前場からの入れ替わりで舞台上後方が明るくなる。
シーンは再びテケスタの事務所。時刻は朝。
隼人、西園寺、小夜子が前場の終盤あたりで登場。
三人はソファに座っている。
隼人「小夜子ちゃん、もうちょっと待っててくださいね。今龍一が美味しい朝ご飯作ってますので」
小夜子「はい」
西園寺「おい、龍一とかいったか。あいつ料理なんてできるのか?」
隼人「そりゃもう、あいつの料理の腕はプロ級ですよ」
西園寺「意外だな」
小夜子「素敵」
隼人「さ、小夜子ちゃん、料理のできる男って素敵だと思います?」
小夜子「はい」
隼人「よーし、俺も今度龍一に料理教わろう!」
西園寺「それよりも小夜子様、夕べはよく眠れましたか? あんな狭くて小汚いお粗末な部屋で休ませて申し訳ありませんが」
隼人「悪かったね、お粗末で」
西園寺「小夜子様はまだいいさ。俺にあてがわれたあの部屋はなんだ! ありゃどう見ても物置だろ!」
隼人「仕方ないでしょ。ほかに部屋ないんだから。なんだ、もしかして小夜子ちゃんと同じ部屋がよかった?」
西園寺「な、なにをバカなこと言ってるんだ!」
隼人「あんた、硬派に見えて意外とスケベなんだな」
西園寺「貴様!」
小夜子「すけべ、とはどういう意味ですか?」
西園寺「小夜子様! そんな言葉覚える必要はありません!」
隼人「スケベっていうのはね、この西園寺さんみたいな人のことを言うんだよ」
西園寺「違う!」
小夜子「はあ。西園寺はすけべ、なんですか」
隼人「うんうん」
西園寺「小夜子様、誤解です!」
小夜子「わたしと同じ部屋で休んだらすけべ、なんですよね。でも西園寺、幼い頃はよく一緒に眠りましたよね?」
隼人「えっ! どういうことだ!」
西園寺「さ、小夜子様!」
隼人「被告人西園寺啓介。事情聴取を始める。おまえに黙秘権はない!」
西園寺「そんな横暴な」
龍一と史郎登場。
ふたりとも料理の乗ったトレイを持っている。
龍一「お待たせしました」
史郎「今日のメニューは龍一特製オムライスです!」
龍一と史郎、テーブルに料理を置く。
隼人「やけに早かったね」
史郎「それがさ、龍ちゃん目にも止まらぬ早さで料理してて」
隼人「ははーん」
龍一「なんだよ」
隼人「小夜子ちゃんの力は偉大だ」
小夜子「はい?」
龍一「いえ、なんでもないですよ。さあ、どうぞ召し上がれ」
おのおの食べ始める。
西園寺「ふむ。見た目は合格……味は……合格。やるな」
小夜子「はい! とても美味しいです」
龍一「それはよかった」
小夜子「あの、いつもみなさんでお食事を?」
龍一「そうですね。特に用事がない限りは。それがなにか?」
小夜子「いえ、羨ましいな、と思って」
史郎「羨ましい? でも真城家はたしか、プロの料理人が専属でいるんでしょ? 俺たち庶民からしたら、そっちのほうが羨ましいけど」
小夜子「料理はとっても美味しいです。ただ、ここ数年はひとりで食べることが多くて」
隼人「え? だってあんなに大きな屋敷じゃん。家族とかと一緒に食べないの?」
小夜子「今、真城家の人間はわたしと父しかいないんです。母はだいぶ前に亡くなっていますし、わたしには兄弟姉妹がいません。父は仕事が忙しくて、なかなか一緒に過ごすことができなくて。現在はスイスにいますし」
隼人「じゃあ、使用人の人たちと一緒に食事……することなんてないか。あの家、しきたりとか厳しそうだし」
西園寺「当然だ」
小夜子「わたしは別に構わないって言ってるのに」
西園寺「そういうわけには」
史郎「なんか大変だね。お金持ちって」
龍一「ちょっと寂しいな」
隼人「だから羨ましい……か。俺らにとって、みんなで食事するなんて当たり前のことだけどね」
龍一「そういえば、こうして全員で食事するのも久しぶりだな」
史郎「そうだね。最近はいろいろ忙しくて」
隼人「なんと今日は女の子もいるぞ!」
史郎「おお! 贅沢だ」
