音楽先行。
前場からの入れ替わりで、舞台上後方が明るくなる。
テケスタの事務所。
隼人、史郎のふたりがダンスしている。
それを見ている西園寺と小夜子。
しばらく踊ったあと、ダンスが終わる。
隼人がラジカセを操作し、音楽停止。
隼人「どうだ!」
小夜子「素晴らしいです!」
史郎「どうもありがとう! 小夜子ちゃん」
西園寺「ふん。まだまだだな」
隼人「なんだと!」
西園寺「パーティーのときはまだその場の雰囲気で誤魔化せていたが、間近で見ると荒い」
隼人「なんだと! おまえにダンスのなにがわかる!」
西園寺「わかるさ。きっとおまえたちより俺のほうがうまい」
史郎「え、あんた踊れるの?」
西園寺「ふん。これでも俺はバレエの経験者だ。身体能力を鍛えるために、十五年ほどやっていた。それからジャズダンスとかヒップホップとかもやったな」
史郎「う、嘘だ! じゃあ見せてみろ!」
西園寺「いいぞ。ただし、これじゃあ踊れないな」
史郎「よし、じゃあ手錠外してやる」
西園寺「ああ、頼む」
隼人「待て! 騙されないぞ。史郎、手錠を外しちゃダメだ」
史郎「だって、外さないとダンス見せてくれないよ」
隼人「そう言って、手錠外したスキに逃げるつもりなんだ!」
史郎「そういうことか!」
西園寺「ちっ」
史郎「今、ちっ、て言った!」
小夜子「ねえ西園寺、わたしもあなたのダンスを見たいわ」
西園寺「さ、小夜子様! こんなときになにを言ってるんですか!」
小夜子「だって、もう何度も見せてって言ったのに、あなた恥ずかしがって見せてくれなかったでしょ」
西園寺「そうですが、なにもこのタイミングで」
小夜子「お願い」
西園寺「わかりました。というわけだ。手錠を外してくれ」
隼人「ええっ!」
史郎「逃げない?」
西園寺「ああ。小夜子様に誓おう」
史郎「よし、そういうことなら」
隼人「えっ、いいのかな……」
史郎、西園寺の手錠を外す。
西園寺「よし、見てろ。なんでもいいから音楽をくれ」
隼人「よーし、とてつもなく難しいやつを」
隼人、ラジカセを操作する。
音楽が流れる。
西園寺、音楽に合わせて踊る。
ダンスが終わり、隼人がラジカセを操作。
音楽停止。
史郎「う、うまい」
隼人「くそ、即興のはずなのに!」
小夜子「西園寺……素敵」
西園寺「お粗末様でした。久しぶりに踊ったので体がなまってましたが」
小夜子「そんなことないわ! 素敵!」
西園寺「ありがとうございます」
史郎「隼人ちゃん! 俺たち完全に負けてるよ!」
隼人「くそ、こうなったら!」
史郎「お、隼人ちゃんが本気になった!」
西園寺「なんだ?」
隼人「弟子にしてください!」
西園寺「は?」
史郎「隼人ちゃん!」
隼人「俺にダンスを教えてください。師匠!」
西園寺「ふん。俺のレッスンは厳しいぞ。覚悟はできてるのか?」
隼人「もちろんです師匠!」
史郎「ちょっとまずいって! なに言ってるの隼人ちゃん!」
隼人「史郎、小夜子ちゃんはダンスうまい男が好みみたいだぞ」
史郎「はっ……そうか」
隼人「だからダンスの技術だけこの男から奪い取ってね」
史郎「そのあと、いらなくなったらポイか!」
隼人「そうだ!」
史郎「よし! 俺も弟子にしてください師匠!」
西園寺「ふん。まあいい。じゃあとりあえず踊ってみろ」
史郎「見てろよ……小夜子ちゃんは渡さない」
西園寺「なんか言ったか?」
史郎「なんでもない! ほら、続き続き」
西園寺のダンスレッスンが始まる。
西園寺「……よし、こんなものか。音楽をくれ」
隼人、ラジカセを操作。
音楽が流れる。
音楽に合わせて踊る三人。
ダンスの途中で龍一登場。
雰囲気に飲まれ、龍一も踊る。
しかしダンス最終盤で我に返る。
龍一「いやいやいや! おまえら、なにやってんだ!」
史郎「まあまあ」
龍一「まあまあじゃない!」
龍一、ラジカセを切る。
龍一「どういうことだこれは!」
西園寺「なんだ。いいところだったのに」
龍一「あんたっ、なんで手錠が外れてるんだ!」
西園寺「そりゃ、外してくれたからな」
