演習場をほとんどすべて見渡せる待合室。
窓際の手すりに寄りかかり、消火機材を積んだ装甲車が数台、例の倉庫に向かって走っていくのを眺めていた。倉庫はここからだと物陰になって見えないが、遠くでひと筋の黒煙が上がっているのが見える。
「俺としたことが、しくじったな……引き分けだった場合どうするか決めてねぇ」
ソファにふんぞり返って、悔しそうに頭をかくレイジ。
「残念だったな」
「おまえ、わざと引き分け狙ったな?」
「さあ」
「謙遜しやがって。おまえのことだから、あの場で俺に勝つ方法なんて1ダースも思いつくんじゃないか?」
「馬鹿を言うな。いくらわたしでも、おまえを相手にするなら、そう簡単にはいかないことくらいわかっている。わたしは決して自分を過大評価しないし、おまえを過小評価することもない」
「……へん。どうだか。だいたい、おまえは星術を使ってねえ」
「あれはほとんどチートだからな。ここぞというとき以外使わない」
星装銃を顕現させたときに使用したが、あれはノーカウントだろう。
そのとき、出入り口の自動ドアが開き、ワイシャツとスラックスを身にまとった神経質そうな男が姿を現した。丸眼鏡の奥の瞳は、怒気の炎で彩られている。
「雨龍捜査官! 訓練で実弾を使うとは何事ですか!?」
「そりゃあれだ。その場の流れってやつ」
「そんな簡単にすむ話ですか! 始末書ものですよ!」
「悪いな栗田。俺はデスクワークなんてできないし、やらない主義なんだ。始末書なんか、適当に書いておいてくれ」
「そんな無茶なっ!?」
栗田の体がよろける。
次に、彼の鋭い視線がわたしに向いた。
「アルテイシア捜査官、あなたもあなたです! 倉庫のひとつをお陀仏にして! 事の重大さはわかっていらっしゃるんでしょうねっ!? もちろん柊室長に報告しますよ!」
「好きにしてくれ」
「……っ。あ、そうだ! だ、誰が勤務中にマ、マスターベーションなんか!」
「なんだ、あの通信聞いていたのか」
「当たり前です! 雨龍捜査官に言われて、なにがあっても口を出すなと……こんなことになるなら――」
ぶつぶつと愚痴と怨嗟をつぶやく栗田。手で胃のあたりを押さえている。彼がまだ三十代なのにもかかわらず、白髪が交じっている理由がなんとなくわかった。
栗田はこの演習場の開発部に所属しているエンジニアだ。シミュレーターのシステム構築で、重要なポストに就いている。
「ところでおふたりとも、バイザーと電子銃はどうしました?」
「それなら倉庫の中だな」
「はぁ!?」
「レイジが現れてもう必要ないと考えて、適当に放り捨てた」
「俺もだ」
「ちょ、ちょっと待ってください! あのバイザーと電子銃、ひとついくらすると思っているんですか! 特注品なんですよ!?」
「バイザーは25万円、電子銃は30万円くらいだろうな。わたしの推察では」
全部合わせると100万円を超える。
「くそ、当たってます! ……ちょっと、倉庫の中は火の海で」
窓の外を眺め、絶望的な表情になる栗田。倉庫からは、相変わらず黒い煙が止まることなく立ちのぼっているようだ。
「まあ、運がよければ無事に見つかるかもな」
「ひ、人ごとみたいに……誰のせいでこんなことになったとっ」
「そりゃまあ、俺だな」
レイジがにやりとしながら手を上げる。ただし、倉庫を火の海にしたのはセイラだぞ、と他人ごとのように付け加えた。
まるで反省の色を見せないレイジに、栗田の堪忍袋の緒が切れそうだ。そうなる前に先手を打つ。
「栗田、今回の訓練で気になったこと、3Dシミュレーターのプログラムに改善の余地がある部分をレポートに書き出して、近いうちに提出する」
「あ、はい。よろしくお願いします……いえ、そんなことよりですね――」
これ以上説教させるのはごめんだ。
「レイジは気になったことはないか?」
「ん……敵が弱ぇ」
「もっと具体的に」
「弱いもんは弱ぇんだよ。そうとしか言えねぇな」
レイジはそれ以上話す気がないようだ。というより話す能力がないのか。決して無能な頭ではないはずなんだが、不思議なことだ。
「これが『脳筋』か……?」
「おい、なにか言ったか?」
「なんでもない」
無視していた栗田がイライラしているのがわかって、さて次はどうやって誤魔化そうかと考え始めた矢先、壁際の端末装置が呼び出し音をあげる。
ちっ、と唇を歪めながら舌打ちをしたあと、栗田が元気のない足取りで近づき応答した。
「アルテイシア捜査官、星蹟第2支部からの呼び出しです」