入れ替わり舞台上後方が明転。
テケスタの事務所。
西園寺が板付きの状態。
ぐったりした様子でソファに座っている。
史郎登場。
史郎「……あれ、龍ちゃんたちは?」
西園寺「……あいつなら誰かに呼び出されてたぞ」
史郎「誰だろ……っていうか、この人ひとり置いてっていいのかな」
西園寺「真城家はクビになった。俺にはもう帰る場所がないんだから、ほっといたところでなんにも変わらない」
史郎「そ、それは」
西園寺「これからどうすれば……小夜子様」
史郎「ほかに行くところないの?」
西園寺「ああ。生まれたときから真城家にいるって言っただろ」
史郎「そうか……うーん」
西園寺「あんたが考えても仕方ない」
史郎「でもさあ、なんかいろいろ俺たちのような気がして」
西園寺「おまえらのせいだ!」
史郎「だから考えてるんじゃないか!」
西園寺「もういい。ほっといてくれ」
史郎「あっ! そうだ、このままテケスタに入るってのはどう?」
西園寺「俺が?」
史郎「うん! あんた強いし、頭もよさそうだし」
西園寺「俺にスパイになれと」
史郎「そうそう」
西園寺「ふざけるのもいい加減にしろ」
史郎「なんだよ。人がせっかく心配してあげてるのに」
西園寺「小夜子様……申し訳ありません……小夜子様」
史郎「誰か帰ってきてよ……ひとりじゃ大変だよ」
西園寺「小夜子様……!」
史郎「……ねえあんた、小夜子ちゃんに会いたい?」
西園寺「あ、当たり前だろ!」
史郎「じゃあ、会いに行こうか」
西園寺「……は?」
舞台上の後方、暗転。
史郎と西園寺退場。
入れ替わり舞台上前面が照明で照らされる。
佐倉登場。
彼女がしばらくうろうろしているところに東郷登場。
佐倉「東郷さん! もう、こんなところに呼び出してなんですか! 屋敷のほうは大丈夫なんですか?」
東郷「安心しろ。ちゃんと外出許可取ってあるよ」
佐倉「あなたと藤枝くんの正体は、バレてないわよね?」
東郷「希美ちゃん、いったいどこのバカ三人組と一緒にしてるんだ?」
佐倉「ご、ごめんなさい。……それで、真城小夜子は?」
東郷「俺が屋敷を出るのと入れ替わりで戻ってきてたな」
佐倉「そう」
東郷「だがな、辰巳からの情報だ。状況は芳しくねえな」
佐倉「どういうこと?」
東郷「お嬢さんが屋敷のどこに行ったと思う?」
佐倉「どこって……自分の部屋じゃないの?」
東郷「違う。地下だ」
佐倉「地下?」
東郷「そうだ。あの屋敷の、地下のやたら深くに妙な部屋があるのはあんたも知ってるだろ」
佐倉「たしか、シェルターだったわよね。核爆発にも耐えられるっていう強固な造りの。調査段階で手に入れた屋敷の見取り図にもあったわ」
東郷「そうだ。まったく、アメリカならともかく日本でそんなもの造ってるんじゃねえよな。金持ちってのはこれだから」
佐倉「でも、どうしてそんなところに」
東郷「今後お嬢さんは、そこに閉じ込められて生活するそうだ」
佐倉「閉じ込める?」
東郷「ああ。詳しくは知らんが、父親の真城秋彦は娘を溺愛してるんだろ? そこで今回の誘拐騒ぎだ」
佐倉「それなら結婚は」
東郷「さすがに中止にはしないだろ。綾瀬グループの御曹司様にも面子ってもんがあるだろうからな」
佐倉「ちょっと待って。それだと」
東郷「あんたならわかるだろ。それは依頼人の要求に応えてない」
佐倉「そうね……でも、どうすれば」
東郷「簡単だろ」
東郷、拳銃を取り出す。