龍一、隼人と史郎を見る。
隼人と史郎、お互いを指さす。
史郎「あ、隼人ちゃんずるい!」
隼人「ずるくない! 外したのは史郎だろ!」
龍一「もういい! おまえらふたりとも同罪だ! もういいからなんでこういう状況になったか説明しろ!」
史郎「だって、小夜子ちゃんが」
隼人「うん。小夜子ちゃんがね、俺たちのダンスまた見たいって」
史郎「うん。それで一回踊ったあと、そこの執事さんがさ、かくかくしかじかで俺たちにレッスンつけてくれることになって」
龍一「あのな! どこの世界に誘拐した被害者にダンスを教えてもらう加害者がいるんだ!」
史郎「ここにいるじゃないか!」
龍一「逆ギレするな! ふざけてるのか! ……あ、ダメだ。頭痛が」
史郎「だ、大丈夫?」
隼人「アイス食べる?」
龍一「いらない!」
隼人「頭冷えると思ったのに」
史郎「仕方ないじゃん」
龍一「あのな、ターゲットに必要以上の感情移入をしない。佐倉さんから常々そう言われただろ。ターゲットの願いなんか聞いてダンス踊って、思いっきり感情移入してるじゃないか」
隼人「そうだけどさ」
小夜子「あの、龍一さん……でしたっけ。なにかご迷惑でしたか? でしたらわたし、もうわがままは言いません」
龍一「あ、いや、その」
西園寺「貴様! 小夜子様を謝らせるなんて許さない!」
龍一「あんたは黙っててくれ! ……でも小夜子さん、なんでダンスなんか?」
小夜子「それはその……もう一度見たかったんです。あなたたちが踊ってるのを」
龍一「どうして?」
小夜子「パーティーであなたたちの踊ってる姿を見ていたら、どういうわけかわたし、幸せな気分になってたんです。だから」
龍一「幸せに?」
小夜子「はい。うまく言えないんですけど……見ず知らずの人たちが、こんなにも楽しそうに踊っている。それはきっと、わたしの婚約を祝福してるんだなって、そう考えたら……本心では結婚を認めないわたしはきっと……愚かなんだなって……すみません、やっぱりうまく言えません」
龍一「えーと小夜子さん、俺らのダンスにそこまで感動していただいて、正直思ってもいませんでした」
史郎「ありがとう、小夜子ちゃん」
隼人「ありがとう」
龍一「けど、さっきも説明したとおり、あれは任務です。あなたの屋敷に潜入するための。ダンスも必要だったからやっただけですよ」
小夜子「それは理解しています……でもあのとき、あそこで踊っていたあなたちに、任務だとか、そういうものはまったく感じられませんでした。心から……そう、心から楽しんでいるように見えました」
龍一「それはまあ、踊っているときは本気だったから」
隼人「本気にならないとできなかったよね、きっと」
史郎「嘘はついてないよ。たしかに本気で踊ってた」
小夜子「はい……ですから、もう一度見たいと思ったんです。正直なところ、ここ数年でいちばん楽しかった時間が、あなたたちのダンスを見てたときでした」
西園寺「小夜子様!」
隼人「小夜子ちゃん……」
龍一「そこまで言われるとな……」
史郎「でしょ? ほら、だから龍ちゃんも、もう一度踊ろうぜ!」
龍一「小夜子さん、ひとつ聞いていいですか?」
小夜子「はい。なんでも」
龍一「さっき、本心では結婚を認めないとおっしゃってましたよね。あれはどういう意味ですか?」
小夜子「それは」
西園寺「さ、小夜子様!」
龍一「まあ、そのまんまの意味なんでしょうけど。やっぱりあなたは結婚を望んでない」
小夜子「……はい。今回の結婚の話は、父が勝手に決めたことです」
史郎「ひどい!」
隼人「お金持ちはいろいろあるだろうからねぇ」
龍一「真城財閥と綾瀬グループのつながりか」
西園寺「おまえら、そんなことまで知ってるのか」
小夜子「そのとおりです」
史郎「大人の世界ってこれだから」
龍一「ですが小夜子さん、ここにいればその結婚の話、なくなると思いますよ」
小夜子「え?」
西園寺「どういうことだ!」
龍一「俺らの任務の目的は、あなたの身柄確保。けどその真の目的は、あなたの結婚を阻止するためです」
