街灯で逆光に照らされた怪物――異種生命体の絵面に、セイラは思わず笑ってしまった。異種生命体をカメラ越しに見て絶句するしかなかった詩桜里も、セイラの予想外の調子には驚いた。
「どういうものかと想像していたが、本当に怪物以外のなにものでもないな。安心しろ、詩桜里。おまえの寝不足二日酔いすっぴんと、三拍子そろったの顔のほうがまだ可愛いぞ」
詩桜里は黙っていた。セイラの軽口が聞こえなかったわけではないが、それ以上に異種生命体の存在に気を取られている。
長い手、短い足、ずんぐりとした胴、左右非対称の醜悪な顔。どれも怪物と呼称して――というより、そう呼ぶしかない要素の組み合わせ。B級のパニック映画でも、近年ではほとんど見られなくなったリアリティのなさ。
異種生命体がセイラに向かって吠えた。
次の瞬間には、セイラを獲物と認識したのかまっすぐに突進してくる。コンクリートの地面がめり込むほどの強い踏み込みで距離を詰めてきた。
思いのほか速い。構えていた星装銃を撃つ暇もなかった。セイラは横に飛び退って回避する。血生臭さを運ぶ突風を肌で感じた。
猛烈な質量が背後の倉庫に衝突。
――まるでブレーキの壊れたダンプカーだな。
頑丈な鉄製のシャッターが簡単にひしゃげたのを見て、セイラは思った。
異種生命体は体勢を崩したままで、隙だらけだ。すかさず星装銃を構え、発砲する。まばたきひとつのあいだに、3発。発射されたエネルギー弾は一直線に異種生命体に向かっていく。
異種生命体が、自らに飛んでくるエネルギー弾の存在に気づいたときにはもう遅かった。額、胸、腹に着弾。衝撃で異種生命体はよろめく。
エネルギー弾が派手なのは見た目だけ。着弾と同時に発生させる高電圧で、相手を制圧させるのが本来の目的だ。出力はリミッター制限下での最大レベルまで解放。ふつうの生物なら間違いなく気を失い、たとえそうでなくても体の痺れが数時間は消えないだろう。
異種生命体はすぐに体勢を立て直した。鼓膜を突き破るような咆吼を上げ、再びセイラに狙いを定めて襲いかかってくる。さすがにエネルギー弾の影響なのか、動きに鋭敏さを欠いている。最初ほどの勢いはない。
だが、それでも充分に脅威といえた。ひしゃげたシャッターを見れば、純粋な力比べでは勝負にならないことは明らか。攻撃を受けるという選択肢はあり得なかった。
跳躍し、セイラは上空に飛び退く。突進してきた異種生命体の頭上で翻ると同時に発砲した。
今度は2発。
異種生命体の大きな頭部を、上から狙い撃ちにする。
1発は外し、もう1発はかすった。異種生命体が回避行動をとったからだ。
着地してすぐ身構えたセイラに対し、異種生命体は警戒するような素振りを見せたあと、高く跳躍した。
一足飛びで5メートル以上の高さにある倉庫の屋根に降り立ち、そのまま姿を消した。
「詩桜里、追うぞ」
『もちろん! 逃がさないで』
路地に入り、雑多に置かれた背の低いゴンドラを足場にして跳躍。セイラも屋根に上がった。
ほとんど平らな屋根の上を、まるで忍者のようにひた走る異種生命体の背中が見えた。全身暗黒色の体毛は夜の闇に紛れる。が、非常識さと異様さまでは隠せない。
『セイラ捜査官! 遅くなりました』
リスティの声だった。詩桜里と彼女が合流したのだろう。
「ちょうどいい。あの怪物、無骨な首輪をつけていたの気づいたか?」
走りながら問う。
『はい。微弱な電波が発信されていたようです。どこかと通信しているようですね』
「逆探知できるか?」
『もうやってます』
屋根の縁でセイラは足を止めた。
暗い海が見える。だが、異種生命体の姿はどこにも見えない。水音もせず、海面に波紋もないから、海に逃げた線はなさそうだ。周囲は相変わらず雑多な倉庫街で、隠れるところは多分にあるが、あの生物に「追っ手から隠れる」などという知的行動をとるだろうか。
