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シンプル美と機能性を両立させた、国内最高峰のWordPressテーマ『SWELL』

Alive03-3

2020 5/18

 今日のほとんどの授業で、光太が狙い撃ちされていた。
 先週の授業をほぼ寝て過ごしていた罰と言わんばかりに、先生方の格好の標的に。当然、宿題はやっていても予習復習なんかやってない光太が答えられるわけもなく。でも正解するまで着席させないという厳しさ。
 公開処刑とはこのことだ。けど、非常に有意義でおもしろい時間だった。
 そんなこんなで昼休み。
 
「お昼ごはん! あたし、おなか空いたぁー」
「……あれ、弁当は?」
 
 真奈海はいつも弁当を持参している。が、今日は持ってきてないようだった。
 
「いやー、それがさ、今朝妹が熱出しちゃって。看病してたらお弁当作ってる時間なかったのよ」
「あ、だから今朝はちょっと遅かったのね。なら今日は学食か購買だな」
「うーん……久しぶりに学食がいいかなぁ」
「それなら早く行ったほうがいいんじゃないか? 混むだろ」
「そうだね。凜たちは?」
「俺も光太も弁当だし……惺とセイラはどうする?」
「学食」
 
 と、惺。
 
「あれ? 惺も弁当持参組だよな」
 
 よく考えたら、俺たちはみんな弁当持参組だった。だから昼休みはほとんど教室で過ごしている。
 
「昨日誰かさんからLINEがあってな。『明日から1週間、一緒に学食で食事だ。異議は認めない』って」
 
 その誰かさんを俺たちは見つめた。
 
「む。なぜ、わたしだとわかった?」
「いや、そんなこと言い出すのセイラしかいないし。ってかセイラ、今日は購買じゃないんだ?」
 
 セイラは転校初日から、購買部で買ってきた弁当や総菜をこの教室で食べていた。
 
「ああ。先週はずっと購買部一本だったからな。今週は趣向を変えて学食とやらに挑戦してみたい」
「まあ、それもいいんじゃないかなー。あたし、女子がなんの躊躇もなくカップ麺食べてるの、見てて気が気じゃなかったし」
 
 ある日の昼休み、「これがわたしの昼食だ」と言って、お湯の入ったカップ麺とカップ焼きそばを持ってきたときは、男子はともかく、クラスの女子はぽかんとした表情で見つめていた。
 
「おかしいか?」
「おかしいっていうか……カップ麺って、なぜか男子の食べ物っていうイメージがあってね。特に運動部の男子が、部活後にがつがつ食べてる印象が強くてさ。少なくともこのクラスで、カップ麺を堂々と食べてる女子はセイラしか知らないよ」
「そうなのか。日本人は変わったところを気にするのだな。……よし。全員学食へ向けて出発だ!」
「え、俺たちも行くの?」 
「当然だろ、なにか問題が?」
「でも、俺と光太は弁当だしなぁ」
 
 学食のテーブルで弁当や購買で買ったものを食べること自体は、別に禁止されているわけじゃない。けど学食のテーブルには、学食で注文した人が優先という暗黙のルールがある。弁当持参組だけでテーブルを囲んでいたら、なにも言われないけど白い目で見られるそうだ。学園の敷地は広いんだからよそで食えよ、という意味合いの視線で。
 
「ねえねえ、あたしと真城っちとセイラが学食なら、凜と川嶋が弁当でも大丈夫じゃない? 割合的に」
「……まあ、そうかな」
「おい、みんななにをやっているんだ。早く行くぞ!」


 久しぶりの学食は、やはり混んでいた。
 惺、セイラ、真奈海の3人はカウンターに並ぶ。俺と光太は運よく空いていた4人がけのテーブルをふたつ見つけて、そこを陣取った。テーブルの上に弁当を広げて待つ。
 
「……ねえ凜、なんか視線を感じる」
「弁当だからな。3人が戻ってくるまで我慢だ」
 
 テーブルの近くを通り過ぎる生徒たちが、意味ありげに見てくるのはある程度予想してたこと。「おいおい、弁当組かよ!?」などと、男子女子問わず眼が語っている。鈍い光太でも気づくほどの視線。正直、ここまであからさまとは思わなかった。空いている席が少なくなってきているのも一因のようだ。
 
「あれ、お兄ちゃん?」
「ん……奈々?」
 
 弁当の入ったポーチを片手に、奈々が通りがかった。
 
「どうしたの、こんなところで」
「いろいろあって、今日はここで昼食」
 
 あ、川嶋先輩どうも、といった感じで、奈々は俺の向かいに座っていた光太に向かって軽くお辞儀する。光太は何度か俺の家に遊びにきたことがあるから、いちおうふたりは顔見知りだ。
 
