クリスと惺がアーク・レビンソンに乗り込んでから、あっという間に1週間が経った。
 クリスは久々の仕事に精を出し、気持ちのいい汗をかく。祖国でありながら行ったことのない地域に足を踏み入れ、新鮮な感覚を抱く。
 惺も今回の旅に新鮮さを感じているのか、よく絵を描いていた。たまにヴァイオリンも弾き、クリスたちに極上の感動を与えてくれている。
 ――ある日の正午頃。アーク・レビンソンはエクスウォード上空を飛行していた。
 クリスにとっては親友を失い、レビンソン一家にとっては家族を失った地から100キロも離れてない場所。そのせいか、ブリッジ内部は妙な緊張感に包まれている。例の謎の木箱の配達予定地であることも一因だろう。
 やがて、手もとのタブレットとにらめっこをしていたギリアムが顔を上げた。

「このあたりだ。レオナルド、自動操縦に切り替えてくれ」
「着陸?」
「いや、少し様子を見たい」

 アーク・レビンソンが空中で停止した。
 ブリッジ正面のメインモニターに、機体の下部に装備されているカメラの映像が映っている。一面が赤茶けた荒野で、なにも見当たらない。
 アマンダが不満そうにぼやく。

「本当にここなのかい? なにもないじゃないか」
「いや、座標は合ってる。別の飛行空艇に引き渡す予定なんだが……遅れてるのか?」
「最初から最後まで困った仕事だな――んん?」

 アマンダがコンソールパネル上のレーダーを見ながら眉根を寄せる。
 
「どうした?」
「近づいてくる機体が――」

 アマンダはコンソールパネルを操作し、レーダーの情報を正面のメインモニターへ映し出した。
 別の機体を示す光点が、アーク・レビンソンを示す光点にものすごい速度で接近してくる。
 そのとき、クリスの隣の席に座っていた惺がきょろきょろと落ち着かない反応を示した。その表情は不安感を帯びているように見える。

「どうしたの?」

 当然ながら惺は無言。なおさら心配になる。
 ギリアムが叫んだ。

「アマンダ、4番カメラの映像に切り替えてくれ!」

 すぐに映像が切り替わった。
 
「これはっ!?」

 クリスが声をあげただけでなく、一同が絶句した。
 小型の飛行空艇が、黒煙で軌跡を描きながら飛行していた。アーク・レビンソンの半分にも満たない大きさで、全身が黒一色で染められている。
 まるで弾丸のように、アーク・レビンソンへ一直線に向かってくる。
 
「機体の制御が利かないのか!? ――レオナルド、自動操縦解除! 回避しながら急上昇だ!」
「もうやってるよ! 全員、衝撃に備えて!」

 必死に舵を操りながら、レオナルドが叫ぶ。
 アーク・レビンソンが一気に上昇に転じた。機体内部がまるで重力を失ったようになり、クリスの体がわずかに浮く。体勢を崩したアルマを惺が受け止めていた。
 ――直後、黒の飛行空艇がアーク・レビンソンをかすめるように飛んでいく。 
 その数秒後、激しい爆発音が鳴り響いた。

◇     ◇     ◇

 
 あまりの異臭に、クリスは腕で鼻を覆った。金属や油が焼けるにおい。戦場ではめずらしくないにおいだったが、彼女にとっては久々だ。
 崖と崖のあいだの狭い場所に、飛行空艇の残骸がそこら中に散らばっている。あらゆる残骸は焔と黒煙にまかれ、原型をとどめていない。
 
「レオナルドはそっちの火を消してくれ! クリスは一緒にこっちに来てくれ!」
 
 消化器を片手に、ギリアムが叫ぶ。墜落を目視したあと、クリスたちはすぐに現場に向かった。アマンダはアーク・レビンソンに残り、各方面に救助の連絡をしている。なぜか惺もついてきそうになったが、アルマに頼んで必死に押しとどめてもらった。
 
「誰か! 誰かいますか!」
 
 クリスが叫ぶが、返事はない。
  
「……この状況で生き残りがいれば、奇跡だな」
 
 ギリアムが悔しそうにつぶやく。
 ――そのとき、クリスの感覚がなにかをとらえた。
 
「人の気配――っ!」
「お、おいクリス! どこに行くんだ!」
 
 ギリアムの声を背に受けながら、クリスが駆け出す。残骸を飛び越え、炎と煙をよけながら、クリスはその場所へと向かう。
 飛行空艇の胴体の一部とおぼしき物体が、崖のすぐ近くの地面に転がっている。この惨状の中でおそらく唯一、原型をとどめている部分だろう。
 強くなってくる気配を感じながら、クリスはその中に入る。

「――っ!?」
 
 ふたりの人間が、壁に寄りかかるようにして座っている。
 ひとりは大人の男性。彼が腕の中に抱えているのがふたりめで、十代半ばとおぼしき子どもだった。体のラインから少女だとわかる。彼女はぐったりしていて動かない。
 さらにクリスは、ふたりの周囲に展開されている限りなく透明に近い光の障壁――〈マテリア・シールド〉を認識した。
 そして大人の人物が誰か認識したとき、死ぬほど驚いた。
 
「そ、蒼一!?」

 白のジャケットと同色のスラックスに身を包んでいる。端正な顔立ちに淡い亜麻色の髪。紛れもなく真城蒼一その人だった。
 
「ん……? クリスか?」
 
 蒼一がまぶたを開けると、鳶色の彼の瞳に口をぽかんと開けたままのクリスが映り込む。
 
「ど、どうしてあなたがここに!?」
 
 蒼一がなにか返答しようとした次の瞬間、胴体の一部が激しい火花を散らす。それが床を滴る謎の液体に引火した。黒煙がまるで冥界の瘴気のように、空間を支配していく。
 
「クリス、話はあとだ――」
 
 蒼一は腕の中にいた子どもを抱きかかえながら立ち上がった。気絶したままのその子の顔を見て、クリスは再度驚愕に染まる。
 黒のタンクトップにカーキ色のカーゴパンツ。まばゆい輝きを放つ銀髪。そして、芸術的にまで美しい顔立ち。彼女の片手には、銀色の拳銃が握られている。
 シルバーワン――そう呼ばれていた暗殺者の少女だった。


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