血塗られた短剣が、暖炉に灯った炎の揺らめきを反射させていた。
ふと、何気なく部屋の中を見渡している自分が、アンティーク調の古ぼけた姿見に映り込む。
鏡に映し出された自分。
血塗られているのは、握っている短剣だけではなかった。
一糸まとわぬ自分の全身も、鮮血で染められている。まだ生温かい血。しかし、これが自分の血でないことは明白だった。自分はまったく怪我をしてない。
「――ほう。よくやった」
声のするほうを向くと、まるで場違いな姿をした女性が立っていた。
濃い紫色と白を基調とした、忍び装束のような服装。腰に携えられているのは長い日本刀だ。装束の色とどこか調和するすみれ色の長髪は、後頭部で結わえられていた。
彼女は微笑みをたたえて、こちらを見つめていた。笑っているのに、鋭い眼光は氷点下のように冷たいのが印象的だ。
部屋は中世ヨーロッパの貴族が住むような洋館を髣髴とさせる、瀟洒な内装と調度品によって統一されている。そんな中で、両開きの大きなドアの前に立ついかにも和風な彼女は、異質以外のなにものでもなかった。
「霞……さん?」
「おまえは目的を達成した。もっと喜べ」
彼女――海堂霞が、あごでなにかを指した。
「……もく……てき……?」
自分の足もとに人が転がっていた。もっと正確には、数分前までは生きていた、人間の死体。高価なシルクのバスローブに身を包んだ三十代半ばの男性だった。
頚動脈から大量の血を垂れ流し、絨毯の上に作った自身の血の海の中で仰向けになっている。大きく開かれた目と口。生気を失ったその表情に張り付いているのは、恐怖と驚愕。
「見事だな。……ふふっ、おまえにはやはりこっちの素質がある」
この瞬間、その事実に――
「あ……あ、あぁ……っ!」
心の中に、醜くて真っ黒な怪物が生まれた。
――いや、この表現は間違っているかもしれない。もともと自分の中に存在していた怪物が、いま目を覚ました――が正しいか。
「わたしについて来い」
「……ぇ?」
「弱い自分が嫌いなんだろ? なら、誰も敵わないほど強くなればいい。おまえの中にいる怪物を、わたしが育ててやる。……心配するな。もう種は発芽した」
見透かすような瞳で、彼女は言った。
海堂霞の悪魔のように大胆で、天使のように美しい表情は、生涯忘れられないと思った。
霞の背後から、黒煙が流れ込んでくる。それに混ざるように、かすかな悲鳴も耳に届いた。
――ああ、そうだ。
この日、この家はあらゆる意味で終焉を迎えた。
地獄のような檻の中から脱出することができた。
けど、自由とはほど遠い別の檻に移っただけと気づいたのは、だいぶ経ってからだった。