夜空の下を高速で飛翔する機体がある。シディアスの輸送用小型飛行空艇。目的地はシディアス総本部が存在する都市、エルドラード。大陸の東端に位置する大都市であり、フォンエルディアの首都に当たる。

「……ん?」

 副操縦席に座っていた若い男性騎士が、窓の外をちらりと見ながら声をあげた。雲よりも高い高度で飛んでいるため、窓の外は夜の闇と星々の光で満たされている。

「どうした?」

 操縦席に座っていた年配の騎士が尋ねる。

「なにか外を横切った気がして……鳥?」
「いや、この高度に鳥なんかいないぞ。レーダーに反応もない」
「それもそうですね。気のせいかな」
「はは。あまりおっかないこと言わないでくれよ」

 若い騎士が笑いながら謝った。

「ところで、いま輸送しているあの木箱がなんなのか聞いていますか? 棺にしては中途半端な大きさですし」
「いいや。ただレオンハルト総長直々の命令だ。しかも、あれを引き渡してきたのは真城蒼一煉騎士だっただろう? 相当なレベルの代物だとは思うが」

《そのとおりよ》

 いきなり耳に響いてきた「声」に、ふたりの騎士が思わず振り返る。
 ウォーサイスを構えた漆黒の死神が、なんの前触れもなく存在していた。
 驚愕を通り越して、ふたりの騎士は声をあげることができない。

《――さようなら。不運な騎士ちゃんたち》

 そしてその言葉が、騎士たちの聞いた最後の「声」だった。

 
 ぶぅん――という風を切る音と同時に。
 狭いコクピットがすべて、大量の鮮血で染まった。


《あーあ、疲れちゃったわよぉ……なんでわざわざこんな高度を全速力で飛んでるのよ。自力で追いつかないといけないアタシの身にもなってよね――》

 首をきれいに両断された騎士たちを見下ろしながら、アヌビスが言う。
 そのあいだ、触れてもないのに操縦桿やコンソールパネルが勝手に操作される。すぐ自動操縦に切り替わった。

《邪魔》

 アヌビスが片手を乱暴に払う。すると別のコンソールパネルの上に落ちていた若い騎士の首が、血の海で染まる床へ無造作に落下した。そのコンソールパネル上のキーボードが、やはり触れてもないのに勝手に操作される。
 直後、血で汚れた正面のモニターが映像を映し出した。機体の外部に備えつけられている防犯カメラの映像。どこかの空港とおぼしき広い場所を背景に、アーク・レビンソンの真紅の機体が映り込んでいる。
 アーク・レビンソンの機体後方のタラップが降りていて、その上を例の木箱が乗った台車が運ばれている。台車を運んでいるのは、先ほど絶命したふたりの騎士だった。
 その光景を、タラップの上から見守るのはクリスと蒼一。ふたりとも、神妙な面持ちをしている。その後、もうひとりの人物が映像に現れる。淡い亜麻色の髪をした少年が蒼一の隣に立った。

《……あら?》

 少年――惺は無表情な眼差しで、カメラに視線を向けているように見える。画面越しに、アヌビスの仮面と惺の視線が交錯する。

《真城惺くん……うふふ、久しぶりね。今度一緒に遊びましょう!》

 その後アヌビスは、コクピットの後部にあるドアを通り格納部へ移動する。
 照明の落とされた薄暗い室内で、周囲を鎖で巻かれた木箱が中央に鎮座していた。
 神速で振るわれたウォーサイスが、鎖と木箱を一瞬で切り切り刻む。中から出てきた灰色の棺を確認して、アヌビスの肩が震える。
 その震えがいかなる感情から来るものなのか、誰も知ることはない。


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