Catastrophe 10

 黒月夜のアジトの一室。簡素なベッドがあるだけの殺風景な部屋。地震の前日に霞と「再会」した凜は、ここに連れてこられていた。
 しかし得体の知れない笑顔が目の前にあって、凜は大地震が発生した事実よりも困惑している。
 その笑顔の横にいる霞は、凜の不安げな表情と隣の人物のギャップがおもしろく、不敵に笑っていた。
 
「……霞さん、この人は?」
「奇人変人のたぐいだな」
「それ、僕にとっては褒め言葉だよ。はっはっは」
 
 斑鳩の不敵さに、凜の警戒が強まる。
 
「あー、そんな危ない人を見る目で見つめないでよ。照れちゃう」
 
 凜が斑鳩を睨みつけた。
 
「ふふ。その視線、ぞくぞくしちゃう。昔と変ってないねぇ」
「……昔?」
「それはともかく、星峰凜くんに耳寄りな情報を。家族や友達の安否が気にならないかい?」
「――っ!」
「そうだろうね。というわけで僕と姐さんが、その情報網と技術を結集させて調べてあげたんだ」
 
 1枚の用紙を渡される。
 そこには、星峰の家族や学園の友達、凜と近しい人々の安否が記されていた。奈々や両親、都内にいる姉の小夜子まで、無事と居場所が記されている。セイラや惺たちも無事だと知り、凜は安堵した。
 しかし――
 
「…………悠は?」
 
 安否不明、と書かれている。
 
「記述のとおりだ」
 
 霞が淡々と答える。斑鳩があとを引き継いだ。
 
「彼女は地震当日、バスに乗って島北東部の病院に向かったまでは足取りがつかめているんだけど、その後は不明」
「そ、そんな……っ」
「それから、そこには書いてないが川嶋光太は死んだらしい」
 
 畳みかけるように霞が言う。
 
「――――ぇ?」
「事実だ。家ごと津波に流されたようだな」
「――――っっ!?」

 霞が嘲笑混じりに続けた。

「川嶋光太……馬鹿でやかましいやつだったが、おまえと違って可愛げがあった。わたしたちのような極悪人は生き残って、川嶋光太のような善人は簡単に死ぬ。世の中不条理だな」
「それは人間の本質だよねぇ……」
 
 斑鳩がしみじみとつぶやく。
 
「……そ、そんな……なんで光太が……嘘だっ!?」
「信じられないのなら、仮埋葬された遺体の首でも切りとって、持ってきてやろうか?」
「――っ!?」
 
 もうそれだけでわかった。霞がこんな嘘をつくはずがない。
 光太は本当に死んだんだ――と。
 呆然としながらベッドに座り込む凜。
 
「姐さん、あんまりいじめないでよ。凜くんはいまナーバスなんだから」
 
 悠も安否不明。
 自分がなにをするべきなのか、そもそもどうしてここにいるのか、凜はすべてを見失っていた。
 
「まあ、真城悠に関してこれだけは言える。あの娘が簡単に死ぬとは思えない」
「か……霞さんが悠のなにを知ってるんだ!」
「少しなら知ってるさ。東雲友梨子として教鞭を執っていたんだから。ちなみに授業は手を抜いてないぞ。そこだけは安心していい。……ふふ。真城悠だけじゃないな。その兄の真城惺も、セイラ・ファム・アルテイシアも……おまえのまわりにはおもしろい人間が多いな」
「姐さんの女教師姿、見たかったなー。ねえ、いまここでコスプレしてくれない?」
「やってもいいが、おまえの命と引き替えだ」
 
 えー、そんなご無体なー、とおどける斑鳩。
 
「な……なんで――」
 
 凜の肩は震えている。
 
「なんで、霞さんが学園に?」
「いくつか理由はあるが。まあ、おまえに会いたかったってのもある」
「俺……?」
「本当の教師じゃなくても、おまえはわたしの『教え子』なんだから。気にするのは当たり前だろ」
  
 そのときドアがノックされ、構成員の男性が顔を出した。霞に話がある、とのこと。
 
「わたしは戻る。斑鳩、凜の相手はおまえがしてやれ」
 
 振り向きざま、霞は斑鳩につぶやいた。
 
「――だい水入らずでな」
 
 最初のほうの言葉は、凜には聞き取れなかった。
 霞が退室し、斑鳩とふたりきりになったことで、凜の警戒レベルは再び上昇した。
 
「やっぱり変ってないね。そのすべてを憎むような視線。人間そのものを根本的に否定する眼差し……ふふ、懐かしい」 
「あ……あんたはいったいなんなんだ!」
 
 斑鳩聖とは今日が初対面なはずだった。
 しかし、どこかで会ったような気がするこの感覚はなんだろう。
 
「ま、顔も声も変えてるし、気づかないのも無理はないか。――でも、前に言ったよね。いずれ再会するときは訪れる、って。覚えてるかにゃ?」
「――――っっっ!?」

 その瞬間、凜の中ですべてがつながった。 
 夜の公園で会った、人語を話す不思議な猫―― 
 
「まさか――っ!?」
 
 不意に斑鳩が手を伸ばす。
 凜は最大限に警戒するが、どういうわけかなにもできなかった。
 斑鳩の手が、凜の頭をなでる。
 
「――――っ!?」
 
 この感覚、昔どこかで――ベッドの上を後ずさりながら、凜はいきなり郷愁を覚えた。そして脳内で、ある人物の姿と斑鳩の姿が重なる。歪な家族の中で、唯一自分を可愛がってくれた存在と。

「ま――まさか――――せ、聖陽――兄さん?」

 斑鳩聖――
 否――本名、煌武聖陽は笑った。
 
「久しぶりだね、凜」


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