警視庁の留置場に惺はいた。
ただ放り込まれているとはいえない異常な形で。
簡素なベッドに体を拘束具で括りつけられ、身動きが取れない。さらに目隠しのための特殊なアイマスクと耳栓。視覚と聴覚はほとんど遮断されていた。
それでも惺は――むしろそのような状態だからこそ、余計に外界の情報が手に取るようにわかっていた。留置場の広さや間取り。どこに誰がいるのかという気配。自分を見張る警官ふたりが、怯えるように自分を見下ろしていることもすべて。
眠らせて意識そのものを封じない限り、超感覚的知覚――〈ワールド・リアライズ〉は無効化できない。
不意に近づいてくる気配を感じた。
ふたりの大人。男性と女性のペア。惺にとっては見えなくても、見ているように「識る」ことができる。
「け、警部!? 困りますよ! ここには誰も入れるなと、上から言われていて!」
惺を見張っていたひとりが声をあげた。
「すぐに終わる。安心しろ。きみたちに責任はない」
「しかし!?」
「扉を開けなさい」
警部と呼ばれた男性のあまりにも有無を言わせない迫力に、見張りの警官は思わず鍵を取り出していた。
留置場の扉が開けられ、男性と女性が連れ立って入ってくる。
「じゅ、充分に注意してください。彼……真城惺は星術の心得があると」
見張りの警官が、体だけでなく声まで震わせながら言った。
「だからこんな有様か? 未成年相手に」
「……法治国家が聞いてあきれるわね」
女性がはじめて口を開いた。
ああ、このふたりは――と。
初対面でありながらどこか懐かしさを感じさせる気配を、惺はふたりの内面深くから読みとった。
父の面影が浮かぶ。
「おふたりは父さんの……真城蒼一の教え子ですね?」
警部と呼ばれた男性――立花秀明と、女性――沢木法子は、顔を見合わせたまま固まった。まだ名乗ってもない上に見えないはずなのに、なぜいきなり核心を突けるんだろう、と。
立花が惺の耳栓を外した。外の見張りがなにやら騒ぐが、沢木が一喝しておとなしくさせた。
「すまない。アイマスクは施錠されていて外すことができないようだ。聞こえるか?」
「ええ」
「わたしは警視庁捜査一課の立花だ」
「同じく沢木です。あの、なぜわたしたちのことがわかったの? 誰かから聞いたとか?」
「……まあ、そんなところです」
本当のことを話したところで信じてもらえないと思い、惺は小さな嘘をついた。事実、立花と沢木について、セイラや詩桜里からも聞いたことはなかった。
「こんな扱いになってしまってすまない。ひとりの警察官として、心から謝罪しよう」
「そう思うなら解放してくれませんか? 拘束具が当たって体中がかゆいんですけど、これじゃあかけない」
「……すまない」
立花は苦しそうに目を伏せた。
冗談です、と言いながら惺は笑った。
「やけに落ち着いているな……?」
未成年の少年がこんな状況でも笑っていられる事実に、立花と沢木は恐怖よりも好奇心が勝っていた。
「笑えることにはじめてではないんです、こういうの。むしろもっとひどい目にあったことありますから」
「な、なに?」
「まあ、それはいま関係ないですね。おふたりはどうしてここに?」
「恩師の息子さんが、わけのわからない罪状で逮捕されたと聞いた。それが事実かどうか確認しに来たんだが」
「事実なわけないでしょう。共謀罪でしたっけ……いちおう俺は、善良な国民のつもりでしたから。これから俺はどうなるんですか?」
「……順当に進むのならすぐに検察に送検され、罪状が事実なら起訴されるが」
しかし立花も沢木も経験則からわかっていた。これがまっとうな犯罪捜査ではないことを。そしてそれに対してなにも言えない自分たちの立場に、忸怩たる思いをここに来てからずっと感じている。
「おふたりが気に病むことはありません」
なにも言ってないのだがと、怪訝そうに再び顔を見合わせるふたり。
「正直、俺のことはどうだっていい。心配なのは悠だ! 俺が『こうなっている』以上、あいつになにかあったのは間違いない!」
こんなところで時間を無駄にしている暇はない。
だが、惺にはわかっていた――「まだ」動き出すタイミングではないと。