「奈々こそどうした?」
「わたしは美緒ちゃんとね。あの子はいつも学食だから」
 
 きょろきょろと、あたりを見渡す奈々。
 
「席、空いてないなぁ。どうしよう」
「相席でよければこの席空いてるぞ。これから来るの3人だから」
「あ、ほんと? でも、バンドの件を美緒ちゃんと話し合おうと思ってるんだけど、大丈夫かな……?」
「真奈海とか、奈々の知らない顔はいないから、気を遣わなくても大丈夫だよ。光太もいいよな?」
「もちろん!」
「もっとも、綾瀬さんが奈々とふたりっきりで話したいって思ってるなら話は別だけど」
「んー、どちらにしても、ほかに席空いてないみたいだし……とりあえず、美緒ちゃんに聞いてくるね」
 
 ポーチをテーブルに置いて、奈々は喧々囂々とする人混みの中に消える。小走りで、ツインテールがぴょんぴょんと跳ねていた。
 
「いやぁ、奈々ちゃんは相変わらず小動物みたいで可愛いなぁ~。んで凜、バンドの件ってなーに?」
「あれ、おまえ知らなかったっけ」
「奈々ちゃんが軽音部に所属してるのは知ってるよ。でもそれ以上は知らない。だから教えて」
「やだ。めんどくさい」
「それでも親友か!」
 
 箸を振り上げて怒鳴る。
 本気でめんどくさくなりそうだったから、俺はすぐに折れた。
 奈々が所属するバンドであった出来事を、簡潔に伝えた。先週、セイラと惺と俺の3人で軽音部に見学に行ったときの話。実力はあるのに、心の波長が合っていないバンドメンバーたちの様子。
 
「へー……奈々ちゃん青春してるねー」
「うまく解決できるよう祈ってやってくれ」
 
 と、ちょうどトレイを持った3人が戻ってきた。
 
「待たせたな」
 
 セイラのトレイには、とんかつ定食。ごはんは大盛りだ。
 
「また男らしいメニューだね」
「ふっ。育ち盛りだからな」
 
 セイラが俺の隣に座る。その向かいに惺、惺の左手側に真奈海が座った。惺は親子丼と海藻サラダと豚汁。真奈海は本日の日替わり定食だった。今日は鮭の塩こうじ焼きと筑前煮がメインのようだ。
 奈々と綾瀬さんのことを伝えると、3人とも快く了承してくれる。
 と、そこに見計らったようなタイミングでLINEの着信。
 
《美緒ちゃん、相席するの了承してくれたよ(しぶしぶだったけど)
 美緒ちゃんが並んでるカウンター混んでて、そっちに行くのもうちょっと時間かかるから、先に食べてていいよ》
 
「――だってさ」
「んじゃあ、お言葉に甘えて、お先にいただきますー」
 
 真奈海の合図で、みんな食べ始める。
 
「久しぶりの学食もいいね! セイラはどう?」
「……思った以上にレベルが高いな。これが日本の学校の学食か」
「いやぁ、うちの学園が特別なだけだよー。一般的な学校の学食は、もっとしょぼいって噂だよ。ね、凜」
「たしかに、そういう話はよく聞くね」
「この学園の設備は、水準以上ということか……ふむ」
「私立校の学食っていうのは、ギャルゲーでも重要なポイントでね。たとえば――」
 
 なぜか唐突に、謎の講釈を始めた光太は放っておいて、それぞれ舌鼓を打ちつつ、おのおの自分のペースで食べている。
 それから数分後。
 奈々と、トレーを持った綾瀬さんがやってきた。綾瀬さんの表情は、相変わらずと表現していいのか、厳しい仏頂面だった。軽くお辞儀した以外、しゃべろうとしない。
 
「お兄ちゃん、お待たせ――って、惺さん!?」
 
 惺を見て、奈々は目を丸くした。
 
「あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ……そ、そそそれに……セイラ先輩もっ」
「一週間ぶりだな、奈々。席に着いたらどうだ?」
「は、はいっ!?」
 
 なぜかロボットのようなぎこちない動きで、奈々が席に着く。向かいの席に綾瀬さんが座った。
 
「えーと……綾瀬さんは、真奈海とは初対面か。綾瀬さんの隣にいるのが、豊崎真奈海ね」
「はじめまして。よろしくねー」
「……どうも」
「んで、俺の向かいにいるのは……ああ、こいつはモブだからいいや。クラスメイトAとかBとか、そこらへんだと思ってくれていいよ。俺も名前忘れたし」
「はい」
「よくない! なんて薄情な紹介してくれてんだ! ――はじめまして。綾瀬美緒さん。俺、川嶋光太。よろしく」
 
