警視庁の地下駐車場では、特別警戒態勢が敷かれていた。
ジェラルミンの盾を装備した機動隊、さらに警視庁に勤務する警官もほぼ総出で警戒に当たっている。ここまで緊張感は、いまだかつて見たことがない。
「無事に終わるのかしら……」
「どうだろうな」
拳銃を携え、警備に当たっていた立花秀明と沢木法子のふたりは、緊張した面持ちで周囲を観察していた。
「どうもな……胸騒ぎがするんだ」
「そう言われると心配なんだけど。あなたの勘ってよく当たるし」
「そうは言っても、どうしようもないだろ。あの少年は、なにか持ってる」
これから警視庁の外に護送されるのは惺だった。東京地検に送検されるという名目だが、本当は違う。この場に、惺が護送される先がかつて悠が保護されていた国立の研究センターであることを知る人間はほとんどいない。キャリア組とはいえ大勢いる警察官のうちのふたりに過ぎない立花と沢木が知るよしもなかった。
やがて、護送対象がやってきた。
ストレッチャーに厳重な拘束をされて乗せられている惺。その周囲は武装した警官が固めている。
なにをこんなに警戒しているんだと疑問に思うのは、立花や沢木だけではない。事情を知らない面々は、なぜ未成年の護送にここまで人員を割かなければならないのか、皆目見当がつかなかった。
――だがこの警戒がなんの意味も成さないことに、次の瞬間からすべての人間が知ることになる。
ストレッチャーが急に、なにかにぶつかったように止まった。
「お、おい、どうした? なんで止まる?」
「ストレッチャーが動かないっ!?」
「な、なにっ!?」
運び手が全力でストレッチャーを動かそうと力を込めるが、「見えない力」によって固定されたかのようにびくともしない。
混乱が大きくなっていく。やや離れた場所にいた立花たちも気づき、何事かと様子をうかがう。
不意に――
「危険なので離れてください」
惺が声をあげた。
「馬鹿なっ!? 眠っているはずじゃ!?」
周囲の警官たちが拳銃を構える。
次の瞬間、惺の拘束具が破裂したように吹っ飛んだ。
飛び散った拘束具の破片を浴びて、数人の警官が悲鳴をあげる。
「だ、脱走だっ!?」
怒号を交えながら、警官たちが惺に襲いかかる。
ストレッチャーから下りていた惺は、数秒前まで自分が寝ていたそれをつかみ、軽々と振りまわした。いくら軽量でも、ひとりの人の手で振りまわされる重量ではない。だがその現象に疑問を覚える暇と余裕は、周囲にはなかった。
なんとしてでも惺を捕まえようと、警官や機動隊が騒々しく動きまわる。
しかし誰も惺に触れられない。巧みに攻撃をかわしていく。
「……きりがないな」
惺は動きを止め、ストレッチャーを投げ出す。
意識を集中させながら、手をかざした。
すると惺の正面にいた人々が、また「見えない力」で払いのけられたかのように、同時に吹っ飛んでいった。
「ぎゃぁっ!?」
「な、なんだこれはっ!?」
悲鳴と怒号はどんどん激しくなっていく。混乱は極みに達し、状況の正確な分析ができる人間は、もはやいない。
惺はなにかを見つけ、にやりと微笑んだ。
惺の視線の先には、沢木がいた。
「え――」
と、沢木が声をあげた瞬間――ほんのわずかな、1回のまばたきの時間しかない刹那。
惺は沢木の正面に立っていた。
「――――っ!?」
恐怖より先に、つい条件反射で拳銃を向ける。
が、向けた先にもう惺はいなかった。
「な――っ!?」
瞬時に肉薄した惺は、沢木の腕をつかんで拳銃を奪いとる。そのまま沢木の背後にまわり、彼女のこめかみに奪った銃を突きつける。ほんの2秒ほどの出来事。
「惺くんっ!?」
拳銃を構えた立花が叫んだ。
「ちょうどいい。運転手はあなただ」
「な――なに?」
凶悪な面相を惺は作る。凄絶な殺気も添えた。
未成年が出せる気配ではない。立花は無意識のうちに後ずさりしていた。彼の後方にいた警官は、思わず尻もちをついている。
「車を用意しろ! さもないと沢木警部補の頭に風穴を開けてやる!」