小夜子「え……それはどういう?」
隼人「ねえ龍一、そんなこと話していいの?」
龍一「まあまあ、いいから聞けって……確実なのは、あなたの結婚話はきっと……いえ、絶対になくなると思います」
小夜子「じゃあ、わたしは……」
龍一「ただし」
小夜子「ただし?」
龍一「真城の屋敷にはもう二度と戻れなくなるかもしれません」
小夜子「そんな!」
西園寺「貴様! どういうつもりだ!」
龍一「このまま小夜子さんが、素直にあの家に戻されると思うか? 戻ったとして。結婚は延期されるかもしれないけど、それじゃ意味ないだろ」
史郎「じゃあ小夜子ちゃんはどうなるの?」
龍一「身分を完全に偽って、別人としてどこか知らない土地で暮らすはめになる。先ほど上司からそういう報告を受けました」
隼人「佐倉さんから?」
龍一「ああ」
小夜子「わ、わたしは……」
西園寺「貴様ら、そんな勝手なことが許されると思ってるのか!」
龍一「もちろん、許されるとは思ってませんよ。でも、現実に小夜子さんの結婚に反対している人がいて、その人の依頼で、実際に俺らは動いた」
西園寺「そんなバカな……いったい誰が」
龍一「西園寺さん、受け入れられないのはわかります。けど、きっとあなたひとりが立ち上がったところで、なにも変わらないでしょう。あなたが相手にするには、いささか強大すぎる」
西園寺「ふざけるのもいい加減にしろ!」
龍一「ふざけてません。事実を言ってるだけです……小夜子さん、あなたの望んでなかった結婚はなくなる。でもその代償として、あなたは今までの生活も失うことになるかもしれません」
小夜子、黙る。
史郎「龍ちゃん! なんでわざわざそんな言い方するの!」
龍一「仕方ないだろ。遅かれ早かれ知ることになるんだから、早めに覚悟してもらったほうがいい」
小夜子「……龍一さん、ありがとうございました」
史郎「小夜子ちゃん?」
小夜子「わたしは……甘えてました。なにも犠牲にすることなく、自分の望みを得ようとするなんてわがままですよね……わたしは、今後どうなろうと、自分の境遇を受け入れます。正直な話、結婚だけはどうしてもしたくなかったの。自分の気持ちに嘘はつけなかったから」
西園寺「小夜子様!」
隼人「……強い人だ」
龍一「あなたが聡明な人でよかった……よし! おまえら、踊るぞ!」
史郎「え?」
龍一「別にいいだろ。小夜子さん、俺たちとの別れが来るそのときまで、俺らはあなたを守ります。もちろん、その間は退屈なんてさせません」
史郎「龍ちゃん! そうこなくっちゃ!」
隼人「さすがリーダー。話がわかる!」
龍一「ただし、佐倉さんが戻ってくるまでだぞ。戻ってきたらすぐにやめる」
隼人「見られたらまずいもんね」
西園寺「ちょっと待った!」
龍一「まだなにか?」
西園寺「小夜子様の身の安全は、保証してくれるんだろうな?」
龍一「(しばらく考えて)……ああ。もちろん」
西園寺「俺はどうなる?」
龍一「あんたは……悪い、俺にもまだわからない。あんたは今回、イレギュラーな存在だからな」
西園寺「俺はどうなっても構わない! だから小夜子様だけは!」
小夜子「西園寺……」
龍一「わ、悪いようにはしないさ、あんたも」
西園寺「頼む!」
史郎「龍ちゃん大丈夫? なんか、急に顔色悪くなったよ」
龍一「なんでもない! ほら、さっさと踊るぞ!」
西園寺「待て!」
龍一「まだなにか?」
西園寺「俺も踊る」
龍一「え?」
史郎「龍ちゃん、この人すごいダンスうまいんだよ! ねえ?」
隼人「ああ。悔しいけど」
龍一「そうなのか。まあいい、わかった」
西園寺「いいのか?」
龍一「ああ。小夜子さんのためにも、な?」
西園寺「すまない。ありがとう」
小夜子「あの、みなさん。わたしのために、どうもありがとう」
龍一「いいですって。よし、音楽スタート!」
隼人、ラジカセを操作。
音楽が始まる。
音楽に合わせてテケスタと西園寺が踊る。
ダンスが終わるタイミングで暗転。
暗転後、全員退場。