西園寺「俺もいるぞ」
隼人「野郎はいいや」
西園寺「なんだと」
小夜子「……ふふっ」
西園寺「小夜子様?」
小夜子「みなさん楽しそう。西園寺、あなたも」
西園寺「いえ、そんなことは」
小夜子「誰かと一緒に食事することがこんなに楽しいなんて、ずっと忘れていたわ……みなさんはいつもこんな楽しそうにお食事なさるのですか?」
龍一「まあ、俺らにとってはふつうですね」
隼人「そうそう。いつもはもっと騒がしいよ。女性がいるからって猫被ってるんだ、みんな」
小夜子「……ふふ」
隼人「ああっ、思い出した! 西園寺あんた、小さい頃小夜子ちゃんと一緒に寝てたってどいうことだ!」
史郎「な、な、なんだって!」
西園寺「わざわざ蒸し返すこともないだろ」
隼人「いーや。そうはいかない」
史郎「どういうことだ!」
西園寺「だからな、それは」
龍一「ふたりはそんな昔から付き合いが?」
史郎「つ、付き合ってるの?」
西園寺「誤解を招く言い方はよしてくれ。小夜子様とは主と使用人の関係以前に、幼なじみなんだ」
小夜子「はい。西園寺の家系は、代々真城家に仕えているんです」
西園寺「俺は生まれたときから真城家にいるんだよ。小夜子様とは年齢も近かったし、小さい頃は一緒に遊んださ。まあ、夜は一緒に寝たりもしたな」
史郎「いいなあ」
小夜子「懐かしい話です。もう何年も前の話」
隼人「質問! 小さい頃の小夜子ちゃんってどんな感じでした?」
西園寺「それはもう、信じられないほどかわいかった」
西園寺、胸元からロケットを取り出す。
史郎「なに? それに小さい頃の小夜子ちゃんが?」
西園寺「いやあ、目に入れても痛くないとはこういうことを言うんだろうな」
隼人「見たい!」
史郎「俺も!」
西園寺「嫌だ」
史郎「ケチ!」
佐倉登場。
事務所の様子を見て呆然とする。
佐倉「龍一くん。説明して」
龍一「えっと……朝食のメニューはオムライスです。佐倉さんも食べます?」
佐倉「あん?」
龍一「す、すみません」
佐倉「テケスタの三人。ちょっとそこに直りなさい」
テケスタの三人、佐倉の前に並ぶ。
龍一「あの」
佐倉「全員、正座!」
三人、正座する。
佐倉「いいわ。言い訳は聞いてあげるから、ちゃんと質問に答えなさい」
龍一「はい」
佐倉「どこの世界に、誘拐してきた被害者と一緒に、楽しそうに朝食を食べる加害者がいるのかしら?」
史郎「ここにいます!」
佐倉「そうね。きっとあなたたちが世界初でしょうね。こんなバカな真似するのは」
隼人「あの」
佐倉「黙りなさい!」
隼人「言い訳を」
佐倉「言い訳はいらないわ!」
隼人「さっきちゃんと聞くって」
佐倉「ターゲットに不必要な感情移入をしない。ほんとに、何度言ったらわかってくれるのかしら」
佐倉の携帯電話が鳴る。
佐倉「誰よこんな忙しいときに! (ディスプレイを見て)あっ、ちょっと外すわよ」
佐倉退場。
史郎「ああ、希美さん怒っちゃってるよ。完全に」
西園寺「おい、今のは誰だ」
龍一「佐倉希美さん。まあ、俺たちの上司みたいなものです」
西園寺「上司か。じゃあ文句を言ってきてやる」
龍一「ちょっと待ってください! 今は大人しくしててくださいよ」
西園寺「今まで黙ってきたけどな、おまえたちが小夜子様を誘拐したことについて、謝罪をしてもらってない」
龍一「それはそうですけど」
西園寺「真城家執事、そして小夜子様の世話役兼ボディーガードとして、俺は抗議する権利があるとは思わないか?」
龍一「……そう言われると」
西園寺「というわけだ。小夜子様、少々お待ちください」
龍一「だから待ってくださいって! 俺が話をつけてきますから、西園寺さんはここで待っててください。おまえたち、あとは頼む」
龍一退場。
西園寺「まったく。ほんとになんなんだ、おまえたちは」
小夜子「あの、テケスタって?」
史郎「俺たちのことだよ」
