Extrication 33

 光の世界の果てに、大きな樹があった。
 真城邸の近くにある大星樹を彷彿させる、巨大な樹。
 だがそれは樹の質感を有してない。幹から葉まで、すべてが白っぽい肉のような質感に覆われている。
 幹の中心に、悠の姿が見えた。衣服を身につけてない悠の肉体が、樹に取り込まれるようにして存在している。
 
「悠!」
 
 惺が叫んだ。
 声に反応したのか、樹がうごめいた。
 
「……はん。まるで悠は渡さないと言っているようだな」
 
 セイラは星装銃を構える。この世界でもこの銃が使えることは、すでに実証済みだ。
 惺は蒼牙護神聖を顕現させ、凜も霞から託された短剣を抜いた。
 樹が咆吼のような威圧感を放つと、大気がうねった。この世界に地殻変動などあるのか不明だが、地面が地震のように揺れる。
 やがて樹の根のようなものが地面から出現。脈動を繰り返しながら、それが歪な人を形作った。
 セイラと惺は目を見張った。
 異形のシルエットがそこにあった。
 
「……ラスボスはおまえか。おもしろい!」
 
 異種生命体――かつては毒々しい黒だった全身も、真逆の白に生まれ変わっていた。
 巨大な体躯を軋ませながら、異種生命体が迫ってくる。
 まず、牽制のエネルギー弾が炸裂。
 
「ここはわたしに任せろ。ふたりは悠を!」
 
 惺と凜が、異種生命体の脇を通り過ぎる。
 異種生命体はふたりを妨害しようと攻撃を試みるが、セイラの反撃を受けた。
 
「ふむ。これも一度言ってみたかった台詞だな――」
  
 異種生命体の本能が、セイラを真っ先に排除すべき相手だと結論づける。
 
「――おまえの相手はわたしだ!」
 
 標準を異種生命体の額に絞り、エネルギー弾を放った。その規模はもはや「弾」ではなく、一条の光線。
 巨大な光線に焼かれ、異種生命体の首から上が消失する。ふつうの生物相手なら、もうこの段階で決着はついている。
 
「……ふん」
 
 異種生命体の肉体がうごめき、やがて消失した首が復活する。顔の形状は先ほどまでとは違った。
 より醜悪な面構えで、眼下のセイラを睥睨した。
 負けることなく、セイラも相手を睥睨する。
 
「おまえの相手は飽きた」
 
 異種生命体が、セイラの体に収斂しつつあるエネルギー――膨大な魔力の存在に気づいた。
 〈マーシャル・フォース〉――セイラの全身に、深紅に光る残像が重なる。
 本能で危険を感じた異種生命体が、セイラめがけて巨大な右手を振り上げた。生身の人間なら水風船のように潰されるであろう破壊力を宿しながら。
 しかしセイラはよけなかった。
 無造作に振り上げたセイラの左手。それが異種生命体の腕を受け止めた。
 もしも異種生命体に表情があったのなら、驚愕に目を見開いていただろう。セイラの体重の10倍以上の重さを、彼女は片手で受け止めたのだから。
 セイラは異種生命体の腕をつかんだ。異種生命体が逃れようと暴れてもびくともしない。〈マーシャル・フォース〉によって強化された握力は、もう人間をはるかに超えている。
 ――破壊しても再生するのなら、時間を止めてしまえばいい。 
 強烈な冷気が、セイラの手を通じて異種生命体の体に流れ込む。惺が扱った氷結の星術と理屈は同じ。
 ぴしっと音を立てて、セイラに触れられている腕が凍った。
 異種生命体がもがく。しかし、もがけばもがくほど冷気は広がっていった。
 やがて顔だけを残し、異種生命体は凍てついた。逃れる暇などない。体の芯から凍っていく感覚に、異種生命体は声なき声をあげる。
 
「寒いか?」
 
 そう言いながら、セイラは異種生命体の巨体を踏み台にして、大きく跳躍した。
 眼下にあるのは、不細工な氷のモニュメント。
 
「暖めてやろう――!」
 
 星装銃の引き金を引いた。
 リミッターを外したフルバースト。膨大な熱量を持つエネルギーの奔流が、異種生命体に降り注ぐ。

 ――異種生命体は、あらゆる世界から消滅した。

◇     ◇     ◇

 
 セイラを置いて走った惺と凜の前には、無数の触手が立ちふさがっていた。樹の枝から無制限に伸びた触手だ。
 凜を守るように立っている惺は、迫りくるすべての触手の軌道を見切っていた。
 ほとばしる蒼い閃光。
 蒼牙護神聖による斬撃。怒濤の連撃。
 次から次へとやってくる触手を、すべて斬り落とす。あまりの速さに、凜は見切ることができなかった。
 触手は一度後退し、敵の戦力を見定めるかのように揺らぎ始めた。これ以上近づけさせないという意思表示もあるように見える。
 
「うにょうにょと気持ち悪いな。あんなのに悠は捕まっているのか」
 
 と、惺。
 
「これじゃ近づけないよ……」
「隙を作る」
「ど、どうやって?」 
「まあ見てて」
 
 鞘に収めた蒼牙護神聖を構える。
 それが抜刀術の構えなのは、霞を見ていた凜もよく知っていた。あまりに隙のない完璧な構えに、凜はつばを飲む。
 ――なにかやるんだ。
 惺の全身からほとばしる膨大な魔力が、凜の予感を裏打ちする。
 半瞬後、惺の全身をほのかな翠碧色の光が包む。
 最大限までに効果が引き上げられた〈マーシャル・フォース〉。
 おそらく惺の異様な「気配」に気づいたのだろう、触手たちが再び惺めがけて飛んできた。
 その瞬間を、惺は見極めた。
 
「――はああっ!」
 
 裂帛の気合いとともに、抜刀。
 横薙ぎの一閃を放つ。
 翠碧色の光を身にまとった刀身が煌めく。空間がうねりをあげ、刃の軌道をなぞるようにして、甚大苛烈な衝撃波が発生。衝撃波の閃光の中には、虹を彷彿とさせる七色の輝きが宿っている。目標は大樹の上部。枝の分岐点。
 触手たちが立ちふさがろうと前に出るが、なんの意味も成さなかった。まるで突風に吹かれて一瞬で消えるろうそくの火のように、衝撃波の前にあっけなく消滅する。
 そして惺の必殺級の奥義が炸裂した大樹の枝は、すべて刈り取られた。
 
「凜、いまだっ!」
 
 惺の叫びに、考えるよりも先に体が動いた凜が、一直線に飛び出す。
 地面を強く踏みしめながら、一心不乱に凜は進む。
 悠の姿を見据えた。
 上部では触手の一部がすでに復活していて、凜を排除しようと動き出す。
 触手に絡め取られながらも、凜は手を伸ばした。
 ただひたすらに、手を伸ばした。
 一度、自分から突き放した存在。それはもう充分に手の届く距離にあった。
 ――もう絶対、離すものかっ!
 やがて凜の手が、悠の体に触れたとき。
 宇宙開闢を彷彿とさせる最大級の閃光が、世界を包んだ――


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