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Prologue 07

2020 5/03

 カメラはずっとまわっていた。泣き叫び、絶望に涙する人質たちの姿は、ずっと全世界に配信され続けている。
 
「日本政府に告げる! 12時30分までに振り込みがない場合は、さらにひとり殺害する」
 
 リーダー格が銃を向けると、人質たちがざわめいた。彼は人質たちの輪に入り、値踏みするように顔を動かす。
 
「哀れな次のターゲットは――おまえだ」
 
 立ち止まり、そう告げた。
 
「…………ぁ」
 
 長く、美しい金髪だった。碧い瞳が大きく見開かれている。
 十代半ばとおぼしき少女。ピンクのワンピースに空色のカーディガン。全体的に細身で、儚げな印象を与える。
 しかし、目を見張るほどの美少女なのは、誰が見ても認めるだろう。
 
「立て」
 
 リーダー格にそう言われ、彼女は震える足でなんとか立ち上がった。彼女の近くに座っていた黒髪の女性が必死の抗議をしようとするが、リーダー格に無理やり制止された。
 
「カメラに向かって名前を言え」
「…………」
「早く答えろ」
「ま……真城悠……です」
 
 リーダ格がカメラに向いた。
 
「日本政府ならびに国民諸君に告げる。次に殺害するのは彼女になった。残念なことだが、日本政府がかたくなに身代金の支払いを拒んでいる以上、彼女の命はあと30分を切っている。……麗しき乙女よ。最後に言い残すことはあるか?」
 
 突然の問いに慌てる悠。言いよどんでいると、再びリーダー格にせかされる。
 悠の知り合いらしき女性――二十代前半とおぼしき黒髪の女性が、泣きそうな表情で名を呼びながら、悠の体にすがりついた。
 
「だ……大丈夫だから、小夜子さん……」
 
 小夜子と呼ばれた女性を優しく抱きしめたあと、カメラに向いた。そして大きく深呼吸してから、耳心地のよいやわらかな声を発する。
 
「――ピアノを――最後にピアノを弾かせてください」

 悠は震える指先で、離れたところにあったグランドピアノを指した。
 首を傾げてしばらく思案したリーダー格は、やがて「まあいいだろう」と言い、悠をピアノのもとまで連れてきた。
 悠を椅子に座らせ、数メートル離れたところにカメラを持った仲間を待機させる。準備がすべて済むと、リーダー格がわざとらしい口調で告げた。
 
「日本政府に告げる。身代金の支払いがないのなら、彼女はまもなくその若い命を散らすことになる。彼女にとって、これが人生最後のリサイタルになるだろう」
 
 テロリストにとって、これはあまりに有能な一手だった。
 インターネット上では、「日本政府は即刻、身代金を支払うべきだ」という意見が国民の間で爆発的に広がっていた。事件を生放送で特集しているテレビ番組でも、著名なコメンテーターたちが「もはや身代金の支払いは不可避」という論調になっていた。
 失言大臣が殺害される一部始終が配信されたことはもちろん、続いて殺されるのが絵になる美少女だという事実。世論を動かすには充分な理由だった。
 タブレットで世論の動向を確認したリーダー格は、ガスマスクの下でほくそ笑んだ。これで彼女の演奏がある程度、感動を呼ぶレベルなら、さらに世論は傾くだろう。もちろんそんなことは微塵も表に出さず、彼は悠に合図を送った。
 悠が鍵盤に手をかける。
 ――ゆっくりと、空気が振動し始めた。


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