第三幕 第二場

 入れ替わり舞台上後方が明転。
 テケスタの事務所。
 西園寺が板付きの状態。
 ぐったりした様子でソファに座っている。
 史郎登場。

史郎「……あれ、龍ちゃんたちは?」

西園寺「……あいつなら誰かに呼び出されてたぞ」

史郎「誰だろ……っていうか、この人ひとり置いてっていいのかな」

西園寺「真城家はクビになった。俺にはもう帰る場所がないんだから、ほっといたところでなんにも変わらない」

史郎「そ、それは」

西園寺「これからどうすれば……小夜子様」

史郎「ほかに行くところないの?」

西園寺「ああ。生まれたときから真城家にいるって言っただろ」

史郎「そうか……うーん」

西園寺「あんたが考えても仕方ない」

史郎「でもさあ、なんかいろいろ俺たちのような気がして」

西園寺「おまえらのせいだ!」

史郎「だから考えてるんじゃないか!」

西園寺「もういい。ほっといてくれ」

史郎「あっ! そうだ、このままテケスタに入るってのはどう?」

西園寺「俺が?」

史郎「うん! あんた強いし、頭もよさそうだし」

西園寺「俺にスパイになれと」

史郎「そうそう」

西園寺「ふざけるのもいい加減にしろ」

史郎「なんだよ。人がせっかく心配してあげてるのに」

西園寺「小夜子様……申し訳ありません……小夜子様」

史郎「誰か帰ってきてよ……ひとりじゃ大変だよ」

西園寺「小夜子様……!」

史郎「……ねえあんた、小夜子ちゃんに会いたい?」

西園寺「あ、当たり前だろ!」

史郎「じゃあ、会いに行こうか」

西園寺「……は?」

 舞台上の後方、暗転。
 史郎と西園寺退場。
 入れ替わり舞台上前面が照明で照らされる。
 佐倉登場。
 彼女がしばらくうろうろしているところに東郷登場。

佐倉「東郷さん! もう、こんなところに呼び出してなんですか! 屋敷のほうは大丈夫なんですか?」

東郷「安心しろ。ちゃんと外出許可取ってあるよ」

佐倉「あなたと藤枝くんの正体は、バレてないわよね?」

東郷「希美ちゃん、いったいどこのバカ三人組と一緒にしてるんだ?」

佐倉「ご、ごめんなさい。……それで、真城小夜子は?」

東郷「俺が屋敷を出るのと入れ替わりで戻ってきてたな」

佐倉「そう」

東郷「だがな、辰巳からの情報だ。状況は芳しくねえな」

佐倉「どういうこと?」

東郷「お嬢さんが屋敷のどこに行ったと思う?」

佐倉「どこって……自分の部屋じゃないの?」

東郷「違う。地下だ」

佐倉「地下?」

東郷「そうだ。あの屋敷の、地下のやたら深くに妙な部屋があるのはあんたも知ってるだろ」

佐倉「たしか、シェルターだったわよね。核爆発にも耐えられるっていう強固な造りの。調査段階で手に入れた屋敷の見取り図にもあったわ」

東郷「そうだ。まったく、アメリカならともかく日本でそんなもの造ってるんじゃねえよな。金持ちってのはこれだから」

佐倉「でも、どうしてそんなところに」

東郷「今後お嬢さんは、そこに閉じ込められて生活するそうだ」

佐倉「閉じ込める?」

東郷「ああ。詳しくは知らんが、父親の真城秋彦は娘を溺愛してるんだろ? そこで今回の誘拐騒ぎだ」

佐倉「それなら結婚は」

東郷「さすがに中止にはしないだろ。綾瀬グループの御曹司様にも面子ってもんがあるだろうからな」

佐倉「ちょっと待って。それだと」

東郷「あんたならわかるだろ。それは依頼人の要求に応えてない」

佐倉「そうね……でも、どうすれば」

東郷「簡単だろ」

 東郷、拳銃を取り出す。

佐倉「まさか」

