神奈川県横須賀市。米軍基地にほど近い海岸沿いに、古ぼけたビルドインガレージがあった。レイジが所有しているセーフハウス。周囲は工場や倉庫が密集している地域だ。
警察の執拗な追跡から逃れた惺たちは、この雑多な場所に身を隠している。
ガレージの内部は倉庫のように広々とした空間が広がっていた。壁には様々な工具や機材がぶら下がっている。奥にキッチンやトイレもあるが、生活空間は必要最低限だ。
内部に乗り入れられたピックアップトラックの中で、レイジが豪快に寝ている。ずっと運転しっぱなしで疲れていたのか、夕食代わりのインスタントラーメンを平らげたあとすぐに眠った。
セイラは壁際にある工作台を机代わりにして、ノートパソコンを操作している。
惺は近くの工具箱の上に座り、自分のスマートフォンを眺めていた。警察に捕まる直前、とっさに〈イセリアライズ〉で霊化していたものだ。
奈々や椿姫、美緒など、事情を知らない面々からメッセージが届いていた。事情をある程度知っているはずの紗夜華からも、「落ち着いたらでいいので、連絡を待ってます」という旨の文言が残っていた。
真奈海からのLINEもあった。
会いたい、と。
「ごめんな……豊崎」
彼女はいま、星峰家の人間と一緒にいる。真奈海だけでなくみんなに会いたいが、いまは無理だと考える。自分は間違いなく凶悪な逃亡犯のひとりに数えられているだろうから、無闇に会えるわけがない。
すべて終わったとき、悠や凜と一緒にみんなに会いに行こうと、固く心に決めた。
「くそっ……やっぱりだめだ」
言いながら、セイラは椅子の背もたれに寄りかかった。
「悠が乗ったヘリ?」
「ああ。様々な情報をあらゆる角度から分析してみたが、飛行したまま『唐突に消失した』という事実しか出てこない。かといって墜落したわけでもない。このわたしでもお手上げ。犯人は天才だよ」
「……そうか」
半ば覚悟していたのか、惺の表面上には変化がなかった。
「せめて向かった方向でもわかれば、手がかりになったかもしれないが……」
「なあ、前にも同じような事件がなかったか?」
「…………。ああ、もしかして、セレスティアル号から逃走した犯人のことか? 小型星核炉を強奪して、ヴォルテックに乗って逃げた」
「ちょっと待って。小型星核炉を強奪って?」
セイラの手が止まった。
「……しまった。わたしとしたことが、つい口がすべった」
セレスティアル号の事件の際、無人垂直離着陸機ヴォルテックに乗って逃げた犯人がひとりいるというのは報道されていたが、小型星核炉の強奪については最高機密として、あらゆるマスメディアに秘密にされていた。
「聞かなかったことにする」
「頼む。この問題はかなり切実だ。うっかり口にしたわたしがいけないんだが、絶対に口外しないでくれよ…………はあ」
セイラがため息をつくのを、惺ははじめて見た気がした。
「疲れているんじゃないのか? もう休んだらどうだ」
「そうするよ……あ、いや、待て。惺、スマートフォンを貸してくれ」
セイラのところまで持っていき、手渡した。
「どうするんだ?」
「これは常に様々な電波を発しているからな。逆探知されないように特殊なプログラムを走らせる」
スマートフォンにコードを差し込み、ノートパソコンとつないだ。
「それが終わったら休めよ」
と言って、惺が振り返ったときだった。
けたたましい着信音。
惺のスマートフォンからだ。その画面をのぞき込んでいたセイラが、思わず声を張りあげた。
「凜っ!?」
スマートフォンの画面にはたしかに「星峰凜」という名前。もう1ヶ月以上見なかった表示。
「惺、コードをつないだままで構わない! 出るんだ!」
惺はスマートフォンを取り、通話ボタンを押した。
「凜? 凜なのか?」
『あ、惺……よかった、つながった』
「無事だったのか!? いまどこにいるんだ!」
『場所? ……わからない。ここがどこか、聞いてない……あのね、惺……悠が』
「悠?」
『悠がいるんだ。ここに。でも悠の神経はあれで、異種化のワクチンが……あれ、わたし、なに言ってるんだろ……あはは』
「凜! しっかりしろ!」
『頭がもやもやするんだ……悠は最後まで優しくて……わたし……じゃなくて、俺はそれがまぶしくて……惺……お願い』
凜の声はいまにも消え入りそうだ。
『悠をたす――』
凜の言葉が不自然なところで切れる。
『――っ!? あ――ぁ――か、霞さん?』
「凜! ――おい、凜!?」
返事はなかった。
すでに通話は切れていた。