Catastrophe 14

 夜空は月明かりに照らされ、青白い輝きを放っていた。
 体育館の外でひとり、そんな空を見上げているセイラ。冷たい風が銀髪をなびかせている。
 雄大で神秘的な夜空とは、こんなにもきれいだったのか――そんな感傷にも似たことを、さっきからずっと考えている。そしてこの美しさを、光太や真奈海の家族、ほかの犠牲者たちは永遠に感じることができないんだ、と。
 足音が近づいてきた。
 
「セイラ、ここにいたの」
「詩桜里……」
「風邪引くわよ。……ああ、寒いわね」
 
 コート姿の詩桜里は、震えながら襟を正した。
 
「セイラ……その、豊崎さんは?」
「泣き疲れて眠ってるよ。紗綾を腕に抱いてな」
「そう。……ねえあの子、前にうちの実家に遊びに来てた子よね?」
「そんなこともあったな」
 
 去年の1学期。期末テスト前にセイラと真奈海は、勉強会を開くために紗夜華の実家に行った。途中で詩桜里が帰ってきて、談笑に花を咲かせた記憶はまだ新しい。
 詩桜里は真奈海の屈託のない華やかな笑顔がずっと印象に残っていた。妹である紗夜華にも、同居人であるセイラにも、素敵な友達ができてよかった、と。
 しかしそのときの真奈海と、屋上で絶望に打ちひしがれた真奈海の姿が、どうしても重ならない。
 
「真奈海には紗夜華たちがついている。もうあんな馬鹿な真似はしないだろう。おまえの妹には感謝してるよ。まあ、わたしが感謝するのもおかしいが」
「紗夜華もいつの間にか変わったわね。もともと優しい子だったけど、それを表に出すのは苦手だったのよ。紗夜華が成長しているのを見られて、わたしは嬉しい」
「それ、本人に直接言ったらどうだ?」
「それが恥ずかしいから、あなたに言ってるの!」
「だそうだぞ、紗夜華」
 
 驚いた詩桜里が振り返った先に、紗夜華が立っていた。
 
「ちょっ!? 紗夜華、いつからそこに!」
「『紗夜華もいつの間にか変わったわね』のあたりから……お姉ちゃん、恥ずかしいからやめて。もう遅いけど」
 
 照れくさそうにもじもじしている紗夜華を、セイラははじめて見た。
 
「セイラ! あんた気づいていたんでしょ! どうして言わないのよ!」
「おもしろいかと思って」
「またあんたはそうやって……って、ちょっと待って!?」
 
 いまの状況はまずい。セイラと詩桜里の関係は、紗夜華には内緒だった。しかし、もうそれを誤魔化しきれないレベルの会話を繰り広げている。
 
「お姉ちゃんとセイラは知り合いだったの? ……なんか、薄々そうじゃないかって感じてたけど」
「年貢の納め時、というやつだな。この際だから、もう話したらどうだ?」
「簡単に言わないでよ。規則に抵触するんだけど」
「始末書ですむレベルの話だろう」
「始末書書くの、どうせわたしなんでしょう!? ……ああ、もういいわ」
 
 詩桜里は語った。セイラがICISの捜査官であること。自分と同居中であること。学園でこれを知っているのは、柊緋芽子――自分たちの母親と、惺だけであること。セイラがどうして創樹院学園に編入したのかはうまく伏せた。
 
「そう――だったんだ」
 
 驚きはしているが、どちらかといえば腑に落ちたという感じの紗夜華。
 
「セイラがただ者じゃないとは思ってたけど、まさかお姉ちゃんと同じだったなんて」
「黙っていてすまない」
「いいわよ、別に。気にしてないから。……あら? ということは、前に真奈海と一緒にうちに遊びに来たときにはもう……?」
「あのときの詩桜里は見ものだったな。いまの情報を踏まえた上で、当時の詩桜里の心情を察してやるといい。笑えるだろ?」
「……ええ、笑える。ふふ」
「笑わないでよ。わたしがどれだけ苦労したのか……」
 
 がっくりとうなだれる詩桜里を、セイラと紗夜華は微笑ましい気持ちで見つめた。
 
「そろそろ戻るか。このままだと本当に風邪を引きそうだ」
「そうね」
「あ、待って。セイラにまだ話が――」
 
 仕事の話だと、セイラは直感した。
 
「じゃあ、わたしは先に戻るわね。おやすみなさい」
 
 紗夜華が去っていく。
 
「紗夜華は気が利くな。誰かさんとは大違いだ」
「ふん。誰かさんが誰、とは訊かないからね」
「前から薄々感じていたが、紗夜華は将来、『男を泣かす』タイプになるな。ちなみに誰かさんは現在進行形で『男に泣かされる』タイプだ」
「誰かさんって誰!?」
「雑談はもういい。なんだ、話って」
 
 沸騰した詩桜里も一瞬。すぐに頭を切り換えた。
 
「本部から連絡があったの」
「電話が通じたのか?」
 
 通話が復旧したという話はまだ聞いてない。星蹟島のみならず、地震の影響が強い地域の通信設備は壊滅したままだった。
 
「ICIS独自の回線を構築したそうよ。そうそう、リスティと雨龍捜査官は無事だって伝えられた」
「そうか。で?」
「ある案件に政府が動いている」
「怪物騒ぎの話か」
「ええ。あなたも聞いたんでしょ? 島の北東部の話」
 
 昨日、避難民から聞いた話を思い出す。
 
「今日になってぱったりと情報が途絶えたな。急に不自然だとは思ったが、それが?」
「政府が情報統制しているみたい。ICISにもなぜかその手の情報が上がってこないの。どうもきな臭いのよね」
 
 ICISは独自の権利を有する国際機関だ。日本の警察の上位組織ではあるが、政府とは管轄が離れている。
 
「わかった。わたしが直接様子を見に行こう」
「自分から伝えといてあれだけど、いいの? 間違いなく危険よ」
「わたしの給料は、こういうときのために支給されているんだ」 
「……わかった。まあ、そう言うと思ったから、これを用意したんだけど」
 
 詩桜里がポケットから小さな物を取り出す。自動車のスマートキーだった。
 
「地下の駐車場に母の車があるわ。動かせるみたい。道路の状況があれだけど、乗れるところまでは乗っていきなさい」
「使っていいのか? 無事に返せる保証はないぞ」
 
 緋芽子が詩桜里と同じく車好きなのは、セイラも知っていた。
 
「そこはほら、非常事態だし。母も半分あきらめていたから」
 
 そういうことなら遠慮はしないと、セイラはスマートキーを受けとった。


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