 いつもより声音を低くして、ダンディに決めようとするが、いかんせん光太だ。決まるはずもなく。
 綾瀬さんは無言を返した。そしておもむろにカルボナーラを食べ始める。
 
「あ、あれぇ? どうして無反応なのかなぁ?」
「あんたに興味ないんじゃない?」
 
 と、真奈海の痛恨のひと言。
 
「そ……そんな……なんでこんなモブキャラみたいな扱いに……」
 
 涙目になった光太は放っておこう。
 それよりも問題は奈々だ。
  
「奈々、なんか落ち着かないね。どうしたの?」
「ま、真奈海先輩ぃ……だ、だって」
 
 奈々と真奈海は、悠との関係もあって仲がいい。去年、真奈海がうちに遊びに来てから、波長が合ったのか奈々とも仲よしになったようだ。
 ……それにしても。
 ちらちらっと、奈々の視線は惺とセイラのあいだを行ったり来たりしている。持った箸は動いていない。
 
「ああっ!」
「急にどうした、凜?」
 
 隣に座っているセイラが、俺の顔をのぞき込んできた。
 
「い、いや、なんでもないよ」
 
 昨日、光太から送られてきた写真を思い出す。
 奈々のやつ、思いっきり意識してやがる。素直な奈々が隠せるわけもなく。どういうわけか失念していた。
 
「りーん? なんか、いたずらがばれたときの俺みたいな顔してるよ?」
「おまえと一緒にするな! だいたいおまえのせいだ、川嶋光太!」
「な、なんだよ急に!」
「なるほどな。そういうことか」
 
 セイラが納得した様子で奈々を見た。
 
「奈々はわたしと惺が抱き合った写真を見たんだったな」
 
 抱き合った、という言葉に奈々はびくんと反応する。口に運ぼうとしていた玉子焼きが、弁当箱の上に落ちる。綾瀬さんはそんな奈々を見て、目を細めた。
 
「え、ちょっと、なにその話! 詳しく詳しく!」
 
 真奈海の瞳は、好奇心で爛々と輝いていた。
 
「あー、真奈海は知らなかったっけ。いろいろあってさ……なあ惺、あれ、見せてもいいか?」
 
 ふう、と大きくため息を吐いたあと、惺はうなずく。この状況ではさすがに拒否できないか。ちょっと悪いことした。
 真奈海に俺のスマホを渡し、写真を見せる。
 
「ふおおっ! これやばい! 映画のワンシーンみたい! ……って、悠と奈々はこれを見ちゃったのね。そりゃ大変だわ」
 
 いろいろと想像したのだろう。ご苦労さま、と真奈海は俺に向けて付け加えた。
 
「綾瀬さんも見る?」
 
 真奈海は隣の綾瀬さんにスマホを向けた。
 
「や、別に興味ないんで」
「そんなこと言わずに、さあさあ」
 
 なんだかんだと言って、真奈海は楽しんでいる。真奈海のテンションの高さに負けたのか、綾瀬さんは俺のスマホに視線を落とした。
 
「……真城先輩とアルテイシア先輩は、付き合っているということですか。公衆の門前でこんなことするってことは、よほどお互いが好きなんですね。このあとキスでもしたんですか? それともホテルに直行? ま、別に興味ないですけど」
 
 綾瀬さんの遠慮のない言葉に、再び口に運ぼうとしていた玉子焼きを、今度は箸ごと落とす奈々。それを見た綾瀬さんは、今度は大きく眼を見開いた。
 
「それは誤解だ――と、説明する前に。美緒、と呼んで構わないか?」
「……好きにしてください」
「ありがとう、美緒。そして奈々。わたしと惺は、きみが危惧するようなそういう関係ではない」
「本当……ですか?」
 
 かすれた奈々の声。
 
「ああ。わたしと惺が海外で出会ったことは聞いてるか?」
「はい。お兄ちゃんから聞きました」
「なら話は早い。わたしにとって惺は、命の恩人なんだ」
「命の……恩人?」
 
 奈々だけでなく、俺や光太、真奈海や綾瀬さんに至るまで、戸惑いの感情が波紋のように広がった。
 惺とセイラの関係は、これまでの日常会話の中でいくつか判明している部分がある。それでも、命の恩人というのは初耳だ。
 セイラはおととい、偶然あの公園で惺と会ったことから順を追って説明していた。
 