東郷「そのまさかだ」

佐倉「小夜子さんを殺すつもり!?」

東郷「もうそれしかねえ。本人が死ねば、結婚どころの話じゃねえからな。誘拐なんかまどろっこしいことせず、最初からこうすれば手っ取り早かったんだよ」

佐倉「そんな、依頼人は小夜子さんを殺してくれとは言わなかったわ! 彼女は証人保護プログラムと同じ処置をされて、真城家とは縁もゆかりもない別人として暮らすの!」

東郷「罪のない可憐な少女を殺すのはさすがに気が引けたんだろうよ、依頼人も。そこには一抹の良心を感じるなあ。だったら綾瀬グループの御曹司のほうを殺ればいいのに。しかし、それができない立場にいるんだろうな、今回の依頼人は」

佐倉「……依頼人は、綾瀬グループの関係者だって言いたいの?」

東郷「さあ? 希美ちゃんだって詳しく聞かされてないんだろ? 俺が知るわけねえ」

佐倉「そんな、綾瀬グループの関係者が、どうして今回の結婚に反対なの?」

東郷「希美ちゃん、大人の世界は一枚岩じゃねえんだよ。いろいろな人間の思惑が絡み合う。そんなのあんただってもう知ってるはずだぜ。どこぞのお嬢様じゃねんだから」

佐倉「でも殺すなんて!」

東郷「依頼人には事後報告でいいだろ。作戦の都合上、真城小夜子は死ぬはめになりました。ちゃんちゃん」

佐倉「ふざけないで!」

東郷「じゃあどうしろって言うんだ?」

佐倉「それは……今から考えるから」

東郷「もう手遅れじゃねえのか? ターゲットのお嬢さんは地下に閉じ込められた。また誘拐するとしても、かなり警備は厳重みたいだぜ」

佐倉「そ、それは……でも、それならどうやって殺すのよ?」

東郷「(銃を見せて)たしかにこいつは使えねえな。だが、辰巳ならどうだ?」

佐倉「藤枝くん……まさか、毒?」

東郷「話が早くて助かるぜ」

佐倉「毒殺しようって言うの?」

東郷「地下なら立派な空調設備もあるだろ。空気の流れに毒を混入させて地下室まで運ぶ。食事に混入させるって手もあるな」

佐倉「そんなことしたら警察沙汰になるわよ!」

東郷「辰巳なら心臓発作で死んだように見せかける毒くらい、作れるんじゃないか。自然死なら警察も動かねえ」

佐倉「ちょっと待って! そんな……小夜子さんを殺すなんてことしたら、テケスタになんて説明したらいいのよ!」

東郷「あいつらのことなんかもういいだろ。そもそも今回の結末は、あいつらの失敗が原因だ。さすがの俺も、真城家に居場所を突き止められるなんて思ってもなかったぜ」

佐倉「そ、それは」

東郷「あいつらが今でも真城小夜子をかくまっていたら、そのうち無事に証人保護プログラムが発動して、ターゲットは別の人生を歩んでいただろうよ。けど、そうじゃねえ。種をまいたのはテケスタだ」

佐倉「もういいわ! あなたは命令があるまで大人しくしてて!」

 佐倉走って退場。

東郷「辰巳、もういいぞ」

 辰巳登場。

藤枝「いいんすか、このまま希美ちゃん行かせちゃって」

東郷「いいんだよ」

藤枝「もしかしたらテケスタに伝えるかもしれないっすよ」

東郷「それがどうした」

藤枝「面倒なことになるんじゃないかと」

東郷「もう十分面倒だろ」

藤枝「そりゃまあ、たしかに」

東郷「黙って見てろ。きっとおもしろいことになるから」

 東郷退場。

藤枝「東郷さん、なんであんな余裕あんだろ? ……ま、いいか。俺にはわかんねえし」  

 藤枝退場。
 舞台上前面、暗転。


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