Alive04-3

 真奈海の視線を追うと、きょろきょろとあたりを見渡している鳴海はるか先生がいた。困惑顔で、なにかを探しているように見える。
 
「おーい! はるかちゃん!」
 
 犬のしっぽのようにぶんぶんと手を振る真奈海。鳴海先生は困惑気味の表情に苦笑いを浮かべて歩いてきた。
 
「あのね豊崎さん、ちゃんと先生と呼んでくださいって何度言ったら――」
「まあまあ。はるかちゃんはなに探してるの?」
「……演劇部の生徒をひとりね。女の子なんだけど」
「あたしの知ってる子かな?」
「小日向椿姫さんっていうんだけど――」
 
 俺と真奈海は顔を見合わせた。
 
「小日向さんなら知ってるよ」
「そうなの? このあたりで見かけなかった?」
「ううん。見てないなー。凜たちは?」
 
 俺も光太も見かけてないと伝えた。
 
「そう……どこ行っちゃったのかしら」
「鳴海先生、小日向さんはたしか、今日から演劇部に復帰したんですよね。なにかあったんですか?」
「えっと、星峰くん……でよかったかしら。事情を知ってるの? ……あ、もしかして、小日向さんが相談に乗ってくれた友達がいるって言ってたけど、あなたたちのこと?」
「そうです。まあ、小日向さんの相談を聞いたのは、主にうちのクラスの真城惺ですけど」
「そう。彼が……」
 
 鳴海先生は惺のことを知っているみたいだ。 
 あ、ちなみにこいつは無関係です、と光太を指すと、「余計なこと言うなよぉ~! 仲間外れにするなよぉっ!」と、またしてもやかましくわめいた。即座に実力行使で黙らせる。
 
「ねえはるかちゃん、小日向さん捜すの手伝おうか? あたし今日バイト休みだし。凜たちは帰宅部でいつも暇だし」
 
 勝手に暇呼ばわりされておもしろくなかったけど、おおむね間違ってないから反論はしなかった。
 
「いいの? 助かるけど」
「よぉし! 小日向椿姫さん捜索隊、出陣!」
 
 なぜかやる気満々の光太。重ね重ね鬱陶しい。
 
「いや待て光太、おまえは面識ないだろ」
「そうだけど、顔は知ってるよ。可愛いし」
「……まあいいや。手分けして探すか」
 
 この学園は広い。固まって探すのは効率が悪かった。鳴海先生の話では、演劇部の生徒たちも何名かに分かれて、校舎の中を中心に捜索しているらしい。俺たちは外を探すことにした。
 鳴海先生と別れ、校舎の外に出る。
 
「見つけたらとりあえずあたしに連絡して。はるかちゃんの連絡先は知ってるから」
 
 真奈海は校庭の外周、光太はメイン校舎の裏側、俺は講堂通りを中心に捜索することにする。
 ふたりと分かれてしばらく歩く。目に入る範囲にはいない。鳴海先生から詳しい事情は聞いてないけど、なにがあったのかはなんとなく予想はできる。そうなると、簡単に人目に触れるようなところにいるとは考えにくかった。
 ……人目に触れないところ、か。
 はじめて小日向さんと会った場所を思い出す。碧乃樹池のほとり。木立に囲まれた緑深いあの場所。あのあたりはふつう、用がないと立ち入らない。
 
「まさかな」
 
 まさかに懸けて、その場所に向かった。
 
「……いたよ」
 
 このあいだより深まった緑が夏の気配をますます感じさせていた。その中で小日向さんの橙色の髪はとても目立つ。
 碧乃樹池を見わたせるベンチに座っていた。
 けど小日向さんひとりではなかった。隣に座っていたのは――

「悠?」
「え、凜くん?」
 
 悠と小日向さんが俺のほうを見た。小日向さんの瞳は濡れている。
 
「どうしたの、凜くん?」
「それはこっちの台詞だよ」
 
 悠を手招きした。悠は「ちょっとごめんね」と小日向さんに言い、ベンチから離れた。
 
「なんで悠が小日向さんと一緒にいるんだ?」
「たまたま小日向さんを見かけて。様子がおかしかったから」
「なるほどね」
 
 悠の性格なら、小日向さんを放っておくはずがなかった。ふと、以前に校舎の屋上でセイラや真奈海とやった思考実験のことを思い出した。
 悠に事情を説明する。
 
「そうなんだ。演劇部に復帰したのは知ってたから、なにかあったのかなって思ってたけど」
「詳しい事情は聞けた?」
 
 悠は首を横に振った。
 
「まだ混乱しているみたいで。うまくしゃべれないみたい」
「そう。実は、俺もまだなにがあったのか知らないけど……とりあえず悠、うまく訊き出してくれ。俺より悠のほうがいい」
 