そもそも気配がまったくないのは不可解だった。あの怪物に気配を消すなんて器用な真似ができるのか、セイラはさらに強い疑問を感じた。
倉庫の屋根から下へ降り立つ。そこから10メートルほどコンクリートの地面が続いていて、その先は海だ。
岸壁まで近づいていく。もちろん、星装銃を構えることは忘れない。
『セイラ捜査官!?』
リスティの叫び声とほぼ同時に、岸壁の向こうの死角から真っ黒な物体が飛びだしてきた。
「――っ!」
飛び退りつつ、発砲。
海水にまみれた異種生命体の体に電撃が走る。埠頭に上がり、よろめきながら体を震わせた。濡れた体がダメージを増加させている。
このチャンスを逃す理由はない。続けざまに連続で発砲した。
異種生命体はよけきれず、全弾をその身に受けた。ふつうの人間なら、さすがに命の危険が及ぶレベルのダメージだ。
大きな音を立てて、異種生命体が倒れた。
「リスティ、いまのうちに特殊班を――っ!?」
わずかな殺気と気配を感じ、横に飛び退った。
一瞬前までセイラの心臓があった場所を、弾丸が通り過ぎる。
『セイラ捜査官! 大丈夫ですか!?』
リスティの声を聞きながら、すかさず近くに止めてあったフォークリフトの物陰に隠れる。
フォークリフトに弾丸が撃ち込まれるのを感じながら、セイラは弾丸の軌跡を追った。
先ほどセイラが立っていた倉庫の屋根。そこに人影があった。ひとりやふたりではない。「彼ら」はセイラの様子をうかがっているようだ。
『謎の勢力の接近を確認。人数は6人。……申しわけありません、気づくのが遅れて』
物陰から見やってその姿を認めると、セイラは眉をひそめた。
濃い紫色のパワードスーツ。同色のフルフェイスマスク。片手に巨大な鉤爪。それが6人、セイラのいる方向を向いている。どう見ても一般人ではない。異種生命体も変だが、この集団もかなり場違いだ。
胸もとのカメラでは方角と距離の関係で映せない。セイラはリスティに簡潔に謎の勢力の容貌を伝えた。
『か、鉤爪ですか?』
好きで鉤爪を装備している武装集団など、ほぼ見かけないし聞いたこともない。それはセイラもリスティも同じだ。
「暗殺者のコスプレイヤーが集まって、たまたま持っていた実銃をぶっ放してきた、と思うか?」
『そ、それはいくらんなんでも――っ!?』
不意に、リスティが息をのんだ。
「どうした?」
返事はない。だが、慌てた様子がインカムから伝わってくる。
『き、緊急事態です! うちの特殊班が、突然現れた謎の勢力の妨害にあっています!』
「あいつらの仲間か。リスティはそちらの対応を優先してもらってかまわない。こちらはなんとかする」
通信を終えた瞬間に、武装集団が動き出した。彼らが屋根の上から順に飛び降り、ふたりは倒れたままもがいている異種生命体へ、残りの4人はセイラのもとへ向かう。セイラに近づいてきた連中はもれなく拳銃を構えており、統率された動きを見せた。
……見逃してはくれないか。
逃げるのは難しい状況だった。ただ人数を考えると交戦するのは不利だが、突破するのが不可能な状況ではない。
星装銃は最大出力のまま。しかし相手は全身をパワードスーツで包んでいるから、ダメージはある程度抑えられるはず。それらを踏まえて、セイラは敵を倒す明確なイメージを作り上げる。
――と。
「――がっ!?」
「ぎゃ――っ!?」
くぐもった悲鳴。声の主は近づいてきた4人のうちのふたり。
「惺っ!?」
どこからか現れた惺が、3秒とかからぬあいだにふたりを倒していた。
惺が握っていたのは2メートルほどの棒状の武器――クォータースタッフと呼ばれるものだ。白を基調とした色で、全体的に凝った彫刻がなされている。
残ったふたりが惺に向いた。
それと同時にセイラがフォークリフトの影から飛び出す。
