Alive04-4

 小説というのは書いた人の個性が表れるものだ。
 この小説は、およそ女子高生が書いたとは思えないほど豊富な語彙で、精緻に描かれていた。題材は俺たちと同世代の男女の群像劇。章によって視点となる人物が変わり、最後のほうでやっと全体像が見えてくる構成だ。恋愛や友情、家族関係、日常の謎など様々な題材を扱っていて飽きさせない。
 読んで伝わってくるのは、書き手の真面目さ、丁寧さ。しっかりとした構成がそれを裏打ちしていた。誤字脱字もほとんどなく、徹底的に推敲されていることもわかる。
 柊さんの根城で、久しぶりのお茶会が開かれていた。そこで柊さんの書いた小説の品評会が行われている。
 
「思っていたよりもずっと『小説』だった。楽しませてもらった。十代の文章力を甘く見ていたな」
 
 と、まるで自分が十代ではないような言い方のセイラ。
 
「これだけの量の文章をちゃんとまとめたのは、素直にすごいと思う」
 
 これは惺。ページ数はちょっと分厚めの文庫本1冊程度。これを同い年の女の子が書き上げたことは、俺たち全員が敬服していた。
 気になった点は、章ごとのバランスが少し悪く、じっくり読ませる章もあれば、「あれ、これで終わり?」となってしまう章もあったところ。ほかには、視点となる人物の書き分け方。男性と女性はきちんと分けられているけど、同性の場合はやや似たり寄ったりの思考が見られる。口調まで似てしまうと、これ誰がしゃべってるんだっけ? となりうる場所がちらほら。特に終盤、登場人物たちが一同に介すシーンは苦労した気配があった。
 
「――まあ、ダメ出しをまとめるとこんな感じかな」
 
 俺と惺、セイラが気になった部分をまとめて伝えた。
 
「ありがとう。助かったわ。……豊崎さんは、全部読めなかったのだっけ?」
「ごめん! がんばったんだけど、半分くらいしか読めなかったの」
 
 昨日は宿題が多かった。バイトはなかったとはいえ、真奈海の頭脳では精いっぱいだろう。
 
「半分まで読んで、気になった点はあった?」
「そうだなー……先が気になる展開はおもしろかったよ。難しい漢字も多かったけど、読みやすかったし。えっと、気になるところ、気になるところ……」
 
 内容を思い出すように、宙を見つめる真奈海。
 
「女子高生が集まってわいわい騒ぐシーンがあったじゃん? 最初のほう」
「第二章ね」
「そうそう。そこでの会話がさ……なんて言うの? 丁寧すぎるかな、と思った」
「あそこでは、話題になっているクレープ屋の話とか、恋愛の話をしてたわね」
「ほら、そのクレープがどういうふうにおいしいかって、きちんと台詞で説明してたじゃん? 女子高生って、あんな丁寧な会話するかなって」
「……たとえば、豊崎さんが友達と同じ話題を話すとしたら、どういった感じになるのかしら」
「うーん……おいしいものだったら、単に『これやばい!』とか。で、『そうだよね! あれやばいよね!』って感じで」
 
 柊さんが目を丸くした。
 
「や、やばい……? 逆に、おいしくないものに関することだったら?」
「あー、たぶんそれも『あそこのクレープやばかったよねー』ってなるかも」
「同じじゃんか」
 
 思わず突っ込んでしまったのは俺。
 
「だって、実際そんな感じだよ?」
「……まあたしかに、そのような会話をクラスで聞いたことはあるかも」
 
 おいしくてもまずくても、表現する言葉が一緒。それは、作家にとっては看過しがたい事実だと思う。女子に限らず、男子だって似たような会話をしているのもめずらしいことじゃない。
 
「貴重な意見をありがとう、豊崎さん」
「どういたしまして。あ、でも、みんながみんな、そんな会話しているわけじゃないよ?」
「ええ。でも、自分のコミュニケーション不足というか、そういうのは認識していたから。友達と会話をあまりしてこなかったツケね。ふふ」
 
 自嘲気味というより、心から楽しそうな表情で柊さんが笑った。
 
「じゃあ、そろそろ真打ちの登場だな。ほら、光太」
 
 俺がにやりとしつつそう言うと、隣に座っている光太はぴょんっとパイプ椅子から立ち上がる。
 
「ひゃいっ!? が、がんばりますっ!」
「……最初に自己紹介したときもそうだったけど、なんでそんなに緊張しているんだ?」
「だ、だって、目の前に柊紗夜華さんがっ」
「よろしくね、川嶋くん」
 
 ふつうの男子なら誰もが惚れてしまいそうな微笑みを添えて、柊さんが言う。そして、川嶋光太はふつうの男子だった。
 
「は、はい! ひ、ひひひ柊さんの小説を、たいへん楽しく読ませていただき――お、おうぉっ!? こら凜、脇腹を突っつくなぁ!」
「いいから落ち着け。ちゃんと読んできたんだろ。……ほら座って、紅茶をひと口飲んで」
 