「――だから情愛の証として、ああいった行動になったわけだ。たしかに、日本人から見たら少々過激だったかもしれないな」
「セイラ……」
「なんだ惺、怖い顔をして。命の恩人というのは本当のことだぞ」
「本当のことかどうかはこの際、置いておく。けど突然、核心に触れるようなことを言うのはやめてくれ。いつも冷や冷やするのは俺なんだ」
「わかった。では今度から、核心に触れるときは直前に断りを入れておこう」
「そういう問題じゃなくてだな……」
 
 惺が奈々をじっと見る。紅茶色のレンズ越しでも、その眼差しは真剣さをはらんでいるのがわかる。
 惺に見つめられた奈々は、耳まで真っ赤にした。
 
「奈々ちゃん、あの写真は、セイラが説明したように単なる情愛の証というだけで、それ以上でもそれ以下でもない。だからその……これまでどおり接してくれると助かる」
「は……はぃ」
 
 そろそろ奈々の頭から煙が出てきそうだ。
 
「さて、疑問も解決したところで、今度はふたりの番だな」
 
 セイラが奈々と綾瀬さんに目配せをする。
 
「さっき凜から聞いたが、ふたりはバンドの件で話し合う予定だったのだろう? わたしたちのことは気にせず、思う存分話し合うといい」
「え、えっと……美緒ちゃん、どうしよう」
「どうしようって……それ、ここで話し合えると思う? だからわたし、相席するの嫌……じゃなくて、遠慮しようと思ってたんだけど。あんたがどうしてもって言うから」
「はぅ」
 
 奈々が縮こまる。
 
「まあそう言うな、美緒。ここには人生の先輩たちがいるんだぞ? なにかアドバイスできるかもしれない」
「人生の先輩って、ひとつしか年齢違いませんよね」
「……ふふっ」
「なにがおかしいんです?」
「いや、なんでもない。悪かった。――バンドの件とは、先週見学したときに見た、あれに関係してることだろう?」
「……奈々、あんたどこまで話したの?」
「え、え? わたし、そんな詳しく話したつもりは」
「あれを目の前で見せられれば、誰だって気づくさ。きみたちのバンド、うまくいってないんだろう?」
 
 その言葉に、綾瀬さんの表情に暗い影が差した。ついでに奈々も。
 
「先輩は察しがいいですね」
「ありがとう」
「それから、すっごくおせっかいっ」
「ふふ、ありがとう」
「いや、セイラ、それ褒めてないから。皮肉だから」
「わかっているさ凜。そういうところも含めて、可愛い後輩たちだなと感じたまでだ」
「……っ」
 
 苦虫を噛みつぶしたような綾瀬さん。セイラの前では、いろいろと形無しになってしまうようだ。
 
「ねえ美緒ちゃん、この際だから話、聞いてもらおうよ。お兄ちゃんにはいつも相談に乗ってもらってるし、惺さんも真奈海先輩も聞き上手だし……セイラ先輩は、お兄ちゃんから聞く限り、頼りになるみたいだし」
「いろいろとタフでたくましいんだよな、セイラは」
「凜、女子に向かってタフでたくましいとは、ふさわしい言葉とは思えないが」
 
 やや目を細めて、セイラが抗議してくる。
 
「む。それもそうだったな。すまない」
「……それはわたしの真似か?」
 
 苦笑いするセイラ。
 
「あ、あのぉ! ねえ奈々ちゃん、俺は? なんで俺の名前が挙がらなかったのかなぁ?」
「だってわたし、川嶋先輩のことよく知らないし……あの、あまり見つめないでもらえますか。気持ち悪いです。この星から出てってください」
「……お兄ちゃん、今度はわたしの真似しないでよ」
「ま、真似ってことは……!? 奈々ちゃん、俺のこと、そういうふうに見てたのっ!?」
「あ、いえ、そういうわけでは」
「しかし、少なからずそう感じていた奈々であった」
「お兄ちゃん……」
 
 いい加減にして、と白い目で睨まれ、さすがに黙る。
 
「あ、ごめんね美緒ちゃん。その……どう?」
「わかったわよ。奈々がそこまで言うんなら」
 
 相席してきたことといい、どうも綾瀬さんは、奈々からの押しにはめっぽう弱いらしい。幸い、昼休みはまだ半分ほど残っている。話を聞く時間は充分にありそうだ。
 ふと――
 じぃーっと、俺たちの様子を、不思議そうに眺める綾瀬さんの眼差しが気になった。


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