Alive05-6

 なんか見たことある光景だなと、ふと思う。すぐ答えに行き着いた。きっとあれだ。探偵の呼びかけで、登場人物が一堂に会するシーン。
 トラットリアHOSHIMINEの店内。お昼時だけどお客さんの数はそんなに多くない。俺たちだけで店内にいる人間の3分の1は占めていた。
 しかし肝心の探偵役、つまり呼び出した本人――セイラだけがまだいない。
 
「セイラ先輩、なんだろうね?」
 
 左隣の奈々がぽつりと言う。その正面に座っている綾瀬さんが、フォークでトマトクリームパスタをくるくるしながら、「……さあ」と答えた。

「お兄ちゃんも聞いてないの?」
「ああ。みんなの前で話すってさ」

 ふーん、と言いながら、奈々もカルボナーラをフォークでくるくるした。
 俺の正面に座っている悠は、やや憮然とした表情でサラダを食べている。それもそのはず、彼女の斜め前、つまり俺の右隣には惺がいるからだ。惺に意識を向けないように気を張って、結局強く意識している。ツンデレジレンマ、と名づけよう。
 ちなみに惺はいま、柊さんと小日向さん両名と親しげに話している。そんな惺の様子を、悠だけでなく綾瀬さんも気にかけているようだ。服の上からではわからないけど、惺の右肩にはまだ包帯が巻かれているらしい。
 ところで悠は、この集まりを最初断ったとか。理由は言わずもがな。でもセイラからどうしてもと頼まれて――というより、悠の存在がかなり重要だと言われて、仕方なく参加を決めた。
 
「……なに?」
 
 悠の視線がちょっと怖い。
 
「な、なんでもないです」
 
 悠の隣に座っている真奈海がスマホを見ながら「うわっ」と声をあげた。
 
「また川嶋からだ。めんどくさいなー、もう」
 
 光太はいない。セイラはあいつも呼んだらしいけど、とある理由で来られなかった。
 俺はおもむろに立ち上がり、みんなにスマホを向けた。
 
「写真撮るよ――はい、チーズ」
 
 カシャッと撮影。素敵な1枚だった。
 それを光太に送る。「お食事会、めっちゃ楽しい!」という文言を添えて。すかさずスマホの電源を切った。
 
「宿題をここまで引っ張った罰だ。地団駄を踏むといい。くっくっく」
「もう凜くん、また悪い顔になってるよ……?」
 
 光太の馬鹿は夏休みの宿題がまだ終わってないみたいで、おばあさんから部屋にカンヅメにされているそうだ。宿題が終わるまで外出禁止。禁を破ったらおしりぺんぺん2000回の刑らしい。まあ、どう考えても光太の自業自得。同情はしない。
 
「わわっ!? ちょっと凜! あたしに恨みのメッセージが届くんですけどっ!?」
 
 真奈海のスマホはピコンピコンと、やかましく鳴っていた。
 
「あいつ寂しがりだよね。はっはっは」
「もう凜! うわわ、これ超めんどー!? なんであたしなの! いやぁっ!」
「これがほんとの飯テロ……ちょっと違うか。ひとりだけはぶられていることを強調する……なにテロだろ? 奈々、なんだと思う?」
「お兄ちゃん……鬼だよぉ」
 
 真奈海のスマホが落ち着いた頃(というより、電源を切った)、母さんに案内されたセイラがやってくる。
 
「待たせた。すまない……真奈海、なんでそんな機嫌が悪そうなんだ?」
「別にっ」
 
 真奈海は俺を睨んできた。
 
「ふむ? そうか」
 
 セイラが席に着く。
 
「――で、話ってなに?」
 
 セイラの注文を聞いた母さんが去っていくのを見計らって、俺が訊いた。
 夏休みもあと数日で終わるこのタイミング。セイラからみんなに、「一度集まれないか」という連絡があった。
 学園は現在、地震の影響で立ち入り禁止。けどトラットリアHOSHIMINEは幸い、そこまで大きな被害はなかったから営業している。それで場所を提供することになった。
 本題に入る前に前置きを、ということで、セイラが静かに語り出す。
 
「――常々考えていた。わたしが創樹院学園の学生として在籍している事実。半ば一般人としてこの島に暮らしている事実。――はっきり言おう。これは奇跡だ。惺はわかってくれるな?」
「……ああ」
 