挟み撃ちとなり、挟まれたふたりがどう立ちまわるか刹那の隙を見せる。すぐにひとりがセイラに、もうひとりが惺に向いた。
クォータースタッフを下段に構え、惺が先に肉薄する。目を見張るほど素速い。
拳銃だけで応戦しようとした暗殺者はすぐに戦略を変え、左手の鉤爪を突き出した。迫りくるクォータースタッフを鉤爪でいなすと、激しく火花が散る。そして右手の拳銃を惺の心臓へ向け発砲――
この間合いで外す理由などない。
しかし引き金は引かれなかった。狭い間合いの中で惺は片足を軸にして翻り、敵の右手に回転蹴りを叩き込んでいた。反動で銃を手放した暗殺者は、体勢を立て直すために後ろに飛び退こうとする。
その動きを読んでいた――というより、そう動かざるを得ないように惺は立ちまわっていた。彼は一呼吸のあいだに接近し、クォータースタッフを下段から上段に向かって振り抜く。
クォータースタッフの先端が、暗殺者のあごを打ち上げた。フルフェイスマスクを砕きながら、暗殺者を浮かせる。
フルフェイスマスクもパワードスーツと同じ強化素材だった。しかし惺の攻撃は、その強度をたやすく打ち破り、脳に強力な衝撃を与えた。暗殺者の足が地面から離れていたときにはもう、彼は気絶していた。
空中数メートルに吹っ飛ばされた暗殺者の背後に、迫りくる追撃者がいた。異種生命体のほうへ向かっていたふたりだ。
「惺!」
セイラの声が聞こえるなり、惺は大きな跳躍で後ろに飛び退いた。
瞬間、エネルギー弾がほとばしる。それは暗殺者のひとりを正確に撃ち抜く。エネルギー弾をまともに受けて、体を震わせながら停止する暗殺者。
セイラはすでに暗殺者のひとりを戦闘不能に追い込んでいた。暗殺者としての「格」の違いを見せつけられた彼は、痙攣しながら地面に寝そべっている。
惺は目にも見えぬ速さで距離を詰め、今度は上段からクオータスタッフを打ち下ろす。その際にバキッと嫌な音がしたのは、フルフェイスマスクが砕けたためだろう。それをつけてなかったら、頭蓋骨が完全に陥没していた。彼はほどなく倒れ、5人目の戦闘不能となった。
残っているのはひとり。
彼は拳銃でセイラを牽制しつつ、惺に向かって走る。この状況でも戦意を失ってないのは、暗殺者としての面目躍如だ。
惺は武器を隙なく構え身構える――しかしそのとき、驚くべき光景に目を見開いた。
「――っ!? 逃げろ!」
惺が叫んだ対象は、なぜか暗殺者。
突然、暗殺者の体が空中に浮いた。
「がぁっ――っ!?」
悲鳴をあげる暗殺者の背後。
異種生命体が背後霊のように立っていた。巨大な手で暗殺者の腰をつかんでいる。パワードスーツがメキメキと悲鳴をあげ、やがて破片をこぼしていく。
まるで空き缶でも潰すかのように――
「ぎゃああああっ!? や、やめ――」
暗殺者の悲鳴が等々に途切れた。
なぜなら、彼の上半身と下半身が別れを告げたからだ。おびただしい量の血と吐き気を催す臓腑をまき散らしながら、半分になった体が無造作に地面に転がった。
「惺! 下がれ!」
「――っ」
セイラと合流し、惺は目の前の信じられない光景に苦々しい気持ちを感じていた。
「もう復活するとはな……予想外だ」
セイラがつぶやく。
異種生命体は這いつくばり、スカベンジャーのように死肉を貪り食っている。セイラや惺の存在は忘れているように、ただ無心に。
「こいつの正体、知ってるのか?」
惺の問いに、セイラがうなずく。
「まだ推測の域を出ないが、だいたいは把握している」
と、ここで通信。
『セイラ! いったいどうなってるの! ちゃんと無事?』
「詩桜里か。あまり詳しく話している暇はない。おまえもこの光景、見ているだろ」
『うう……もうスプラッター映画は見飽きたわよ……』
「そっちはどうなった?」
『あの変な集団はなんとか退けた。そっちに応援を向かわせたわ……あれ? 隣に誰かいる?』
