Interlude03-3

 銃弾と刃が激しく交錯する。
 レイジの気分は久々に高揚していた。自分でもにやけているのがわかる。戦っている相手は凄腕だ。飛んでくる銃弾を斬り落とすなんて芸当、久々に見た。
 急所は外し、足や肩を狙い撃ちにする。しかし、弾道を読まれているのか、弾はすべてよけられるか斬り落とされていた。
 彼が埠頭に到着したとき、怪物は逃亡したあとだった。さすがのレイジも怪物そのものと戦ったことはないから悔しい思いをしたが、やることねえから帰るか、と考えた矢先、ここに武装集団の仲間がいるという情報をリスティから聞き、あまり乗り気ではないが参上した次第だった。
 思いがけない副産物だ――レイジの素直な感想だった。怪物は怪物で気になるが、こちらの敵も、いろんな意味で魅力的。
 日本に来てから久しくなかった緊張感を感じている。
 
「俺が勝ったら一発やらせてもらえるか!」
 
 言いつつ、発砲。
 
「そのときは舌を噛もう」
 
 まるで無駄のない動作で弾丸を斬り落としながら、霞が答える。
 
「そうつれないこと言うなって。包囲されてんのわかるだろうに」
 
 レイジの言うとおり、周囲はライオットシールドを構えた機動隊に囲まれていた。彼らも銃を携帯しているが、撃ってこない。レイジと霞の非常識な戦闘に、機動隊とはいえ外野がつけいる隙はなかった。そもそも、レイジは機動隊でも霞ひとりの相手は荷が勝ちすぎているだろうと予測している。まだ数分と経ってない戦闘でも、そう推し量れるほどの情報量はあった。
 連れの男も謎だった。釣り人の格好をしているから、女に人質にされた一般人かと一瞬思ったが、明らかに違う。一般人は拳銃など隠し持ってない。
 斑鳩を取り囲む数人の機動隊。だが、どうも攻めきれてない。距離を詰めようとにじり寄ったら嫌なタイミングで後退され、さらに嫌な場所をピンポイントで撃ってくる。ライオットシールドで防いでいるから負傷者はまだ出てないが、レイジが一瞬横目で見る限り、わざと外していると確信した。
 
「――っ!?」
 
 レイジの目の前に刃があった。
 音もなく近寄っていた霞が、袈裟懸けに振り下ろした――そのコンマ1秒前に、レイジは後ろに跳躍し、かろうじてかわす。
 
「よそ見している場合か?」
「……忠告ありがとさん」
 
 愛用しているカーキ色のミリタリーベスト。防弾仕様のそれに切り込みが入った。
 レイジは目の前の敵の警戒レベルを、1段階引き上げた。常人なら隙にもならない刹那の時間を見逃さず、まばたきすら遅いと感じるような瞬間を見極め、移動と攻撃を同時に行う。アウトローとしては完全に完成の域に達している。
 
「――ふ……ふはははっ……!」
 
 唐突なレイジの爆笑に、霞が眉をひそめる。
 
「気でも触れたか」
「そりゃあんたのほうだよ。何者だ?」
 
 ここまでの使い手ならば、なんらかの噂を聞いていてもおかしくない。が、レイジには心当たりがなかった。
 答える義理などない、とでも答えるかのように、霞の一閃が奔る。返す刀で追撃を加えるが、レイジも霞の剣戟をある程度読んでいた。
 レイジは背後に飛び退り、距離をとった。
 
「おもしれえ! 作戦変更だ。死んでも詫びは入れねえぞ!」
 
 レイジの双眸が光る。
 殺意を抱いた眼差しだと、霞はすぐに気づいた。
 目を見張るほどの速さでマガジンを交換したレイジが、瞬間に3発の銃弾を発射。銃器を使用しない霞でも、早撃ちの技術と正確さには感心していた。
 心臓に向かって飛んできた2発を霞は斬り落とし、ふと気づく。
 最後の1発は――? そう考えた刹那。
 思いがけない方向から銃弾が飛んできた。まるで足もとの地面から発射されたかのような軌道で、弾丸が霞の頬をかすめた。
 霞の動きが止まった一瞬を狙い、レイジがさらに追い打ちをかける。
 狙いは体の中央――心臓。
 霞は常人離れした反射速度でそれをかわす――が、わずかに遅かった。左腕から鮮血がこぼれた。
 レイジも霞も、どちらも舌打ちした。
 レイジは、仕留めきれなかったことに対して。
 霞は、よけきれなかったことに対して。
  
「惜しいな。もう少しだったんだが」
「……跳弾か」
「跳弾まではよけられても、最後のでだいたいあの世行きなんだがな。素直に感心するよ」
 
 上段からの物言いに、霞は自分を殺したくなる。最初の2発を受けたとき、斬った弾丸の感触が微妙に異なったのには気づいていた。
 マガジンを装填し直したとき、弾丸が変わったのだ。おそらくは跳弾専用の特殊仕様に。なぜこの可能性に気づかなかったのか。 
 跳弾――地面や壁などに弾丸を故意に反射させて、対象を撃ち抜く銃技の一種。地面や壁の材質など状況に大きく左右され、弾道の計算も難しいが、究めれば死角を突いた効果的な攻撃が可能になる。
 
「姐さん! 岸壁に走って!」
 
 いつの間にか遠くに離れていた斑鳩の叫び声。
 
「無茶を言ってくれる……!」
 
 霞の袖口からなにかが飛び出て、レイジの足もとまで転がってきた。
 
「うおぉい!?」
 
 手榴弾だった。
 レイジはすかさず横に転がり、距離をとる。
 爆発。爆発音は派手だが、爆発自体は小規模だった。それよりも、大量の白煙が発生したのが本来の狙いか。
 レイジが起き上がる頃にはもう、周囲は煙に巻かれていた。運悪く、台風影響下の強風も、いまは休んでいた。
 小さく舌打ちを打ったあと、急いで霞を追う。
 
「――――っ!?」
 
 ぼやけた視界の彼方にマズルフラッシュを目視し、本能のままに転がった。マシンガンの掃射を受けるが、レイジは近くに積まれていた土嚢の陰に隠れてやり過ごした。
 体勢を立て直し、警戒しつつ岸壁に近づいていくと、レイジとしてはめずらしく驚きの表情を作る。
 岸壁に接岸されたクジラのような巨体。すべてが黒一色で、怪しい輝きを放っている金属の塊がそこにあった。
 
「潜水艦だと……!?」
 
 甲板の上には霞と斑鳩の姿が見える。レイジを確認すると、斑鳩はマシンガンで攻撃してきた。先ほどの攻撃も彼の仕業らしい。
 弾丸をよけながらデザートイーグルを構えるが、うまく狙えない。やがてハッチが開いたと思ったら、すぐに姿が見えなくなった。
 試しに何発か発砲してみるが、高い金属音を響かせて弾丸は弾かれてた。
 それからすぐに潜水艦は潜水し、見えなくなる。
 
「……敵を逃したのは久しぶりだな」


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