……うう。
人前に出るのは慣れているはずなのに、わたしは少し緊張していた。
たぶんあれだ。人前に出るとはいっても状況がほんの少し違うからだ。それに日本の学校は久しぶりだから、というのもあるはず。自分がそんなに器用なほうじゃないのも見逃せない理由のひとつだ。
天野宮学園二年F組の教室に、わたしはいた。
黒板を背にして立ち、さりげなくクラス全体を見わたす。整列された机に向かう生徒たちの視線は、例外なくわたしに向けられていた。
「はじめまして。綾瀬由衣です」
単調にならないように、逆にくどくもないように、簡単な経歴を話す。自分がイタリアからの帰国子女であること。日本に帰ってくるのは九年ぶりであること――途中で詰まることもなく、あらかじめ決めておいた要点を伝えることができた。
……よし。上出来。
「では、ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
もちろん、言葉の最後に笑顔を添えることを忘れない。笑顔は万国共通のコミュニケーション。海外で学んだ大きな成果のひとつだ。
再び、クラス全体を見わたす。やっぱり帰国子女はめずらしいのか、好奇心がみんなの瞳に宿っているみたいだった。それでもみんなの反応は悪くなかったようで、わたしは胸をなで下ろした。
先生の指示で、用意されていた席についた。いちばん窓際の列の最後尾。要するに教室の端っこ。
すぐ近くにある窓からは、晴れわたる青空が一望できた。
……このクラスに、うまく馴染めるのかな。
窓の外を眺めながら、ふと思う。自分が人見知りするのは以前から知っていた。だから馴染むまでに少し時間がかかるかもしれない。
……ううん、最初からそんな及び腰ではだめだよね。
未熟者のわたしをやさしい眼差しで送り出してくれたあの人には、もう余計な心配をかけないと固く誓った。
……大丈夫。なんとかなる。だからがんばろう。
弱気な気持ちを自分の中から追い出すように、息を大きく吐いた。
窓がある方角は南だから、降り注ぐ太陽の光がまぶしい。五月晴れの空はどこまでも澄んでいて、とても綺麗だった。
空の模様は、日本もイタリアもそこまで変わらないみたい。外の遠い空に、あの人の姿を重ねた。
じゃ、出席取るぞ――という先生の言葉で、転校初日のホームルームが始まる。
同時にこの瞬間から、久しぶりとなる日本での学園生活が始まった。