Alive03-2

「――と、いうわけなんだけども」
「見られたのか……よりにもよってそのふたりに」
 
 翌日の朝。始業前の教室で、惺に事情を話した。あらかじめ惺には、大事な話がある旨を昨日のうちにメールしていた。
 
「その……悪い。明らかに俺の不注意だ」
「間の悪さが重なった結果だろ。誰が悪いって話でもないさ。あまり気にするな」
「そう言ってもらえると助かるよ……で、この写真ってその、いろいろ偶然が重なった結果だよな?」
 
 惺が首肯した。
 
「だよね。だって、明らかにデートの途中って感じでもないし」
 
 惺が簡単に事情を説明してくれた。ランニングの休憩中に、偶然セイラと会ったこと。で、話しているうちに、感極まったセイラがいつもの発作(?)のような感じで惺に抱きついた。そこを偶然通りかかった光太が撮影して――という流れらしい。
 
「で、俺が悠と奈々に写真を見られるヘマをやらかしたのも偶然か……なんか、ここまで偶然が重なると、何者かの作為のような気が」
「誰の作為だよ。川嶋に写真を撮られたのには気づいていたけど、悪いようにはしないだろうってなにも言わなかった」
「その結果がこれか」
「凜、わかってるとは思うけど、川嶋のことは怒ってやるなよ? あいつに悪気があったわけじゃない……たぶん」
「ああ……善処する」
「それで、悠と奈々ちゃんの様子は?」
「んー、悠はいつもどおり――を装ってたけど、明らかに無理してたかな。奈々のほうは……まあ、なんというか、かなり落ち込んだ様子だったかな。話しかけても上の空だったし」
 
 家を出る際、いつかみたいにベースを忘れそうになっていた。
 
「セイラには軽はずみな行動はなるべく控えるよう、惺から言ってくれない?」

 じゃないと俺の胃に穴があく。それを察してくれたのか、惺は苦笑しながら小さくうなづいてくれた。
 
「わたしがどうかしたか?」
「わっ、セイラ、びっくりした」
 
 いつの間にか俺たちの近くに立っていたセイラ。声がするまでまったく気配がなかった。相変わらず自信のみなぎった、清々しい表情をしている。そして彼女は凜々しい動作で豊かな銀髪をかき上げた。
 
「凜、スマホ貸して――セイラ、これを見ろ」
「……む? これはおとといの?」
「そうだ」
「写真を撮られる前に、光太のことを止めてなかったか?」
「そのだいぶ前だ。これはセイラが俺に抱きついた直後」
「ほう。わたしとしたことが、惺に夢中でまったく気づかなかった」
 
 惺は大きくため息を吐いたあと、この写真を悠と奈々に見られてしまったことを説明した。
 
「今回はもう起きてしまったことだから取り消しようもないけど、今後はこういう行動は控えてくれ」
「ふむ。心得た」
「あれ? 意外にあっさり」
「あのな凜、わたしも子どもじゃない。惺にはもう似たようなことを何度も言われたからな。これ以上しつこくして嫌われたくはない。愛の力だ」
「愛とか、自分で言うな」
「なんだ惺、照れてるのか?」
 
 ぷいっと惺はそっぽを向いた。ついでにスマホを突っ返される。
 
「それで凜、その写真の件はどうするんだ? わたしは悠と奈々に謝ったほうがいいのか?」
「いや、謝る必要はないよ。セイラは自分の心に正直だっただけってことにしておく」
「そう言ってもらえると助かる」
「悠と奈々には俺からうまく伝えておくよ。だから、これからもふたりとは仲よくな」
「ああ、もちろん」
「はろーおはようぐっどもーにんぐ!」
 
 気が抜けるような声で唐突に登場してきたのは、今回の問題の元凶。にやにやと、なんの悩みのない顔をしながらこちらに歩いてくる。
 
「なんかおもしろい話してる? 俺も混ぜてっ……って、あれ? 凜、どうしてそんな怖い顔してる――」
「このぉっ、馬鹿ちんがぁっ!」
「――ぐふぅっ!?」
 
 隙だらけのみぞおちに正拳突きを叩き込み、衝撃で前屈みになったところで、すかさず連続で蹴りを入れる。さらによろけたところで、渾身の掌底を叩き込んだ。光太は格闘ゲームで負けたキャラのように、情けない悲鳴をあげながら吹っ飛んだ。
 
「ほう……凜、見事なコンビネーションだ」
「どうも」
「凜、怒るなって言っただろうに」
「こいつのにやけた顔見てたら、つい殺意が」
「りぃ~んっ!?」
 
 ぴょこんと立ち上がり、光太が突っかかってきた。
 
「急になにするんだっ! めちゃくちゃ痛いんだけどっ!?」
「うるさい。これを見ろ」
 
 スマホのディスプレイを、水戸黄門の印籠よろしくかざす。
 
「これ……昨日俺が送った写真じゃん。それがどうした?」
「悠と奈々に見られた」
「でええぇっ!?」
「それでどうなったかは、馬鹿ちんのおまえでも想像できるだろう? 昨日の夜、俺の家に突如として訪れた修羅場を」
 
 ふたりをなだめるのに、どれだけの時間と精神力を費やしたか。当然、読書タイムなどではなくなった。
 
「――川嶋光太、その罪、万死に値する!」
「な、なんですとぅっ!?」
「判決。川嶋光太は有罪。今後この学園を卒業するまで、悠と奈々の半径5メートル以内に近づくことを禁ずる。遠くから眺めるのも禁止。禁を破ったら死刑!」
「ま、待って、弁護士を! 弁護士を呼んでくれ!」
「上告は棄却する。鬼畜に人権などない!」
「だいたい、LINEに秘密って書いたよね!? なんで見られるのさ!」
「まだ言い逃れをする気か? 貴様、それでも男か!」
「だ、だから、凜っ!」
「往生際の悪いやつめ。情状酌量の余地はない! 貴様には牢屋の中のくっさい飯がお似合いだ!」

 俺がそう言い放った直後、セイラがなにやらつぶやくのが聞こえてきた。
 
「……なあ、惺。ふたりの会話がかみ合ってないのは気のせいか?」
「写真を見られたのは凜の落ち度だからな。それを川嶋に気づかれたくないんだろ」
「そこ! 傍聴人は静粛に! なあ光太。男としては潔く罪を認めるべきだと思うんだ。悠も奈々もそういう男が好きなんだと思う」
「うぐっ……」
「家でおまえの無実を信じているばあちゃんも泣いてるぞ。ほら、ここはきっぱり、罪を認めるべきなんだよ」
「……うう」
 
 がくん、とうなだれる光太。
 落ちた。
 
「さあ光太、自分の席に戻って、おとなしく授業の準備をするんだ。……今日はちゃんと寝てきたんだろ?」
「うん。宿題もちゃんとやった。寝る前のゲームもやらなくて、アニメも見なかった……俺、がんばったよぅ」
「そっかそっか。偉いな」
 
 光太の肩をぽんぽん叩きながら、自分の席へ連行する。光太はおとなしく席に着いた。それを見届けて、俺はきびすを返す。
 
「やあふたりとも。茶番に付き合わせて悪かったね」
「凜は思った以上に腹黒いな」
「んー、なんのことだ」
「ふっ。まあいい」
「凜、悠と奈々ちゃんにうまく伝えるとか言ってたけど、具体的には?」
「は、ははっ。だ、大丈夫。あとでじっくり考えるから」
「……笑顔が引きつってるぞ」


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