 言っていることは大仰。でも不思議な説得力があって、誰も茶化したり笑ったりはしない。
 
「だから、いまわたしがこの場所に存在していることを、みんなの前で証明したい。……そして記憶にずっと、深く残りたい――それがわたしの願いだ」
 
 みんながセイラを見つめる中、悠の眼差しが特に気になった。砂漠の中でオアシスを見つけたような、あるいは暗い洞窟の中でひと筋の光を見いだしたような――そんなすがるような瞳が儚く揺れていた。
 
「それで、具体的には?」
 
 惺が訊くと、セイラが自身のみなぎった表情で応える。
 
「みんなでミュージカルをやらないか?」
 
 みんなが顔を見合わせた。「どういう意味?」という反応。
 
「セイラ。それはいつもの思いつき……ではないんだな?」
「もちろんだ。あのな惺、わたしはいつも思いつきで行動しているわけじゃ――いや、話が逸れるから、それは置いておこう」
 
 セイラの瞳が綾瀬さんと奈々をとらえた。
 
「サマフェスが中止になって、実に残念だった」
 
 急に話が向いて、どう答えていいのかわからない感じの綾瀬さん。奈々も似たような反応だ。
 
「美緒がこの夏、心の底からがんばっていたのは誰だって知っている。なのに、空気を読めない地震のせいでそれがおじゃんになったのは、実に惜しいことだ。悔しいだろう?」
「……まあ、それなりに。奈々もね?」
 
 奈々が小さくうなずく。
 
「The World End」は、間違いなく完全復活へ向けて踏み出そうとしていた。それが出鼻でくじかれたのは、本人たちじゃなくても悔しい。地震という人知の及ばない自然のせいだから、なおさら悔しい。
 セイラは次に小日向さんに向いた。
 
「椿姫は結局、演劇部に戻れなかったな」
「――っ」
「気を悪くしないでくれ。別に攻めてるわけじゃない。だが椿姫、きみが演劇に対する興味と情熱をいまでも忘れてないのはよく知っている。そういえば、紗夜華もそう思ったんだったな?」
「ええ。小日向さんに誘われて、ご両親の劇団を観劇しに行ったとき。あなたの瞳はずっと輝いていた。その奥で燃えあがる強い感情は、隠せるものじゃないわ」
「ひ、柊さん……」
「小日向さんの事情は、前にセイラから聞いていたの。だから、たしかにもったいないな、と感じたわ」
「そういう紗夜華はどうなんだ」
「……わたし?」
「最近、小説を書いているか?」
 
 柊さんは黙った。
 
「いろいろアンテナを張りめぐらせていたのは知っている。それで、結果は出たか?」
 
 セイラの口調には、なにか確信めいたものを感じる。
 
「……わたしも隠せないようね。いえ、別に隠すつもりはないんだけど」
「うまくいってない、と」
「ええ。書きたいことは山ほどあるはずなのに、どうしても詰め切れない。『本当にこれが書きたいことなの?』っていう疑問がわいてきて、途中で止まっちゃうの。それも、1回や2回ではなく。……本当はどこかの新人賞にでも挑戦しようと思っていたのだけど、あきらめちゃった」
「それを打開したいと考えている。しかし、その方法がわからない」
「おっしゃるとおり。たいしたものね。ここまでは誰にも相談したことないのに」
「ありがとう。さて――」
「あのぉっ! セイラ、あたしは?」
 
 なぜか期待に満ちた眼差しを向ける真奈海。
 
「あのな真奈海。ここまで話を聞けば、なんとなくわかるんじゃないか?」
 
 俺の質問に、真奈海の目が点になった。やっぱりちょっと馬鹿――とは言わないまでも、足りない。
 
「ねえ、失礼なこと考えてない? 怒るよ」
「気のせいだって。……えっとだな、真奈海もいろんな悩みや問題に立ち向かおうと努力しているのは、みんな知っている。んで、そんな真奈海のまわりには、こうやって悩める友人たちがいる。自分の手が届く範囲だ。おまえはそれでも、自分が大変だからって、『あたしの知ったことじゃない』って無視するか?」
 
