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 オーナーに直接電話して事情を説明すると、今日は休めと言ってくれた。オーナーにはさっちゃんの現状や様子など、ほとんどを話しているから理解が早い。その後、文字どおり飛ぶような勢いで電車に乗った。
 午前8時過ぎには帰れた。玄関の外に、寝間着姿のナオちゃんがうなだれるように座っている。僕に気づくと彼女は顔を上げた。
 駆け寄ってきたナオちゃんを抱きしめた。
 彼女は嗚咽を交えながら説明してくれた。今朝5時過ぎ、ふと目が覚めたら隣のベッドで寝ているはずのさっちゃんがいなかったという。トイレにでも行ってると思ってたけど、なかなか戻ってこなかった。その後、家のどこを捜しても見当たらない。近所も少し捜してみたらしい。それでも見つからなかったから、ナオちゃんは僕に電話をしてきた。
 僕は何気なく庭を見渡し、あることに気づく。広い駐車場の一角、オデッセイの隣に置いてあったはずのフォルツァがなくなっている。最近は乗る機会も減ってきていたから、売ろうかと考えていたところだ。
 ナオちゃんもいまはじめて気づいたようだった。
 
「さっちゃんが……? でもあの子、免許持ってないのに」
「スクーターなんて誰でも運転できるよ。鍵も玄関に置きっぱなしだったから」
「GPSとかで居場所わからないの?」
「古い型の中古だからね。そんな機能はついてない。……夕方まで近辺を捜して、それでも見つからなかったら警察に連絡しよう」
 
 だけど、やはり見つからなかった。Charlotteのマスターとやなちゃんにも事情を話して、捜索に加わってもらったけどだめだった。
 警察に行こうとした矢先、オーナーから電話があった。これから警察に行くと伝えると、彼は声を荒らげる。
 
『子どもが行方不明になったのならともかく、大人の女性が自発的にいなくなったくらいじゃ、警察のクソはすぐに動いてくれないよ。知り合いがけっこう大きな興信所やってるから、俺から連絡してやる』
「ありがとうございます。あの、明日以降の仕事は――」
『ああ、気にすんな。こんな状況じゃ仕事にならないだろ。おまえはしばらく休みってことにしてやる。めっちゃきついけどな!』
 
 見えてないだろうけど、僕は深々と頭を下げた。このオーナー、ブラック企業経営者と散々言われているけど、たぶん嘘だ。少なくとも僕やさっちゃんに対しては優しく、理解がある。この世界にはこういう一面もあるのだと、はじめて知った。

 
 だめだった。
 3日が経過してもさっちゃんの行方はわからなかった。そのあいだに警察にも届けたけど、やはり事件性が低いとして重い腰を上げてくれることはない。オーナーの言っていたとおり、警察はクソだった。  
 しかしその2日後の朝、興信所から連絡があった。僕のフォルツァとおぼしきバイクが、どこかの防犯カメラに映っていたらしい。そのデータを送ってもらった。たしかに僕のフォルツァのナンバーで、ヘルメットを被り、シートにまたがったさっちゃんらしき女性の後ろ姿が映っている。
 映像の日付は、さっちゃんが行方不明になった日の翌日。そして撮影された場所を聞いて、僕は背筋に嫌な汗をかいた。東京都と埼玉県の西部を結ぶ国道。さっちゃんはそれを北上しているようだった。
 ナオちゃんは僕のノートパソコンに映ったその映像を、食い入るような眼差しで繰り返し見つめている。
 
「ナオちゃん」
 
 ナオちゃんが顔を上げ、僕を見た。目が赤くなってる。さっちゃんが消えてから、ずっとこの調子だ。食事もままならなくなって、この数日で少し痩せてしまった。
 
「動きやすい服装と運動靴持ってる?」
 
 ナオちゃんは僕の言わんとしていることがなんとなくわかったのだろう。ごくりとのどを鳴らした。


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