久しぶりに実家に電話した。
もともとおしゃべりだからか、それとも息子から久しぶりに電話がかかってきたのが嬉しかったからか、母は饒舌で話が無駄に長かった。
タイミングを見計らって実は付き合っている女性がいると伝えると、母の様子は一転。絶句した。しかし数秒後にさらに一転、さっちゃんに対するありとあらゆる質問を、凄まじい勢いで放ってきた。今度連れて行くからとだけ伝え、強引に通話を切る。
翌週の休日、さっちゃんを連れて僕の実家に向かう。
ドライブしてみたいというさっちゃんの要望に応えるため、レンタカーを借りた。トヨタのプリウス。運転席に座ったとき、そういえば車を運転するの久しぶりじゃないかと気づき、少し緊張しながらアクセルを踏んだ。
緊張を紛らわすため、さっちゃんになんとなく訊いてみる。
「さっちゃんちって車なかったの?」
「2台あったよ。でもあたし免許持ってないからさ、ふたりが死んだときに売っちゃったんだ。お母さんのはスズキの軽自動車で、お父さんのは……えーと、なんだっけ。外車の……ボノボ?」
僕はしばらくツボにはまってしまった。さすがに笑いすぎたのか、横顔にさっちゃんの白けた視線を感じる。
おかげで緊張は紛れた。
人生でもっとも楽しくて幸福なドライブを満喫しながら、プリウスは進んでいく。
久しぶりに会った両親は、そんなに変わってなかった。
両親にさっちゃんを紹介する。さっちゃんは借りてきた猫のようにおとなしく、淑やかな女性を演じていた。もちろん、どういうきっかけで出会ったかのくだりはあらかじめ口裏を合わせていた。共通の友人を介して知り合った、と無難なものにしている。
そして本題。僕が暮らしていたときには見たこともないほどの豪勢な料理を前に、近いうちに結婚すると伝えたら、両親ともに号泣しながら喜んでくれた。
その後、仏壇の兄貴にも報告。さっちゃんは線香をあげてくれた。
兄貴の遺影は、彼が高校に入学した記念に写真屋で撮影したもの。つまり16歳のときで、まだずいぶんとあどけない。死ぬまで10年以上の期間が空いているけど、兄貴が写った写真でまともなのはこれくらいしかなかった。引きこもって以降、兄貴は写真を極端に嫌っていた。
「似てるね」
仏壇に飾られた遺影を見つめながら、さっちゃんがぽつりと言った。
「僕と兄貴?」
「うん。笑い方が兄弟だなって」
「よく言われてた」
遺影の兄貴は朗らかに笑っていた。この頃はまだ、自分の未来に対してなんの疑問も持ってなかったんだろう。こんな素敵な表情だったのに、どうしてあんな死に顔になってしまったのか。
自分がどんな表情をして死ぬのか、死者本人は知るよしもない。
いま、兄貴があの世で喜んでくれるのか、それとも祝福してくれているのか。それはわからなかった。
――それから1ヶ月後、僕とさっちゃんは婚姻届を提出した。