小夜子「テケスターズではないのですか?」
隼人「いや、あれは偽名というか」
史郎「今まで黙ってたけど、テケスターズって偽名にもなってないよね。しかもちょっとダサくない?」
隼人「あーあ、言っちゃったよ」
小夜子「そうなんですか。本当はテケスタさんっていうんですね」
史郎「テケスタさんか……はは」
隼人「史郎、佐倉さんは龍一に任せて、後片付けでもしてよう」
史郎「そうだね」
小夜子「わたしもお手伝いを」
隼人「小夜子ちゃんは座ってていいよ」
小夜子「でも」
西園寺「おいおまえ、食後のお茶でも入れろ」
史郎「俺が?」
隼人「ほら史郎」
西園寺「俺のぶんもな。早くしろ」
史郎「……なんか釈然としないな」
暗転。
入れ替わり舞台上前方が明転。
佐倉登場。
通話中。
龍一が登場し、物陰から様子を窺ってる。
佐倉「どういうこと? ――え、そんな! 止められないの? ――ちょっと、東郷さん! ――笑い事じゃないでしょ! ああ、ちょっと待って!」
佐倉携帯をしまう。
龍一「佐倉さん」
佐倉「龍一くん? どうしたの」
龍一「ちょっと話が。その前に、今の電話、東郷さんからですか?」
佐倉「ええ」
龍一「なんかあったんですか?」
佐倉「ちょっと困ったことになりそうよ……それよりも、なんか用?」
龍一「言い訳をしに来ました」
佐倉「あのねえ」
龍一「小夜子さんは素敵な人です。金持ちの屋敷という温室育ちのはずなのに、他人を見下したり、なめたりするところがまったくありません」
佐倉「事前の調査でもターゲットの人柄は報告を受けているわ。あなたの言うとおり優しくて、嫌われたりするタイプではないようね。屋敷の人間にも好かれているみたい」
龍一「そんな彼女が、自分の意志とは無関係のところで大人の事情に振り回されているんですよ」
佐倉「それは仕方のないことだわ」
龍一「小夜子さんはもう今までの暮らしを失うわけですよね。理不尽だとは思いませんか?」
佐倉「だからそれは」
龍一「俺たちはそんな小夜子さんに……まあ、同情したんです。すみません」
佐倉「龍一くん」
龍一「だからせめて、彼女と別れるその日までは、小夜子さんに悲しかったり寂しい思いをさせたくないんです。ほんとまとまりのない俺たちテケスタですが、その気持ちだけは一致してます」
佐倉「それがあなたたちテケスタの総意ってことね」
龍一「はい」
佐倉「龍一くんは、それが理屈の上では間違っているってわかるわよね」
龍一「もちろん。俺たちはスパイチームですから」
佐倉「それなのに」
龍一「でも、現状はそもそも人として間違っている。だいたいですね、隼人は史郎には、小難しい理屈なんて通じませんよ」
佐倉「それはあなたが説得するところでしょ!」
龍一「俺はテケスタのリーダーです。仲間たちの気持ちや意見をまとめる役目。だから、あいつらの意に反するようなことはしたくないんです。たとえ上の意向に背いているとしても」
佐倉「龍一くん!」
龍一「納得できないような理屈や論理だけで動きたくはない! そんな個性のないロボットのようなことするんだったら、俺たちテケスタはいらない!」
佐倉「それは甘えよ!」
龍一「甘えでも結構です。それでも俺はテケスタとしての個性と誇りを尊重したい!」
佐倉「龍一くん」
龍一「今回は俺たちのせいで佐倉さんの手を煩わせました。それはこのとおり謝ります。ですけど、小夜子さんの件についてはもう見守ってくれませんか」
佐倉「(しばらく考えて)……わかった」
龍一「佐倉さん?」
佐倉「あなたたちの気持ちはわかった。感情移入がどうとか、どちらにしてももう手遅れのようだからもう言わないわ。好きにしてちょうだい」
龍一「佐倉さん!」
佐倉「でもね」
龍一「なにか?」
佐倉「さっき言ったでしょ。ちょっと困ったことになりそうだって」
龍一「東郷さんからの電話ですか? いったいなにが」