セイラは惺のほうを向いた。
『嘘……ま、真城先生……?』
「そんなわけあるか。そんなことより、詩桜里に頼みがある」
『な、なに?』
「星装銃のリミッターを解除してくれ」
『――――っ。……必要なのね?』
セイラが「ああ」とうなずくと、詩桜里は決意のこもったため息をついた。
『わかった』
星装銃には、エネルギーの出力を制御する高度なリミッター機構が備わっている。対人戦闘を考慮したものだ。そしてそのリミッターは現在、上司である詩桜里しか解除できない。彼女がICISから貸与された特殊仕様のPDAのみでその操作が可能だ。
セイラが星装銃を手にしてから、リミッターが解除されるのはこれがはじめてだった。
『――解除終了。30分の時間制限つきよ』
「充分だ。惺、あれを無効化するのに手を貸してくれ」
『ちょっ、ちょっと待ちなさい! なんで一般人の惺くんを……てゆーか、だいたいどうして惺くんがここに――』
セイラはインカムの電源を切った。詩桜里の声が途切れる。
「いいのか?」
と、惺。
「問題ない。しかし歳をとると本当に小言が増えるんだな」
惺がなにか言おうとする。しかしそのとき、異種生命体に動きがあった。セイラと惺は武器を構える。
口や手が血まみれになった異種生命体。それがおもむろに歩き出した。目標は倒れている暗殺者のひとり。瞳は新しい獲物を前にした肉食動物のように、爛々と怪しい輝きを放っている。
「食い意地の張ったやつだ。惺、時間を稼いでくれ!」
惺が飛び出す。
一足飛びで間合いを詰め、渾身の一撃を放った。クォータースタッフが異種生命体の胸を突く。
突然の衝撃に吹っ飛ぶ異種生命体。苦しそうにうめき、血のりを吐いた。深紅の血は異種生命体のものではない。つい先ほどまで食べていた暗殺者の血液だ。
すぐに起き上がった異種生命体は、ひとまずの目標を惺に定める。本能が、こいつがいると食事ができないと告げているようだ。
惺と異種生命体がどちらも駆ける。
クォータースタッフと爪が交錯した。
一合、二合と続く応酬。
クォータースタッフが鋭く繰り出される爪を次々と受け流していく。巧みな角度や力の強弱で、爪はまるでかすりもしない。
異種生命体に人間と同等の知性があれば、きっと「まるで水を攻撃しているようだ」という感想とともに、もどかしさを抱いただろう。
そろそろか、と惺。
異種生命体の目前から、唐突に惺の姿が消えた――ように見えた。突き出していた爪が空を切る。
惺は上体を限りなく低くして、異種生命体の視界から消えたのだ。同時に、手で触れそうな至近距離まで肉薄する。
防御から攻撃へ。
惺は体勢を低くしたまま体をひねり、全身のバネを駆使して片足を振り上げた。
あごの下から強烈な一撃を加えられた異種生命体は、その衝撃で500キロはあろうかという巨体がわずかに浮く。
さらなる追撃。
下段から全力で突き上げられたクォータースタッフが、再びあごをとらえる。
異種生命体に、それを防ぐ余裕はなかった。
あごの骨が砕ける音とともに、異種生命体は数メートルの高さにまで持ち上がる。
「惺! 退け!」
セイラの声に反応した惺が、すぐ横に飛び退いた。
宙に浮いた異種生命体に向かって、巨大な光線が照射された。膨大な熱量を持つ光の柱。
星装銃の最大出力――物理的な障壁では防御不可能な光線。正体は高圧縮されたプラズマだ。セイラの体内に秘められた魔力を変換して発生させたもの。防御はほぼ不可能で、逃れるためにはよけるしかない。
しかし、回避行動をとる隙も余裕も、異種生命体にはなかった。
正面から光の直撃を受けた異種生命体は、首から下が一瞬で蒸発する。
衝撃で吹っ飛んだ首は、殺された暗殺者の上に落ちた。真っ赤に染まったあばら骨の上に、異種生命体の醜悪な首が花として咲いた。
おぞましい光景に、セイラも惺も沈黙を破ることができなかった。
