Extrication 03

 映像通信はすでに切れ、モニターからセイラの顔が消えて久しい。
 それでも詩桜里は、ずっとその場に立ち尽くしていた。
 オペレーターのひとりが、セイラとレイジはすでにICIS日本支部から消えていると伝えている。
 詩桜里の返事はない。魂が抜けたように、呆然として立ち尽くしている。
 ……自分は間違っていたの……?
 頭の中で何度も問いかける自問。
 答えは、ついに見つけられなかった。
 リスティも詩桜里にかける言葉を見つけられない。
 時間だけが無作為に過ぎる。
 
「詩桜里くん」
「……フォスター捜査官?」
 
 いつの間にか後ろに立っていた上司に、詩桜里はやっと気づいた。
 
「ひどい顔をしているな。美人が台無しだぞ」
「…………」
「上層部はお冠だ。詩桜里くんの責任問題にまで話が発展しているようだよ」
「そ……それは」
 
 もちろん自覚している。取り返しのつかない失態であることを。
 
「だが、そんなことはどうでもいいね」
「え……?」
 
 フォスターが声を張りあげた。

「この場にいる諸君に告げる! この事態の責任はすべて、特等捜査官であるわたしに存在している!」
「フォ、フォスター捜査官、なにを……っ!」
 
 詩桜里の制止を、フォスターは意に介さない。
 
「政府の目があるから表立ってはそんなに派手なことはできない! だが、今後はセイラ捜査官の行動に、裏から支援するよう立ちまわってくれ! もう一度言おう! これはすべてわたしの責任と権限において発生する命令だ!」
「フォスター捜査官!?」
 
 フォスターが詩桜里に振り返る。彼は清々しい表情を浮かべていた。
 
「上の保守的思考には前からいらついていたんだよ。今回はいい薬になる」
「し、しかしっ!?」
「ウィンズ・ガートンを知っているか?」
 
 唐突に出てきた名前に、詩桜里は息をのんだ。
 ウィンズ・ガートンとはICIS総本部に所属する最高事務官の名前だ。リスティたち事務方のトップにして、ICIS全体を統括するメンバーのひとり。詩桜里から見たらまさに雲の上の人。そしてセイラの超法規的処置を真っ先に進言した人間だと、詩桜里は聞いていた。
 
「彼とは古くから付き合いがあってね。先ほど連絡をとってみたんだ。今回の事態を伝えると、笑っていたよ」
「わ、笑って?」
「『日本支部の上層部は、わたしが黙らせよう。だから若い子の好きにさせなさい』ってね」
「そんなっ、どうして!?」
「思慮深い彼がそう言ったんだ。なにか理由があるんじゃないか? ……さて。わたしはその件を上に伝えてくる。伝えたとき、上の連中がどんな顔するのか楽しみだな。詩桜里くんはどうする?」
「……わたしは」
「ここで腐っているつもりかい?」
「――っ」
「きみもわたしから見たら若い子のひとりだよ。少しは無茶してみたらどうかな。なに、責任はすべてわたしに押しつけて構わないから」
「フォスター捜査官っ!」
「覚悟を決めなさい、柊捜査官。セイラくんはきみを心から信用しているし、尊敬しているし、なにより愛している。それに応えられるのは、きみだけだ」
「は、はい!」
 
 詩桜里の覚悟は決まった。


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