Extrication 32

 閃光が弾けた。
 惺とセイラが目を開ける。
 目の前に凜がいた。
 力なく座り込み、膝を抱えてうつむいている。絶望や諦観が、凜の全身から発せられていた。
 
「正気じゃないのか? わたしと同じような状況か」
 
 セイラと違っておとなしいのは凜らしいと、惺はふと思った。
 セイラが凜に近づく。
 
「…………セイラ?」
 
 顔を上げる凜は、涙で濡れていた。瞳にたたえられているのは、人間と「自分」に対する圧倒的な失望。
 
「ひどい顔をしているな。凜、歯を食いしばれ」
 
 手を振り上げたセイラを、惺が止めた。
 
「ここは俺に任せて」
 
 セイラと立ち位置を交換し、惺は凜の頭に手を置く。
 
「……惺」
「凜。助けに来た」
 
 凜は惺の手を振り払った。
 
「助け……助けに……? なんで……どうしてわたしなんか……」
「凜」
「どうしていまになって助けるの? 遅いよ……はじめて犯されたとき、すごく痛かったっ! 心も体も! ねえなんで? 惺もセイラも、あんな力があるのに、どうしてあのとき助けてくれなかったの!?」
「……すまない」
 
 それは惺が謝ることではない。しかしそれでも謝らずにはいられなかった。
 
「でも凜。おまえはもうひとりじゃない。俺もセイラも、凜のそばにいる。これから先、凜に災難や危害が降り注ぐようなら、全力で救うことを誓う」
「そんな陳腐な言葉はいらない! もう手遅れだ!」
「手遅れなんかじゃないさ」
「わたしは……なにもできない……わたしは弱い……弱い……弱い弱い弱い弱い弱いっ! 見返りもなにもない! わたしにはもう、なにも残されてない!」
 
 惺は凜を抱きしめた。
 凜は泣いた。
 こぼれ落ちる涙は、絶望か歓喜か――本人ですらわからなかった。
 
「見返りなんか気にするな……凜とは対等な親友でありたい。だから、手を貸してくれないか?」
「……わたしが?」
「そう。凜にしか頼めないことだ」
「…………」
「これから悠を救い出す。――凜、力を貸してくれ!」
 
 凜の瞳が、かっっと見開かれる。惺の力強い言葉が、凜の失望を払拭させた。
 ――凜の瞳に、光が戻った。
 
「目が覚めたか?」
「惺……セイラも……え、ここは?」
「詳しい説明はあとだ。さあ、立って」
 
 凜が立ち上がる。
 
「惺……」
「ん?」
「どうしてほっぺた赤いの?」
「こ、細かいことは気にするな」
 
 惺の背後で、セイラが「ふんっ」と鼻を鳴らした。
 惺は簡単に事情を説明した。茫洋としたこの世界。夢とは似て非なる世界。いまいちわけがわからなかったが、凜は言われたとおり、目をつむる。
 3人は悠の姿を思い浮かべた。優しさと温かさだけを集めたような極上の笑顔を添える悠の顔を、3人はまぶたの裏に創造した。
 3人は久しく、そんな悠を見ていない。
 それでも鮮やかに、悠の姿を思い浮かべることができた。
 取り戻したい。
 そして、閃光が弾けた。

◇     ◇     ◇


 自分がどこにいるのか、悠はわからなかった。
 しかし薄れゆく意識の中で、人ではない「なにか」が自分を拉致した連中を皆殺しにして、星核炉に引きずり込まれたところまでは覚えている。
 星核炉は、どういうわけか自分を必要としているらしい。赤ん坊が母親のぬくもりを求めるような感覚。なぜかそれだけは知覚していた。
 自分の肉体の感覚は、通常とは比べものにならないほど広がっている。
 やがて体内に入り込んでくる惺たちの気配を察した。ところが自分の一部のはずなのに、そうじゃない「未知の存在」が、彼らを排除しようと動き出す。
 悠は不確かな意識を集中させて、攻撃をやめるよう祈った。
 祈りは通じた。
 でも、抑え続ける余力は、もう残されてなかった。

 助けに来てくれたのかな。
 けど、わたしはもう――


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