佐倉「まさか」
東郷「そのまさかだ」
佐倉「小夜子さんを殺すつもり!?」
東郷「もうそれしかねえ。本人が死ねば、結婚どころの話じゃねえからな。誘拐なんかまどろっこしいことせず、最初からこうすれば手っ取り早かったんだよ」
佐倉「そんな、依頼人は小夜子さんを殺してくれとは言わなかったわ! 彼女は証人保護プログラムと同じ処置をされて、真城家とは縁もゆかりもない別人として暮らすの!」
東郷「罪のない可憐な少女を殺すのはさすがに気が引けたんだろうよ、依頼人も。そこには一抹の良心を感じるなあ。だったら綾瀬グループの御曹司のほうを殺ればいいのに。しかし、それができない立場にいるんだろうな、今回の依頼人は」
佐倉「……依頼人は、綾瀬グループの関係者だって言いたいの?」
東郷「さあ? 希美ちゃんだって詳しく聞かされてないんだろ? 俺が知るわけねえ」
佐倉「そんな、綾瀬グループの関係者が、どうして今回の結婚に反対なの?」
東郷「希美ちゃん、大人の世界は一枚岩じゃねえんだよ。いろいろな人間の思惑が絡み合う。そんなのあんただってもう知ってるはずだぜ。どこぞのお嬢様じゃねんだから」
佐倉「でも殺すなんて!」
東郷「依頼人には事後報告でいいだろ。作戦の都合上、真城小夜子は死ぬはめになりました。ちゃんちゃん」
佐倉「ふざけないで!」
東郷「じゃあどうしろって言うんだ?」
佐倉「それは……今から考えるから」
東郷「もう手遅れじゃねえのか? ターゲットのお嬢さんは地下に閉じ込められた。また誘拐するとしても、かなり警備は厳重みたいだぜ」
佐倉「そ、それは……でも、それならどうやって殺すのよ?」
東郷「(銃を見せて)たしかにこいつは使えねえな。だが、辰巳ならどうだ?」
佐倉「藤枝くん……まさか、毒?」
東郷「話が早くて助かるぜ」
佐倉「毒殺しようって言うの?」
東郷「地下なら立派な空調設備もあるだろ。空気の流れに毒を混入させて地下室まで運ぶ。食事に混入させるって手もあるな」
佐倉「そんなことしたら警察沙汰になるわよ!」
東郷「辰巳なら心臓発作で死んだように見せかける毒くらい、作れるんじゃないか。自然死なら警察も動かねえ」
佐倉「ちょっと待って! そんな……小夜子さんを殺すなんてことしたら、テケスタになんて説明したらいいのよ!」
東郷「あいつらのことなんかもういいだろ。そもそも今回の結末は、あいつらの失敗が原因だ。さすがの俺も、真城家に居場所を突き止められるなんて思ってもなかったぜ」
佐倉「そ、それは」
東郷「あいつらが今でも真城小夜子をかくまっていたら、そのうち無事に証人保護プログラムが発動して、ターゲットは別の人生を歩んでいただろうよ。けど、そうじゃねえ。種をまいたのはテケスタだ」
佐倉「もういいわ! あなたは命令があるまで大人しくしてて!」
佐倉走って退場。
東郷「辰巳、もういいぞ」
辰巳登場。
藤枝「いいんすか、このまま希美ちゃん行かせちゃって」
東郷「いいんだよ」
藤枝「もしかしたらテケスタに伝えるかもしれないっすよ」
東郷「それがどうした」
藤枝「面倒なことになるんじゃないかと」
東郷「もう十分面倒だろ」
藤枝「そりゃまあ、たしかに」
東郷「黙って見てろ。きっとおもしろいことになるから」
東郷退場。
藤枝「東郷さん、なんであんな余裕あんだろ? ……ま、いいか。俺にはわかんねえし」
藤枝退場。
舞台上前面、暗転。