深夜2時過ぎ。
国道沿いの広い歩道を、わたしは疾走していた。
さながらわたしは、深夜にトレーニングするアスリート――に見えるよう装っているから、そう怪しまれることはない。
上下のジャージに、バックパック。完全なスポーツスタイル。侵入の際に着用していたジャケットやカーゴパンツ、その他もろもろの装備は全部バックパックの中だ。
もちろん、お宝――〈神の遺伝子〉も同じく。
巡回中の警官に職務質問されて、バックパックの中身を見られたらまずいだろうが、そうはならないだろう。
目的地まであと1キロほど。このぶんなら、想定していた時間よりも少し早く到着する。
都心と多摩地方を結ぶ重要な幹線道路なだけあって、この時間でも行き交う車はそれなりに多い。道路沿いにあるいくつかの店舗も営業している。
やがて目的地が見えてきた。といっても特殊なところではない。なんの変哲もないコンビニだ。駐車場は広く、大型トラックやタクシーなどが停まっている。ざっと見渡してみても、まだお迎えの車はないようだ。
やはり早く着きすぎたか。
店舗の外にある防犯カメラの位置を把握し、死角になる場所で待つことにした。防犯カメラに確実に撮られてしまう以上、店舗の中で待つのはよろしくない。
と、1台のスポーツカーが駐車場に入ってきた。真っ赤な色の車体は、この場ではかなり目立つ。
アマミヤ自動車の高級車ブランド、エルディアス・ヴェルサス。そのスポーツクーペの最上級モデル、ヴェルサスSC1000。
大会社の重役以上の収入がないと買えないような代物。しかし、その予想というか先入観を裏切るかのように、運転席に座っているシルエットは髪の長い女性だった。年齢も若い。
嫌な予感を通り越して、確信が芽生えた。
わたしのすぐ近くで停車し、運転席から予想どおりの人物が降りてくる。
「はぁい。アルファワン。ごきげんよう」
満面の笑顔を添えて、片手を上げて挨拶してきた女性。
「なんで詩桜里が?」
「とりあえず乗りなさい」
笑顔のまま言って、運転席に戻った。
ここでぽかんとしていても仕方がない。わたしは言われたとおり、助手席に乗った。バックパックは、あってもなくても同じような気がする狭い後部座席に置いた。ため息をつきつつ、シートベルトを装着する。すぐに車は発進した。
「今日は定例会議とか言ってなかったか?」
「その会議がものすごぉーく長引いてね。帰りの時間がちょうどあなたと合いそうだったから、わたしが迎えに来ただけよ。どうせ帰る家は一緒だし、人件費とかもろもろ経費削減にもなって一石二鳥!」
「……本当にそれだけか?」
「どうしてそこまで疑うのよ?」
「会議は霞が関の本部でだろ。そこからわざわざ反対方向の、しかも遠く離れたこんなところまで迎えにきた……なにか面倒な話でもあるんじゃないのか?」
詩桜里は良くも悪くも規律を大事にする性格だ。だから今回のようなイレギュラーな行動には必ず裏があるはず。
「深く考えすぎ。あなたの悪いところね」
わたしはなにも言わなかった。
しばらくの静寂。わずかなエンジン音だけが車内に響いている。高級車だけあって静粛性は抜群だ。
車は都心方面に向けて走っている。
「とりあえず一度本部に戻るわ。お宝を回収班へ渡すから。それから今回の任務、こちらに情報収集の不手際があったようね。謝罪するわ」
掃除ロボと、隠し通路の件か。
「別にいい。もう済んだことだし、そのせいで危機的状況に陥ったわけでもない」
「……ふふ」
「なにがおかしい?」
「いえ、だって、警備員と掃除ロボの集団に囲まれても、危機的状況に陥ったわけじゃないって言うから」
「あれが危機的状況か? ……ふむ、自分のことを過大評価するつもりはないが、あそこで囲まれていたのがわたしじゃなかったら、危なかったかもしれないな」
「それは同感ね。よくもまあ切り抜けられたこと……あの状況下で、ひとりの死者を出さずにね」
「約束だからな。わたしが死んでもそれだけは守る」
「人殺しを封じられた元暗殺者ね。ふふ、なかなかどうして――」
なにがおもしろいのかよくわからないが、詩桜里は笑っている。
「ともかく、これから事前の調査をもっと入念に。抜け目なくやってくれ」
「わかってる」
車が高速道路に入る。詩桜里はアクセルを踏み込み、加速した。
「さてアルファワン、これからが本題、と言ってもいいかしらね」
「なんだ?」
「次の任務が決まったわ」
それがわざわざ詩桜里本人が迎えに来た理由か。電話なりメールなりでわたしに伝える方法はいくらでもあるのに、直接言おうとするのはある意味、律儀な詩桜里らしいかもしれない。
「次の任務も潜入……と表現して差し支えないかしら」
セレスティアル号に乗って日本へやってきてから、もう1年になる。そのあいだ、〈神の遺伝子〉に関する捜査で、今回のような潜入案件は何度もあった。
「ただし、かなり長期間にわたるわ。だから引っ越しすることになるわね。もちろん、わたしも一緒に」
「場所はどこだ」
「星蹟島……行政区分で言えば東京都星蹟市」
「――っ!」
そこは。
その場所は――
「アルファワン、あなたにとって、完全に無関係な土地でもないわよね?」
直接行ったことはない。この1年のあいだ、日本国内は北海道から沖縄までだいたいまわっている。しかし、星蹟島はまだ未踏の地だった。
「星蹟島のどこに潜入するんだ?」
星蹟島には、世界に名だたる大企業、天宮グループの本社が存在していたはずだ。いままで特に黒い噂を聞いたことはないが、潜入するとなると、その方面の……?
「んふっ、たぶんあなたがいま想像しているのとはだいぶ趣が違うわね」
詩桜里はどこか愉快そうだった。
「あなたにはしばらく、学生として、とある学園へ編入してもらいます」
「…………は?」
「あなたの次の任務は、星蹟島にある私立学校、創樹院学園へ編入し、ひとりの学生として楽しい日常生活を送ること」
詩桜里は一度言葉を切って、再び口を開いた。
「アルファワン――いえ、セイラ・ファム・アルテイシア。素敵で楽しい学園生活が送れるといいわね」