「月城くんっ」
携帯電話をしまったところで、背後から俺を呼ぶ声がした。振り返ると、眉間にしわを寄せた委員長の女子が立っている。
「なんだい? 市川さん」
市川真沙美。豊かな髪を赤いリボンで結び、ポニーテールにしている。
「一限目、どこにいたの?」
問題児を問い詰めるようなきつい口調だった……って、そのままか。
「屋上」
気の抜けた返事。ふと、炭酸が抜けてぬるくなったコーラの味を想像した。
「どっ――どうしてそんなところにっ!」
俺のやる気のない返事が癇に障ったのか、市川さんは声を荒げた。その姿に、たちの悪い悪戯心が芽生えた。
「市川さんのこと考えてた」
「え? ……えぇっ!」
おもしろいくらいに頬を紅潮させ、思いっきり慌て出す。
「な、ななんでそそそんなことっ!?」
俺は席を立ち、市川さんの顔に自分の顔を近づけた。視線が交錯する。
「あのさ、男子が誰もいないところで、気になる女の子のことを考えながらすることって、そんなに多くないけど……詳しく聞きたい? ちなみに十八禁だけど」
「あ――ぁ、え……と」
ますます動揺していく市川さん。
俺の顔と彼女の顔の距離が、徐々に狭まっていく。視線はお互いに外さない。それと比例して、彼女の頭にさらに血がのぼっていくのがわかった。
けど――その中でも彼女の瞳は、真摯な輝きを忘れていなかった。
不意に悪戯心が萎え、逆に罪悪感が生まれた。
……こんな純粋な子に、俺はなにをしようとしてるんだ。
自己嫌悪に陥る。だから俺は、市川さんから即座に離れて教室の外へ向かった。
「あ、ちょ、ちょっと月城くんっ!」
叫ぶ市川さんを無視しつつ廊下に出て、つい笑ってしまった。でも俺の自嘲は誰にも拾われることなく、休み時間で賑わっている廊下の空気に吸収されていった。
それにしても、俺も相当ひねくれたみたいだ。昔は神童とか呼ばれて、それはそれはもてはやされていたのに。