佐倉「真城家の人工知能ハルが、スイスにいる真城秋彦と連絡を取ったらしいの」
龍一「真城秋彦って、小夜子さんの父親?」
佐倉「そう。現真城家当主にして、日本でも有数の権力者。うちのボスですらうかつには手を出せない相当な実力者よ」
龍一「それがなにか?」
佐倉「ハルが彼に真城小夜子誘拐の件を報告しちゃったらしいの」
龍一「そんな」
佐倉「今回の作戦が全部終了するまで真城秋彦に知られないよう、水面下でいろいろ工作してたのよ。連絡手段を妨害したりしてね。日本とスイスでは連絡手段が限られてるから」
龍一「なるほど。小夜子さんの証人保護プログラムが完了するまで、真城秋彦には手出しをさせないって魂胆ですか。ボスが警戒するぐらいの人物に、途中で気づかれたら大変ですものね。しかも、娘を溺愛してるっていうのならなおさら」
佐倉「そう。でも、どうやらハルが妨害を突破して、連絡つけたらしいの」
龍一「そんなことが可能なんですか?」
佐倉「どうやらハルは、わたしたちが思っている以上に高度な人工知能のようね」
龍一 「昨日、史郎が言ってました。ハルはノーベル賞級の大発明だって」
佐倉「史郎くんが?」
龍一「ええ。夕べ寝る前に小夜子さんや西園寺とハルについて話してましたから。楽しそうに」
佐倉「楽しそうにって……ああ、もう言わないんだった」
龍一「それで、真城秋彦はどう動くんでしょう」
佐倉「そこまでは東郷さんにもわからなかったみたいよ」
龍一「厄介ですね」
佐倉「ええ。ただたしかなのは、近いうちに必ず動くだろうって東郷さんが言ってた」
そのとき、ガラスの割れる音がする。
龍一「なんだ?」
佐倉「事務所のほう?」
龍一と佐倉、走って退場。
舞台上前面の照明が暗くなり、入れ替わり舞台上後方に照明が照らされる。
覆面三人組が登場する。
隼人、史郎のふたりはその場に気を失って倒れてる。
小夜子も気を失い、覆面のひとりに抱きかかえられている。
西園寺は覆面のひとりに拳銃を突きつけられている。
西園寺「だ、誰だおまえたちは!」
覆面1「黙れ」
西園寺「おい、小夜子様をどうするつもりだ!」
覆面2「この人は返してもらう」
西園寺「なんだと」
覆面1「西園寺啓介。おまえはクビだ」
西園寺「ま、まさかおまえたち」
龍一と佐倉登場。
龍一「おい!」
覆面3「動くな!」
覆面3、龍一に銃を向ける。
龍一「おまえら、誰だ!」
覆面1「黙れ。それ以上動いたら引き金を引く」
覆面たち、ゆっくりと出口のほうへ移動する。
龍一と佐倉は身動きを取れない。
やがて覆面たちが順に退場。小夜子は連れて行かれる。
龍一「待て! ……くそ……みんな、大丈夫か!」
佐倉「どういうことだ」
龍一「おいおまえら! 無事か!」
龍一と佐倉、気を失っているふたりを順に起こしていく。
龍一「なにがあった?」
隼人「……急にガラスが割れて……なにか投げ込まれて……うう……頭くらくらする」
龍一、地面に転がっていたものを拾う。
龍一「催涙弾?」
史郎「ねえ、小夜子ちゃんは? なにがあったの?」
龍一「……連れて行かれたよ」
史郎「そんな!」
龍一「待て! もう間に合わない!」
史郎「でも!」
龍一「落ち着け史郎。冷静になれ。西園寺さん、怪我は?」
西園寺、黙っている。
龍一「とりあえず無事なようだな」
隼人「ねえ、小夜子ちゃん連れて行かれたって、誰に?」
龍一「わからない」
佐倉「西園寺啓介さん。あなた、なにか知ってるんじゃない」
西園寺「あいつらはきっと……いや、絶対真城家の手の者だ」
史郎「ちょっと待ってよ。なんで真城家はここに小夜子ちゃんがいるって知ってるの?」
龍一「でも、もし真城家の刺客だったとしたら、小夜子さんに危害を加えることはないだろ」
隼人「そうだけどさ」
テーブルの上に置かれていた史郎のノートパソコンから音が鳴る。
