも凜の秘密を知るときだろうな』
 
 惺の予言めいた――そして核心を突く言葉に、俺はなにも返せなかった。


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