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Alive03-11

2020 5/23

 翌朝は、いつも以上に寝覚めが悪かった。
 悪夢を見た記憶はないのに、心にもやもやが残っている。昨日のいろんな出来事がまだ尾を引いているみたいで、どこか気持ちが悪い。
 心なしか頭がふらふらする。額に手を当てると、少し熱く感じた。
 
「……風邪か?」
 
 けど、学園を休むほどではないか。
 カーテンを開けると、昨日までの快晴とは打って変わってどしゃ降りの雨。風も強い。横なぐりの雨が窓を打っている。
 憎い演出だな、と感じた。このどんよりとした心理を表現するかのごとく、外は暗い。
 のろのろと着替えたあと、部屋を出た。
 
「あ……」
 
 隣の部屋から出てきた奈々と遭遇した。
 
「お、おはよう」
 
 我ながら、ぎこちない挨拶だった。
 
「うん……おはよう」
 
 張りのない小さな返事。奈々は俺以上に調子が悪そうだ。いつもなら添えられているはずの笑顔も、今朝はまったくない。
 
「奈々、大丈夫か? 顔色悪いぞ。あまり寝てないんじゃないか?」
「……大丈夫だよ」
 
 リュックを手に持った奈々は、そのまま俺の横を通り過ぎる。幽霊のようなおぼつかない足取り。明らかに大丈夫そうじゃない妹に、それ以上なにも声をかけられなかった。
 洗面所で顔を洗ったあと、1階へ下りる。リビングに顔を出すと、悠が朝食の準備をしていた。いつもは消えているテレビが、朝の情報番組を映し出しているのが少し気になった。
  
「おはよう、凜くん」
 
 やはり悠も本調子じゃない様子。笑顔だけど、どこかぎこちない。
 奈々の姿はなかった。けど、リュックはフローリングの床に置いてある。
 
「おはよう。奈々は?」
「顔洗ってくるって」
「奈々の顔、見た?」
「うん。まだ昨日の今日だし、仕方ないよ。そっとしてあげよう」
「そうだな」
「……あれ? 凜くんも顔色悪いよ?」
「ちょっと熱っぽいかも」
「大丈夫?」
「たぶん」
「無理はしちゃだめだよ」
 
 俺と悠が席についてからすぐ、奈々が戻ってきた。席について朝食を食べ始めてからも、奈々は無言。
 いや、正確には俺も悠も無言だ。それぞれにかけるべき言葉が見つからない。それはここにいる誰もが気づいているようで、さらに気まずくなっている。
 星峰家の朝食ではめったに見られない光景だ。聞こえてくるのは、テレビからの音声のみ。テレビがついている理由がよくわかった。完全に無言の中では、さすがに空気が重すぎる。それを予想した悠が、せめてもの慰めとしてテレビをつけたんだろう。
 
『次のニュースをお伝えします――』
 
 若い女性アナウンサーの真剣な声が聞こえてくる。なにか会話のきっかけがないか、わらをもつかむ気持ちでテレビを見てるけど、それは無理そうだった。
 テレビに表示された字幕――「速報 牧場の動物が殺される」という物々しい見出し。よりにもよってこんなときに話題にする事件ではない。
 
『今朝早く、東京都八王子市郊外にある牧場で、飼育されていた牛や馬や羊、計14頭が死んだ姿で発見されました。死骸はどれも、まるで肉食獣が喰い散らかしたかのように無残な姿だったとのことです。また、現場周辺ではここ数日、犬や猫、学校で飼われている鶏やウサギなどが相次いで不審な状況で死骸として発見されており、警察ではこれらの事件との関連を――』
 
 余計に暗くなりそうなニュースだから、チャンネルを変えた。
 
「……怖いね」
 
 悠がつぶやく。
 
「そうだな」
 
 俺もつぶやいた。
 奈々は反応がない。
 そこで会話が途切れる。
 学園に到着するまで、そんな暗い雲が俺たちを覆っていた。現実の空を覆う雨雲よりも、はるかに分厚く感じられた。



「ほら、みんな席につけ。出席取るぞ」
 
 織田先生が教室にやってきて、ホームルームが始まる。
 
「織田っちぃ~、セイラがまだ来てないよ」
「アルテイシアは今日休みだ。さっき電話があった。……豊崎、織田っち言うな」
「風邪ー?」
 
 そう聞かれて、織田先生は苦笑する。
 
「ああ。とても具合が悪いと、とても元気そうな声で言ってたな。困ったものだよ」
 
 織田先生が出席を取り始める。
 
「……惺、なんか聞いてる?」
「いや。今日は休むとだけLINEで送られてきたけど、理由までは」
「ねえねえ、ふたりとも、あれ見てよ」
 
 にやにやしながら、真奈海が教室の真ん中のほうを指さす。そこにいたのは、アニメだったら真っ白な塩の塊のように描写されるであろう、放心した光太の姿。
 
「川嶋……川嶋? おーい」
 
 先生の呼びかけにも答えない。光太の隣の席の佐々倉さんが、顔の前で手をぶんぶん振っても反応がない。
 
「先生、反応がありません。まるで屍のようです」
「……んー、屍じゃしょうがないな。生き返るまで川嶋は欠席、と。次――」
 
 教室中が笑いに包まれても、光太の心はここにあらずだ。
 
「どうしたんだ、あいつは?」
「セイラがいないからじゃないか」
 
 と、惺が言う。
 
「むむ……あっ、わかった! 学園散策が今日もない!」
 
 真奈海が指をぱちんと鳴らす。
 その後光太はしばらく、真っ白のままだった。
 教室はいつものように明るくて、今朝の気まずい空気を引きずらなくても大丈夫そうだった。
 体は少しだるいけど、今日一日くらいならがんばれそうだ。


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