 真奈海経由で鳴海先生に連絡しておくから、と付け加える。
 悠は再び小日向さんの隣に座る。俺は近づきすぎずに見守ることにした。
 
「小日向さん、ちょっとは落ち着いたかな……?」
「う、うん……ごめんね……真城さん」
「演劇部で、なにがあったの? あ、もちろん話したくなかったら無理に話さなくていいからね」
 
 意識しているわけではないんだろうけど、悠の声音はいつも以上に優しく、やわらかかった。母性をはらむ音は安心を運んでくれる。こんな真似はさすがに俺やセイラにはできない。惺はやればできそうだけど、こういう場合は同性のほうが落ち着くと思う。
 やがて、ぽつりぽつりと、小日向さんが語り出した。
 
「できなかったの……お……お芝居」
「できなかった?」
「頭が……真っ白になっちゃって……それで……その」
 
 小日向さんの言葉に嗚咽が混ざる。
 
「み、みんなに見られるのが……こ……怖く……怖くなって」
 
 たどたどしい口調は、はじめて会ったときの小日向さんを思い出させる。あれからしばらく交流するに従って、だいぶ話せるようになった。今日の昼休みには、笑顔で演劇部に復帰することを教えてくれた。それから数時間でこんなことになるなんて、誰が想像しただろう。
 久しぶりの稽古でみんなの前に立った。しかし、急に震えが止まらなくなり、声も出なくなったらしい。自分でもこんなことになるとは思わず、ついその場から逃げ出してしまった。なぜそんなことになったのか、自分でもわからないらしい。
 
「……そうなんだ。もういいよ。ありがとう、話してくれて」
 
 悠が小日向さんの手を握った。それだけで、彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ出す。少女のように泣き出す小日向さんを、悠は母親のように抱きしめた。
 クラスメイトとはいえ、他人にここまで無防備な心をさらすのは、俺には絶対にできない。悠のように自然に他人の心のドアを開くのも不可能だ。悠がこの場にいてくれて本当によかったと思う。
 しばらくすると、真奈海と鳴海先生がやってきた。
 
「あれ、悠がいる」
 
 と、真奈海。鳴海先生も驚いたようだった。鳴海先生が視線を落とし、小日向さんに話しかける。
 
「小日向さん、演劇部のことはいいから、とりあえず校舎に戻ろうか」
 
 小さくうなずき、小日向さんは立ち上がった。そのとき、悠の手を名残惜しそうに放す。
 
「真城さん、星峰くん、豊崎さん、いろいろとありがとう。それじゃあ」
 
 鳴海先生に肩を抱かれながら、小日向さんは去っていった。もの悲しさで満ちた背中が、どんどん小さくなっていく。
 俺たちは無言で、ふたりの姿が見えなくなるまで立ち尽くしていた。
 なんとなく悠を見ると、なぜか泣いていた。
 
「な、なんで悠が泣くのさ」
「だって……小日向さんのつらさとか悔しさが伝わってきて」
「感受性豊かだなぁ」
「悠らしいねー。はい、ハンカチ」
 
 何気に女子力の高いことをする真奈海。悠は小さくありがとう、と言って受けとった。
 
「小日向さんは、自分でも気づかないような深いところに傷が残ってたのかな。これからどうするんだろう」
「ねえ、わたしたちになんとかできないかな」
「俺たちに? これ以上は難しいんじゃないか。奈々たちのことと一緒で、本人の気持ちの問題だろうし」
 
 ほとんど同じことを、前にも言った気がする。
 
「そうかもしれないけど……でも」
 
 俺の言葉も悠の反応も、あのときとほとんど一緒だ。俺は真奈海に助けを求めた。
 
「え、あたし? ……んーと、難しいよね。悠の気持ちはわかるけど……あーでも、たしかになんとかしてあげたいって思うよ」
「とりあえずいまは、鳴海先生に任せよう」
「…………」
「悠?」
「…………うん。ごめん」
 
 ふと、惺やセイラがこの場にいたら、どうなっていただろうかと想像する。
 
「――――」
 
 うまく想像できない。あのふたりだって、俺の感性や価値観とはかけ離れていた。


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