「おい、なんか外が騒がしくないか?」
早朝、セイラはオフィスに顔を出したとたん、そんなことを言った。
詩桜里とリスティが、顔を見合わせる。
「なにか知ってるのか?」
詩桜里もリスティも、苦笑いを浮かべるだけで答えることはしない。
オフィスの上空を自衛隊のヘリが通り過ぎる。窓から見えるほかのビルの合間にも、複数の機影を確認できた。
「星蹟島の住民の輸送はすでに済んだと聞いている。ついでに言うなら飛んでいるほとんどの機体は輸送機ではなく、捜索救難用のヘリだ。無人偵察機もいくつか見かけた。道路では自衛隊の車両がいつも以上に跋扈していたな」
セイラはソファに座り、独り言のように続けた。
「なにか警戒しているのか。いや、それとも捜索しているのか……とびきり重要ななにかを」
セイラの勘の鋭さに、詩桜里とリスティは内心舌を巻いた。
「試しに、内閣官房あたりのコンピューターに忍び込んで探ってみるか」
「ちょちょちょっ!? あなた、朝からなに物騒なこと抜かしてるのっ!?」
「安心しろ。わたしなら朝飯前だ……いや、朝飯はもう済ませてきたが」
「朝っぱらから胃に穴が空くようなことは勘弁して」
「ふむ。胃薬買ってきてやろうか?」
「え」
「いや待て。わたしが漢方を調合して――」
「な、なんか嫌な記憶がよみがえってくるんですけどっ! ……ひと息つきたいわね。リスティ、紅茶淹れてもらえる? リーゼラムを」
はい、と返事しリスティが給湯室に消えた。
「リーゼラムなんかまだあったのか?」
「最後のとっておきがね。こっちのマンションに置いてあったやつなの。あなたも飲む?」
「もちろん」
数分後、リスティがティーセットを持ってやってきた。セイラの前のガラステーブルにカップを置く。
「リスティも紅茶の淹れ方がうまくなったな。もうプロのそれだ」
「あ、ありがとうございます」
なんの疑問もなくカップに口をつけるセイラ。リスティは思わず目を逸らした。
「惺くんはどうしてる?」
惺は悠以外に身寄りがいない。だから詩桜里が気を利かせて、セイラと一緒に自分のマンションに招き入れた。非常時とはいえ、年頃の妹と同じ屋根の下で寝泊まりさせるのはどうだろうと一瞬考えたが、惺ならまず問題ないだろうとすぐ思い至る。
むしろこれはチャンスだと、肉食獣のように目をぎらつかせていたセイラのほうが危ない。
「いつもどおりだ。今日の朝食は惺が用意してくれた。食糧不足でろくな食材がないのに、あるものだけで金を取れるレベルの料理をこしらえてくるんだ。なんであいつはあんなに女子力が高いんだ? 詩桜里も見習ったほうがいい」
「あなただけには言われたくはないんだけど」
「ところで、紗夜華は惺に惚れているのか?」
「……はぁ?」
「そうとしか思えない視線を惺に送っていた。そういえば、こっちで惺と再会したとき、紗夜華はあいつに泣きついていたな……いや、そもそも去年のミュージカルの前から……そんな気配が……?」
突然、セイラの視界がぐるりとまわった。
「――っ――? こ、これは――っ!」
詩桜里とリスティが、つらそうに目を伏せる。
「し――しお――り――」
セイラの意識は、深いまどろみの中に落ちていった。彼女の手からカップが落ち、床で砕ける。
デスクから立った詩桜里が、セイラのもとへ歩み寄る。
「リスティ、連絡を」
「は、はい」
「ごめんなさい。あなたにも罪を背負わせてしまって」
「いえ、いいんです……その」
見たこともないほど思い詰めた表情で、詩桜里はセイラを見つめている。リスティはかけるべき言葉を見出せなかった。
「ごめんなさい、セイラ……こうするしか」
セイラに話せるわけがなかった。
昨日。悠を乗せた自衛隊のヘリが、飛び立って十数分後に消息を絶ったことを。
搭乗していた自衛隊員十数名の遺体は、今朝早く東京湾で発見された。外が騒がしいのは、厳戒態勢でヘリの行方を探しているからである。
そんなことを知ったら、セイラも惺も無茶するのは目に見えていた。
「あなたの『自由』を守るためには……こうするしか……っ」
詩桜里の涙を、リスティは見なかったことにした。