凜が煌武家のパンドラの箱を開けたのは、10歳になる前だった。
ある夜、凜は屋敷の廊下を歩いていた。なぜそのときその場所を歩いていたのか、本人でも覚えてはいない。
とある部屋のドアが少し開いていて、明かりが漏れていた。
無意識に、凜はドアの向こう側を見てしまう。
長年培われてきた煌武家の業が、そこにあった。
裸でまぐわう10人以上の男女たち。歓喜と恍惚と快楽の混ざった表情で、一心不乱に腰を振っている。
快楽の喘ぎの渦中に、兄や姉たちの姿が見えた。それ以外は知らない顔。若い人もいれば壮年の人もいる。
明かりだけでなく、室内のにおいまで漏れてきた。
精液と愛液と、頭がくらくらする不思議なにおいの混ざった淫靡な臭気。室内の至るところで香が焚かれている。それが黒月夜からもたらされた催淫効果のある香だと凜が知るのは、ずっとあとのことであった。
最初、凜は彼らがなにをしているのかわからなかった。しかし、いけないことに興じているのだけは本能で悟る。
逃げたほうがいい。
その場から離れようとする。
だが、足がもつれて転んだ。
「――っ!?」
視線を感じた凜が振り返ると、ドアが開いていた。
そこにひとりの男性が立っている。
長兄だった。
彼は巨大な男根を反り返らせていた。
そして――
部屋に連れ込まれ、凜は犯された。
痛みと恐怖と羞恥で泣き叫ぶ凜のことなど、まるで関係ない。
最初は長兄、次に次兄。その次は知らない男性――次々と、凜の体内に欲望の塊が放出された。
凜は絶叫しながら拒絶した。
兄たちは嗤いながらそれを無視した。「薬」の影響で興奮状態だった姉たちやそのほかの女も、年端もいかない「少女」の痴態に、さらなる刺激を求めてきた。
凜を気にかけていた3番目の兄・聖陽はこのとき、煌武家の屋敷にいなかった。
凜の地獄は、このときから始まる。
凜はあとで知った。
この行為がないと、人間は繁栄できないのだと。
これがあるから、人間はやめられない――いつか誰かが言っていた。
凜は思った。こんな気持ちの悪い行為をしないと滅んでしまうくらいだったら、もういっそ、人間なんか滅亡してしまえばいいと。
凜の人間への憎悪は、日に日に大きくなっていく。
毎日毎日、犯され続けた。
精液のにおいが、鼻にこびりついていた。
いつからか、拒絶する気力もなくなっていた。
やがて凜は思う。
自分がこんな目に遭うのは、自分が女だからだと。
女は弱い。
自分は女だ。
女である自分は弱い。
――じゃあ、女であることをやめよう。
そして、いつか人間であることもやめたいと、心の底から強く願うようになった。