史郎「僕のパソコン? なんだ(パソコンを開く)。……音声着信? も、もしもし?」
ハル「やあ」
西園寺がハルの声だと気づき、声を出そうとするが、佐倉に口をふさがれる。
史郎「だ、誰?」
ハル「小夜子様は返してもらったよ」
龍一「真城家の人間か!」
ハル「ひとつ間違っている。たしかにボクは真城家に関係している存在だけど、人間ではない」
史郎「まさか……AIのハル?」
ハル「ご名答」
史郎「ど、どうしてこのパソコンのIPアドレスを知ってるの?」
ハル「ボクにクラッキングした端末の痕跡をたどっていったら、そのパソコンに行き着いただけさ」
史郎「そんな! 追跡できないように痕跡消して、その上何十にもプロテクトかけたのに!」
ハル「うん。おかげさまで苦労したよ。しかし見事なプロテクトだったのは敵ながらあっぱれだ」
龍一「俺たちがいるこの場所も、似たような方法で割り出したのか?」
ハル「まあね。現代の情報はほとんどがネットワークで共有されている。こちらも巧みにカモフラージュされてたけどね、ボクの前では大した問題ではなかった」
史郎「そんな。自信あったのに」
隼人「史郎のコンピューター技術を上回ってるってこと? 人工知能ってすごいな」
ハル「褒め言葉として受け取っておこう」
龍一「おまえの目的はなんだ? なんでわざわざ連絡してきた?」
ハル「最初に言ったとおりだ。小夜子様は返してもらった。それだけだ」
龍一「それだけか?」
ハル「それとボクの推測が正しければ、その場に西園寺もいるはずだ」
西園寺「(佐倉を振り払って)ハル!」
ハル「やあ。久しぶり。西園寺」
西園寺「これはどういうことだ? さっきの連中は真城家の関係者だろ!」
ハル「そのとおりだ。しかしこれ以上、君に話すこともない」
西園寺「なんだと」
ハル「さっきの連中が伝えてなかったかい? 君はもうクビだ」
西園寺「なぜだ!」
ハル「小夜子を守れないような人間はいらない。秋彦様の言葉だ」
西園寺「あ……秋彦様?」
ハル「そう。どうやらネットワーク通信がいろいろ妨害されていたようだけどね。なんとかスイスにいる秋彦様と連絡を取って、今回の出来事を伝えて指示を仰いだ」
西園寺「そんな」
ハル「君たちがどうして小夜子様をさらったのか、理由は聞かない。小夜子様が戻ってきたから、もうどうでもいいんだ。ただし、ここからは取り引きになる」
佐倉「取り引きですって?」
ハル「今後いっさい、真城家には近づかないでくれ。それさえ約束してもらえば、小夜子様を誘拐したことはきれいさっぱり水に流そう。もちろん警察沙汰にもしない」
龍一「なにもなかったことにするのか?」
ハル「そういうことだ。君たちも、小夜子様のことは忘れてくれ」
史郎「そんな!」
ハル「西園寺、もちろん君も同じだ」
西園寺「ハル!」
龍一「落ち着いて。あちらの言ってることのほうが正論だ。この場合、どう考えても俺たちは分が悪い」
ハル「理解のある人がいて助かるよ。それでは通信を終了する。もう二度と相まみえることはないだろう」
史郎「あ、もしもし! ……だめだ、通信切られた」
隼人「これって……任務失敗?」
龍一「佐倉さん」
佐倉「まさか、こんな動きが早かったなんて……うかつだった」
龍一「ハルだけじゃなくて、真城秋彦も想像以上に手強い」
佐倉「あなたたち、いったん解散して」
龍一「小夜子さんは?」
史郎「そうだよ! 小夜子ちゃんはどうなるのさ!」
佐倉「ちゃんと考えるから! あなたたちはいったん頭を冷やしなさい!」
佐倉退場。
龍一「佐倉さんの言うとおりだ。隼人と史郎はいったん帰ってくれ」
史郎「でも!」
隼人「史郎、行くよ」
隼人と史郎退場。
龍一、無言のままソファに座る。
西園寺も黙っている。
徐々に暗転していく。
龍一の携帯が鳴る。
龍一「……東郷さん?」
暗転。
龍一と西園寺退場。