 言われるままにする光太。ひと息ついて、落ち着いたようだ。
 
「えーと、そうだなぁ……柊さんは、この小説をどの世代にいちばん読んでほしいと思って書いたんですか?」
「敬語じゃなくていいわよ。……そうね、わたしたちと同世代、と言ったところかしら」
 
 ふむふむ、とあごに手を添えて、あまりないであろう知恵を絞って考える光太。
 
「――となると、少し文章が硬いかなぁ。ほら、俺たちの世代って、嫌でも格式の高い純文学とか、古文とかを国語の授業で読まされるわけじゃない? そうなると、好きで読む本なら、ちょっとでも気楽に読めるものを選ぶんじゃないのかな」
 
 柊さんは黙って聞いている。
 
「じゃあ対象年齢を上げるとなると、今度は内容が問題になってくるね。登場人物たちはほとんど十代の学生で、やっていることが学校をはじめとした日常生活の枠組みから外れるようなことはない。大人が昔を思い出して懐かしさを感じたり、感心するような書き方やテーマってわけでもないから、えっと……なんて言えばいんだろ」
「……文体と内容がアンバランス……?」
「そう! それだ。あと、登場人物の思考パターンがみんな似ているよね。登場人物がいっぱいいるのに、世界観が狭く感じるのもそのせいかも」
「どこをどうしたらよくなるかしら」
「んー、文章力とか構成力はめちゃくちゃ高いから、あとはもうちょっと読み手を意識して書いたほうがいいのかな。あ、そうだ、いくつかのエピソードはばっさり切っちゃって、力の入っているエピソードをもっと補完したほうがすっきりすると思うよ」
「な、なるほど」
「………………あれ? みんな、黙ちゃってどうしたの?」
 
 正面にいる惺とセイラは、はじめて見るめずらしい動物を前にしたときのような、驚きと感心が混ざった表情。
 そして俺は、隣に座る真奈海と両手を突き合わし、ぶるぶる震えていた。
 
「り、凜……!? こ、こいつ誰? 川嶋……だよね?」
「い、いや、そんな馬鹿な。川嶋光太だぞ? 創樹院学園が誇る劣等生の川嶋光太だぞ!?」
「失礼だな、おい!」
「星峰くんの言っていたとおりね。川嶋くんは読書好きで、感想や総評にはかなり期待できるって」
 
 光太が読書好きなのは嘘ではない。読んだ小説の感想や総評も、誰も聞いてもないのに勝手にべらべら語る。ただ、こいつの読みあさっているのは、ほとんどがラノベなだけ。
 
「え、なに、凜そんなこと言ってたの? な、なんでわざわざハードルあげるようなことを!」
「ハードルを上げるもなにも、期待以上だったわ。ありがとう、川嶋くん。まさかアドバイスまでもらえるなんて」
 
 手を握られて、金魚のように口をぱくぱくさせる光太。
 
「川嶋にこんな才能があったとは知らなかったな。まるで凄腕の編集者だ」
 
 と、惺。わたしも同感だ、と言わんばかりにうなずくセイラ。
 
「え、そう? いやぁ、照れるな。あはは」
「あはは、じゃない! わざわざおまえに恥をかかそうとハードルを上げたのに、なんでそれが裏目に出て評価が上がってるんだ! 番組考えろよ! 光太の馬鹿っ!」
「そろそろ凜の友情疑っていいよな!?」
「あーもう、またくだらないけんかはじめて! ……ねえ川嶋、なんであんた、普段その能力? 発揮しないのさ」
「そうだよ。いつもそれだけ切れがあるなら、テストで赤点だらけってわけでもないだろうに。成績のことで大好きなおばあさんを泣かせずにすむだろうに」
「柊さんの前で余計なこと言うなぁ!?」
「せめてもの赤っ恥を光太に。ぬわはっは」
「……凜、悪役みたいだよ」
 
 あきれた真奈海がため息を吐いた。光太は鼻息荒く憤慨している。そんな中、柊さんが笑い出した。心の底から楽しそうに。
  
「楽しそうだな、紗夜華」
 
 と、セイラ。
 
「楽しいわ。いまこの瞬間が楽しい」
「自分の小説を、かなりな辛口でダメ出しされているのに?」
「ええ。だって、いままでこんな会話の中に自分がいるなんて考えられなかったんだもの。小説を書いて感想を言ってもらえる。それだけじゃなくて、馬鹿な話で笑い合える。それがどれだけ恵まれているのか、いま思い知ったところよ」
「……ほう。それには同感だ」
 
 しみじみと言うセイラに、惺が視線を向ける。じっと見つめる視線には、静かな、でもどこか熱い感情がこもっている気がした。
 お茶会はまだまだ続く。


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