セイラのいないオフィスはこんなにも静かだったのかと、詩桜里はあらためて実感していた。
自分のやり方は間違ってない――あれから数日間、何度も言い聞かせているはずなのに、次々とわき上がってくるこの感情はなんだろう。
詩桜里のスマートフォンが着信を告げる。ディスプレイに表示された名前を見て、思わず眉をひそめた。
「紗夜華?」
よくできた妹が、姉の勤務中に電話をかけてくれることはいままでなかった。そもそも紗夜華からの着信自体が久しぶりだ。
『お、お姉ちゃん……っ』
「どうした……え、泣いてるの?」
紗夜華の泣き顔など、もう10年近く見た覚えがない。だから電話の向こうの妹がいまどんな表情なのか、うまく思い浮かべることができなかった。
『真城くんが……け、警察にっ』
「なんですって?」
朝早く、マンションに大勢の警察官が、惺の逮捕状を引っ提げて押し寄せてきた。罪状は「テロ等準備罪」だったと、紗夜華は涙混じりに伝えてくる。
「な――未成年の男の子が――っ!?」
いわゆる共謀罪。犯罪を計画段階から処罰する法律だが、組織的な犯罪にしか適用されないとされている。しかしすでに逮捕状が発行されているということは、明確な証拠がなくてはおかしい。
惺は慌てることなく、むしろなぜか微笑みながら連れていかれたと、紗夜華は言った。
『真城くん……っ、「大丈夫だから心配しないで」って。セイラにも連絡がつかないし、わたし、どうしたらっ』
セイラと連絡がとれないのは自分のせいだと、危うく言いそうになった。
「紗夜華。いまからそっちに迎えを寄こすわ。直接詳しい説明を聞かせて。お母さんにはわたしから連絡しておくから」
『う、うん』
通話を切る。
「室長……?」
リスティが目の前にいた。断片的ながら話が聞こえていた彼女は、不安げな表情をしている。
「リスティ。惺くんが犯罪を計画していたなんて信じられる?」
「そんな! 彼ほど優しい人、めったにいませんよ!」
セイラが心から惹かれている真城惺という人物に、リスティは前から興味を抱いていた。そして実際に会い、話をしてすぐに納得した。あれなら惚れても仕方がない、と。
「だいたいね、惺くんもセイラと同じ一種の天才なのよ。事実だとしても、簡単に足がつくなんてありえない……いえ、そもそも警察の動きがおかしいわね。わたしたちがなにも知らされてないなんて――」
はっ、となにかに気づく詩桜里。
「まさか……? ねえセイラ、どうお――」
絶句する詩桜里。
詩桜里の言葉は問いかけの対象を見つけられず、乾いたオフィスの空気に霧散して消えた。