 それはきっと俺のことだ。
 
「ほんたらわけねじぁん! あたしにできっことならなんでもする!」
「だってさ、セイラ」
 
 これが真奈海から聞き出したかったことだよね? と視線で訴えかけると、セイラは楽しそうにうなずいた。
 
「真奈海の気遣いや優しさは得がたいものだ。だから声をかけた」
「え、えへへ……めっちゃ照れるんですけど」
「それで、話は振り出しに戻る。みんなでミュージカルをしないか?」
「つまり、みんなの特技とか性質をまとめた結果が、ミュージカル?」
 
 と、悠。
 ああ、と力強くうなずくセイラ。
 
「さっきも言ったが、なにも思いつきで言い出したわけではないんだ。脚本を書ける紗夜華、演劇に詳しく経験者である椿姫。真奈海は手先が器用で、裁縫が得意だろう? 衣装にはもってこいだ」
「小説と戯曲は違うと思うけど……」
 
 と、柊さん。
 
「たしかにな。だが、小説家だが戯曲も手がけているプロはいくらでもいるだろう? 逆もまたしかり。わたしの勝手な推測だが、紗夜華の能力ならできる」

 理解したのか納得したのかはわからないけど、柊さんはセイラの言葉を深く飲み込んだように見えた。
 
「で、わたしたちは音楽ってこと?」
 
 と綾瀬さん。
 
「そうだ。美緒は作曲ができるし、近くには心強い味方が4人もいるじゃないか」
 
 それを聞いて、奈々が照れた。4人とは奈々と、ここにはいない佐久間さんと木崎さん、遠坂さんのことだ。
 
「――――。でも、音楽の種類が違うんじゃ?」
 
 バンドの音楽と、ミュージカルの音楽はたしかに違う。どこがどうとか詳しくはわからないけど、イメージはがらっと変わるような気がする。
 
「違いにこだわるような必要はないんじゃないか? ミュージカルの劇中曲はこれじゃなければいけない、など誰も言ってないし、どこにも書かれてない。つまり、自由だ」
「自由……」
「鷹岡結弦さんだったか。彼のCDを惺から借りて聴いてみた。どれも素晴らしい楽曲だったが、歌詞やメロディーに宿っていた……根底に流れていたテーマは『自由』だと、わたしは受けとった」
「――っ!」
 
 ここで鷹岡結弦さんの名前を出すのはずるい。
 が、効果的。
 挑戦的な瞳でセイラを見つめたあと、綾瀬さんは笑った。
 
「美緒ちゃん……?」
「大丈夫。なんでもないから」
 
 惺がおずおずと手を挙げる。
 
「俺は?」
「ここまで話を聞いていて、なにを言っているんだ。ミュージカルにダンスは外せないだろう。惺は振り付けだ」
「……やっぱりか」
 
 嫌そうではないんだけど、なぜかため息を吐く惺。
 なぜ惺が振り付けなのか、知らない人間がいた。綾瀬さん、柊さん、小日向さんは、はじめて聞いたらしくかなり驚いている。悠は知っているのか、どちらにしても憮然としている。
 プロ級のバレエ技術であることを、間近で見たことのある俺とセイラで詳しく説明した。すると、真奈海が興味深そうに奈々に訊く。
 
「奈々は見たことあるの? 真城っちのバレエ」
「はい!」
 
 まるで初恋の人を見つめるように、瞳を爛々と輝かす奈々……って、そのまんまだ。
 
「ふーん。あたしも凜から聞いたことがあるんだけどさ、真城っちにお願いしても踊ってくれないんだよね! どうしてかなー?」
 
 真奈海から意地の悪い視線を向けられ、惺は明後日の方向を向く。その直後、真奈海が元気に手を挙げた。
 
「はいはい! セイラに質問! 凜は? 凜の役割はなーに?」
 
 セイラが答える前に、俺が答えた。
 
「なにを言っているんだ真奈海。ここまできてまだわからないのか? 俺はほら、あれだ…………………………ん? あれ?」
 
 みんながきょとんとして俺を見つめている。
 
「ちょっと待てよ。俺はみんなみたいに、特技とか持ってない……よな? 本は読むけど書いたことないし、演劇も未経験だし、楽器の演奏や作曲も、裁縫もできなくって………………あれ、なんで俺、呼ばれたんだ……!?」 
「凜、とりあえず落ち着け。ついでに涙を拭け」
 
