翌日の朝、クリスは自然と目が覚めた。
隣のベッドでは惺がすでに目覚めていて、座りながらぼんやりと天井を眺めている。するとクリスの視線に気づいたのか、その端正な顔を向けてきた。
突然昨日の風呂での出来事を思い出し、クリスは慌ててその光景を脳内から抹消する。
「お、おはよう」
こくり。
その途端、惺の腹が「ぐぅ」と音を立てた。その音がかつて聞いた悠のそれとあまりにも似ていて、クリスは思わず吹き出してしまった。
惺は不思議そうにクリスの顔を見つめている。
「ご、ごめんね。おなか空いた?」
こくり。
ちょうどそのとき、部屋にアルマがやってくる。
「おはようございます!」
「おはよう、アルマ」
「……ぁ……えっと、惺くんも……おはよう」
惺を見ながら「ぽっ」と頬を染める。次の瞬間、恥ずかしそうに惺から顔を背けた。いくらクリスでも、それがなにを意味しているのか理解できる。血は争えないのかと、早熟な姉の姿を思い浮かべてしまった。
「アルマ! 惺がおなか空いたって!」
「うん。朝ごはんできたから起こしに来たんだよ。でもクリスさん、どうしてそんなに焦ってるの?」
「な、なんでもないから」
「あとね、レオナルドがやっと帰ってきたんだよ。いまお母さんに説教されてるの!」
そういうアルマも怒っているのか、頬を膨らませていた。
クリスたちが1階に下りると、アマンダと青年の言い争う声が聞こえてきた。リビングルームに入ると、テーブルを挟んで激しい言葉の応酬が繰り広げられている。
「せめて昨日のうちに帰ってこいって言ったじゃないか! 大事なお客さんが来るって前から言ってただろ!」
「しょうがないだろ。遊び疲れて眠っちまったんだから……ん?」
青年――レオナルド・レビンソンがクリスに気づく。
レビンソン家の次男。クリスと同い年の20歳で、父親譲りのアッシュブロンドの髪をしている。整ってはいるが幼さの残る顔立ちが特徴的。瞳は母や姉、妹と同じハシバミ色をしていた。昨日、彼がこの家にいなかったのは、友人の家に遊びに行き、成り行きで泊まることになったからだという。
いったん怒りを引っ込めたアマンダに紹介され、クリスとレオナルドはあらためて握手を交わした。レイリアの葬儀の際に一度顔を合わしているが、会話をするのはいまがはじめてだった。
「朝っぱらか悪いね。うちの母ちゃん、昔から怒りっぽくて」
アマンダは「ふん」と鼻を鳴らした。
レオナルドは、クリスの後ろにいた惺に視線を向ける。
「おまえが惺か。ふーん、たしかに蒼一さんそっくりだ。よろしくな!」
レオナルドは惺の頭をわしゃわしゃとなでた。大ざっぱだが、どこか優しさをはらむなで方。それを感じとっているのか、惺も嫌そうにはしていない。
「ほらみんな、早く席について。朝ごはん冷めちゃう!」
アルマがまた頬を膨らませている。
それからすぐ、大人数での朝食が始まった。
レビンソン一家はみんな気さくで、家族ではないクリスも惺も、もうすでに打ち解けている。
親友が育った温かい家庭に、クリスは心からの感謝と尊敬を抱いた。そしてその親友がもう二度と味わえない幸福だと思い、涙をこらえるのに必死となる。
――そんなクリスの心の機微を惺だけが感じとり、彼女を無色の眼差しで見つめていた。