夜。自動操縦へと切り替わっていたアーク・レビンソンは、順調にレザフォリアへ向かって飛んでいた。
機内にあるリビングルームに一同が介している。テーブルについているのは3人。アマンダ、ギリアム、レオナルドのレビンソン一家だ。
テーブルから離れたところで、ふたつのソファが向かい合って置かれている。そこに座っているのは4人。クリス、蒼一、惺。そして、昨日までシルバーワンと呼ばれていた暗殺者の少女セイラ。彼女は無言でソファに座り、目の前のガラステーブルを見つめていた。
「ごはんできたよー」
いろいろな料理が載ったトレイを両手で持ちながら、アルマがやってくる。彼女は鼻歌を歌いながら、ガラステーブルの上に料理を移した。
様々なハーブで風味づけされたチキンステーキをメインディッシュに、彩り豊かなサラダや、オニオンスープの香ばしい香りが立ちこめる。アルマの手料理だ。11歳とは思えない技術に、料理が得意でないクリスは何度目かの驚愕を覚えていた。
「セイラちゃん、どうぞ召し上がれ!」
屈託のない笑顔を浮かべながら、アルマが言う。あらためてセイラのことを紹介したとたん、アルマは「セイラちゃん」と呼びすぐに懐いていた。
セイラはにこりともしない。わずかな戸惑いが浮かんでいるのみ。
つい先ほど長い眠りから目覚めた彼女は、昨日とは打って変わっておとなしかった。「物静かな狂犬」のようだったのに、いまでは狂犬の部分が鳴りをひそめている。むしろ、捨て犬のようだとクリスは思う。
蒼一の話では、マインドコントロールを解除しようとした副作用で、心も体もびっくりしているのだという。マインドコントロールはまだ完全には解けてなく、精神が不安定であるともつけ加えていた。
「セイラがあなたの新しい名前だって、さっき説明したでしょ? 嫌だったら、別の名前に変えるけど……」
セイラは無言のまま、ゆっくりと首を横に振った。その直後、なにか言いたげな、しかしなにを口にすればいいのかわからないような仕草を見せる。
「……セイラ?」
無言。
「あなたのこれからのことは、もうちょっと落ち着いてから話し合いましょう。とりあえずいまはご相伴にあずかりましょう。料理、冷めちゃうからね」
そのとき。
セイラの腹が「ぐぅ」と鳴る。
彼女の隣に座っていた惺がおもむろに動き、ナイフとフォークをセイラに持たせた。すると惺もナイフとフォークを持ち、自分のチキンステーキを器用に切る。まるで「こうするんだよ」とでも言いたげに。
クリスと蒼一は顔を見合わせて微笑んだ。
「そうね。セイラも惺の真似してみて」
セイラはおぼつかない動きで、ナイフとフォークを扱う。銃やコンバットナイフの扱いとは違い、その動きは緩慢でたどたどしい。
やがて、フォークに刺したチキンをセイラはじっと見つめる。
「……これは……なんだ?」
本日初めて発するセイラの声は、どこか弱々しかった。
「チキン、食べたことない?」
クリスの問いに、セイラは力なく首肯する。
「え、じゃああなた、いままでなにを食べてきたの?」
「……水とレーション」
「そ、それって美味しいの?」
セイラは柳眉を寄せ、クリスを見つめてきた。まるで、質問の意味がわからないとでも言いたげに。
「ご、ごめん。ほら、とにかく食べてみて。美味しいから」
セイラはゆっくりとチキンを口に運んだ。
「――――っっっ!?」
チキンを口にしたとたん、驚愕したのか大きく目を見開くセイラ。その深紅の瞳にはじめて光が宿る。
「セイラちゃん、美味しい?」
「――――」
「セイラちゃん……? わわっ、どうしたのっ!?」
セイラの頬を、ひと筋の涙が伝っていた。