「……くっ」
「セイラ!」
よろけたセイラの体を惺が抱きかかえる。
「大丈夫か?」
「ああ……さすがに疲れたな」
戦闘が長引いただけでなく、最後は星装銃の最大出力を放った。常人をはるかに超える魔力の持ち主であるセイラも、これにはさすがに堪えた。
不意に――
不思議な音が聞こえてきた。
なにかが泡立つような音。
音の発生源にセイラと惺は顔を向ける。
異種生命体の首と、その下にある死体。
「な、なんだ……っ!?」
立ち上がった惺が、すぐにクォータースタッフを構える。
これまでも充分に異様だったが、それ以上の光景を目の当たりにした。
死体の周囲に広がっている鮮血が、まるで沸騰したかのように泡立っていた。血だけではない。すでにただの肉塊となっていた死体も、細胞が気味悪く脈動している。何分も前に生命活動が停止したにもかかわらず。
「嫌な予感がする。セイラ、下がるぞ!」
「いや……待て……首が」
異種生命体の口が大きく開け放たれ、やがて声なき声を漏らした。声帯や肺が無事なら、きっと大音量の叫びが発せられただろう。そう思わせるほど、凄絶な表情を浮かべていた。
「まさか、あの状態で生きているのか……っ!?」
冷や汗を流す惺。彼も、さすがにここまで非常識な状況は想定していなかった。心臓を失い頭部だけで生存している生物など、本来はこの世に存在しない。
セイラが星装銃を構えようとするが、手に力が入らない。忌々しそうに舌打ちした。
さらなる異変が起きた。
異種生命体の下にある哀れな肉塊が溶解し、どろどろに溶ける。肉だけでなく骨、さらに着ていたパワードスーツまでを溶解し、かつて人体だったそれらは、ほぼ完全に液状となった。
それから発せられる凄まじい悪臭がセイラと惺を襲った。思わず顔をしかめるふたり。
液状となったそれがコンクリートに広がり、近くの下半身を飲み込む。下半身もあっという間に溶解された。
やがて、液状に分解された細胞たちが、ひとつにまとまっていく。液状だったそれはやがて粘土質のものに変質し、見えざる手でこねられているように次々と形を変えていく。
不快かつ醜悪な光景だが、セイラと惺は目を離すことができない。
粘土質がまとまっていく中で、異種生命体の首はずっと中央に鎮座していた。
やがて――
醜怪な肉の塊が生まれた。
丸々とした全体像。そこには頭や胴体や手足の概念はない。無理やりつなぎ合わせた濃い赤紫色の肉の塊の中央に、異種生命体の首が鎮座している。顔だけ強引に取りつけたような極限の違和感。
異種生命体は誕生した瞬間から、既存の生物とはかけ離れた存在だった。それでも最初は、ベースとなった「人間」という生物の特徴をある程度備えていた。
しかしいまはもう、その面影すらない。
「セイラは下がって」
すぐに冷静さを取り戻した惺が前に出る。
「ま、待て。危険だ」
「そんなのはわかっている。けど、あいつを放っておけるか」
異種生命体に向かい、惺は走り出した。
せめて援護を、と星装銃を構えるが、まだ力が入らない。自分の体がうまく動けないことに自己嫌悪に陥るセイラ。
惺が高く跳躍し、空中でクォータースタッフを振り上げる。
しかし、異種生命体はぶよぶよとした体を器用に伸縮させながら、驚くべき速度で行動。頭上に迫っていたクォータースタッフをかわし、またたく間に惺の間合いの外に移動した。
知性を感じさせる動きに、惺は目を見張った。
追撃しようとした惺に、異種生命体が叫び声をあげる。さながら壊れたスピーカーが奏でる不協和音の嵐。
さすがに惺の表情も、警戒の色を強めた。
しかし反撃はない。威嚇行動だったのか、異種生命体は叫びをやめるとすぐに岸壁まで移動。そのまま海に飛び込んだ。
「――っ!」
惺が岸壁から見下ろす頃にはもう、異種生命体は暗黒の広がる海の中に完全に消えていた。