明朝早くには、惺たちは星蹟グランブリッジの裾までたどり着いていた。空が白み始めた頃、3人は車を降りる。
車で橋を渡れば話は早いが、そう簡単にはいかない。黒月夜のアジトが星蹟島にあると判明した以上、安直には進めなかった。
大地震から1ヶ月が経過し、星蹟島はもう完全にゴーストタウンと化していた。そこにのんきに車で侵入して、警戒されないと断言するほど楽観視する者はいない。
星蹟グランブリッジの裾にある建造物に向けて、3人は階段を降りていく。
やがて鉄製の頑丈な扉を前に立ち止まった。
「ここが入り口?」
惺が訊いた。
「ああ。ちょっと待ってろ。いま開ける」
スマートフォンを取り出したセイラはそこからケーブルを伸ばし、扉の横にある端末につなぐ。端末の電源は生きていた。
「しかし、管理用の海底トンネルなんて無事なのか? あの地震、世界規模で見てもここ100年でもっとも大きかったらしいじゃないか」
と、レイジ。
「誤解されやすいが、実は海底の構造物のほうが地震には強いんだ。正確には海底の岩盤の下、要するに地中だな。とてつもない重量から常に守られているから頑丈そのもの。そして、トンネルの建造主は世界に名だたる天宮建設。同じ親を持つ星蹟グランブリッジを見ろ。あの大地震でもびくともしてない。日本が誇る建造技術だな」
セイラは星蹟グランブリッジを見上げた。追うように、惺とレイジも見上げる。
日本最大の複合企業、天宮グループ。アマミヤ自動車と並び、グループの大黒柱となっている天宮建設の技術力は、世界最高レベルと称されていた。
セイラがスマートフォンを操作すると、すぐに扉のロックが解除される。
海底トンネルには、電線や水道管などのライフラインも併走して走っている以上、簡単に壊れることは許されない。事前の調査で、トンネルが星蹟島まで無事につながっていることを確認していた。
ゆっくりと扉を開けるセイラ。非常灯はついているが、全体的に薄暗い。
足を踏み入れたとき、レイジが口もとをにやけさせる。
「なんだ? 気色悪いぞ」
「これはあれだな。『海底トンネルで主人公たちを待ち受けるものとは!?』っつうやつだ。なにが出てくるのか楽しみだな。俺たちを待ち伏せる黒月夜の連中か、それとも異種化したネズミの群れか……くっくっく」
◇ ◇ ◇
――数時間後。すでに太陽は高く昇り、頭上で存在感を誇示していた。
3人は無事に海底トンネルをくぐり抜けた。
「なんでなんも出ねえんだ!?」
扉を出たところで、唐突にレイジが叫んだ。
「大きな声を出すな。おまえは誰に文句を言っているんだ?」
「ここいらで一度ピンチに襲われるのが、セオリーってやつだろうに!」
「だから誰に文句を言っているんだ? なにごとも平穏がいちばんだろう」
トンネル内部の密閉度は高く、そもそもネズミ1匹入り込む隙がなかった。生物がいないのなら、そもそも異種化は発生しない。
「俺だって異種化した動物と戦ってみたいんだ。なんでおまえたちだけ……」
「不謹慎すぎるぞ。……なあ、セオリーがどうとか言うのなら、今度あれをやってくれ」
「あん?」
「『ここは俺が食い止める! おまえたちは先に行け!』ってやつを。一度見てみたいんだ」
「……おまえ、俺がそんなこと言ったら、遠慮なく躊躇なく情け容赦なく置いていくだろ?」
セイラはきょとんとした。
「それがセオリーじゃないのか?」
ふざけんじゃねえ、とレイジは毒づく。
「惺、周囲に人の気配は?」
「……いや。ない。静かなものだよ」
久しぶりに故郷の空気を感じる惺。
災害直後特有の異臭が、空気に深く混ざっている。復興に手をかける前にこの島は封鎖された。周囲に散らばる瓦礫や、倒木や道路の陥没はそのまま。きっと多くの行方不明者も眠っていることだろう。
このあたりは台地の上で津波の被害はほとんどないが、荒れ果て具合はやはり自然災害の大きさを物語っていた。
「油断するなよ、レイジ。おまえにも〈プロテクト〉をかけたが、異種化した動物と対峙しても、体液や皮膚にはなるべく触れるな」
「わかってるさ。んじゃ、行くぞ」