 セイラからハンカチを渡された。
 
「ぐあぁぁっ! こういう残念なオチ的なポジションは本来、光太の役目だろぉ!? なんでいないんだあいつ!?」
「お兄ちゃんって、ほんとにたまにすごくひどいこと言うよね……」
「はぁ――はぁ――あ、ごめん。取り乱した。セイラ、続けて」
「凜はこの中で、誰よりも冷静な視点を持っている。そこに異論の余地はない」
 
 ……冷めている、の間違いじゃないだろうか。
 
「わたしはそこを買っているんだ。だから、常に冷静沈着な姿勢で、みんなを見守っていてほしい」
「つまり、一種のオブザーバーってこと?」
「そうだ。これはきっと凜にしかできない」
「……まあ、とりあえずはそれで納得する」
「ねえねえ、おぶざーばーってなーに?」
 
 と、真奈海。気の立っていた俺は「自分で調べなさい」と、放り投げた。
 
「よし。では――と、悠、なにか言いたそうだな?」 
「な、なんかみんな『やる』みたいな空気になってるけど、わたし、セイラの提案を許諾した覚えはないんだけど」
「ええっ、悠、やらないの!? おもしろそうじゃん!」

 真奈海はすでに乗り気らしい。

「や、やらないとも言ってないんだけど。そもそも、ミュージカルをやるって、いったいどこで?」
 
 ミュージカルを発表するタイミングは、ある意味もっとも重要だ。それが決まらないと、そもそもスケジュールが組めない。
 
「質問を返すようで悪いが、悠はどう思う? 生徒会の一員としての意見を聞かせてくれ。条件はそう……わたしたちのような、部活動でもなんでもない、ただの有志の集まりがなんらかの発表できる場、だ」
「……いちばん近い時期だと、創樹祭かな」
 
 創樹祭――創樹院学園が誇る文化祭の名称。毎年10月の半ばに3日間の日程で行われる恒例イベントだ。クラスや部活動の単位でなんらかの発表を行うところは、ほかの学校の文化祭と差異は少ないかもしれない。ただし生徒数が多いぶん規模は大きく、一般の参加者も毎年2万人を超える。
 もちろん、有志で演劇をやることは可能だと思う。演劇部という大所帯の陰に隠れることを是とするのなら。
 
「わたしもそれを考えた。ひとまず、美緒と奈々に訊こう。『The World End』は、創樹祭での発表を考えているか?」
「あ……はい、いちおう」
 
 奈々が答えた。
 サマフェスがだめになったとはいえ、別にバンドが解散するわけではない。時期が後退するけど、創樹祭という場で発表するのは、なにも間違ってない。
 
「はっきり言ってしまえば、美緒たちは創樹祭で発表できるのなら、わたしの提案に乗る必要はない。むしろ、より演奏レベルを磨き上げて、サマフェスの雪辱を果たすという目標があるのなら創樹祭で充分だろう」
 
 じゃあ、なんでわたしたちを誘ったの――綾瀬さんの実直な視線には、そういう言葉が強く含まれていた。
 
「むろん、わたしの提案は断ってもいいんだぞ。それに、ここにいないメンバーの意見は聞いてないから、ここで即答する必要もない」
「いまさらそういうこと言うの?」
「それでも誘ったのは、きみたちとなにか一緒にやりたい、とわたしが強く思ったからだ」
 
 綾瀬さんと奈々が顔を見合わせる。そのまま黙った。
 
「セイラ。あなたはつまり、創樹祭での発表は考えてないのかしら? どうもそう聞こえるのだけど」
 
 と、柊さん。
 
「ああ。まもなく9月。創樹祭の時期を考えると、準備期間が足りないと思ってな。脚本から音楽から衣装から全部をオリジナルにするとして、もう2ヶ月を切った段階で、できるとはとても思えない」
 
 セイラが小日向さんを見る。なにか意見を求める視線で。
 
「うん……セイラちゃんの言うとおり。プロの現場でも、企画の段階からだと、半年……最低でも4ヶ月は必要……かな」
「4ヶ月か。ちょうどいい。――ずばり言おう。わたしが目標としているのは、12月の演劇祭だ」

 みんなが顔を見合わせるのは、今日何度目だろう。


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