地下施設の下層に位置するコントロールルーム。そこでは現在、シディアスの騎士たちが様々な調査を行っていた。壁に設置された大型モニターには無数のデータや数値が並び、その前のコンソールパネルには数人の騎士が真剣な表情をしながら座っている。 
 例の「扉」の前に立っていたクリスは、ただ呆然と立ち尽くしていた。

「そんな怖い顔して、いったいどうしたの?」

 いつの間にか隣に立っていたレイリアが訊いてきた。

「レイリアは感じない? なんか、この扉の向こうから『声』が……ううん、声というか、得体の知れない感情というか」
「え、ちょっと、怖いこと言うのやめてよね。あたしホラー苦手なのよ」

 自分でもどう伝えていいのかわからない。だからこれ以上説明のしようがないと、クリスは口をつぐんだ。
 ちょうどそのとき、背後から小さな歓喜の声があがる。大型モニターの前にいた騎士たちが、嬉しそうにハイタッチしていた。
 彼らの後ろに立っていた蒼一が、クリスのもとに向かってくる。

「セキュリティを突破したよ。まもなく扉が開く」

 蒼一が言った直後、扉が開いた。脳を直接揺さぶるような重低音を響かせながら。 
 クリスが真っ先に感じたのは、体の芯まで凍えそうな冷気。実際、レイリアは「うわ、寒っ!」と言って自分の体を抱きしめた。
 広く、どこまでも伸びた無機質な廊下が、扉の向こうに存在していた。ただし緩やかな下り坂になっているのか、奥のほうまでは見通せない。
 その得体の知れない迫力に、クリスはごくりとつばを飲み込んだ。

「クリス、顔色悪いが大丈夫か?」
「――――」
「クリス?」

 そこではじめて、蒼一に顔をのぞかれていることに気づく。反対側でレイリアからも見つめられていた。
 
「だ、大丈夫です。行きましょう」

 クリスは真っ先に足を踏み出す。
 その後ろ姿を、蒼一とレイリアが心配そうに見つめていた。

◇     ◇     ◇

 
 その廊下は100メートルほど緩やかな下り坂が続いていた。進んで行くにつれて気温が下がり、一行の吐息に白いものが混ざり始める。
 蒼一を先頭に、クリス、レイリアが続く。そのほか、ティアースやアーシャの姿も見えた。総勢30人ほど。蒼一の部隊に加え、ほかの部隊から様々な専門知識を有する騎士たちが結集していた。
 やがて開けた場所に出る。 
 先に広がっていた世界を見て、クリスは呼吸するのを数秒だけ忘れてしまった。ほかのみなも同じように言葉を失っている。
 視界いっぱいに広がる氷と光の世界。天井は高く、奥行きも深い。4、5階建ての建造物が入り込んでもまだあまりある広さがある。岩盤で構成された地面は一部が鉄板らしきもので補強され、それがずっと奥まで伸びていた。
 そして、もっとも特徴的な光景が地面の左側に存在していた。大量の水が凍りつくことなく、巨大な湖を形成している。
 その湖面全体が、エメラルドグリーンの光で輝いていた。照明器具がほとんど置かれてないのに、この空間が昼間の外と同じくらいの明るさを有する所以だ。

「これは氷底湖だな。氷河の下にある地底湖。南極大陸ではめずらしくないんだが――」
「……この光は?」

 クリスに問われて、蒼一はしゃがみ込んで湖の中を眺める。
  
「見てくれ。湖底や壁面に光る物体がこびりついている」
「あれは?」
「おそらくヒカリゴケだと思うが……しかし南半球にはほぼ存在しないし、ましてや水の中では生息できない。もしかしたら新種かもしれないな」
「それも遺伝子操作ですか?」
「どうだろうな。あとで詳しく調べよう」

 一行は先に進んだ。
 氷と光の似たような光景がしばらく続く。

「なんか、子どもの頃に弟がやってたゲームでさ、こういうダンジョンあった気がするよ」

 レイリアがぽつりとつぶやいた。

「その先にはなにが待ち構えているの?」
「巨大なドラゴン」
「ドラゴンって……」
「見上げるほどに大きくて、強烈な炎のブレスを噴くやつね。……どうでもいいけどさ、ゲームのキャラクターってすごいわ。だってそんなの、ふつうの人間に倒せるわけないじゃない」

 前を歩いていた蒼一が、にやりとしながら振り返った。

「本当にドラゴンがいたらどうする?」
「蒼一がやっつけてよ」
「わたしだけで? きみたちも手伝ってくれ」
「無茶言わないでよ。あたしたち、あなたと違ってふつうの人間だから」

 自分以外の全員に首肯され、蒼一は苦笑いを浮かべた。
 その後、入り口から数十メートル進むと、光る湖とは別の光源が現れてさらに明るくなる。 
 その場所は、ひときわ広大な空間が広がっていた。見上げるほどに高い、氷で造られたドーム状の天井。高層ビルが余裕で入る広さを誇っており、その下は広大な光る湖が広がっていた。

「……まだドラゴンがいたほうがわかりやすかったんじゃない?」

 レイリアが誰にでもなく言った。しかし返事をする者はなく、ただぽかんと口を開けている。湖が光っているよりもはるかに不可解な光景に、もはや驚きを通り越して呆れていた。
 周囲の壁は氷で覆われ、壁のカーブに沿うようにして、縦に伸びた半透明な管が無数に並んでいる。それは湖の中から天井まで伸びて、天井中央に見える巨大な装置に集約されていた。
 天井の装置は、天から逆さまに伸びた塔のように見える。無数のケーブルが蛇のように絡みつき、大小様々な部品が複雑なパズルのピースのようにはめ込まれていた。
 装置の真下、湖に向かって半島のように突き出した地形の先端には人工的な足場が組まれており、その場所がこの空間の中心地だ。
 足場の中央にコンソールパネルの備わった円形の台座がある。一行が視線を向けているのはその上。台座と、天井から伸びる装置のあいだの空間。
 それは、宙に浮かぶ不思議な光球だった。
 直系3メートルほどの光の球体のかたまり。淡い翠と碧が織りなすまばゆい輝きを放ち、優しさと温かさをはらんでいるように思える。

「蒼一、これがなにかわかります?」
「さっぱりだ。見たことない。……ただ、強い魔力の波動を感じるな。クリスも感じるだろ?」
「はい。でも、それだけじゃないような……」

 どう説明していいのかわからず、クリスの言葉がしぼんでいく。
 蒼一が振り返って一行に言った。

「よしみんな、調査開始だ。ただし、あの光球には触れないでくれよ。なにが起こるかわからんから」

 一行が散り、周囲の調査を開始する。クリスはレイリアと一緒に台座のまわりをぐるっとまわってみた。
 台座の直径は2メートルほどあり、様々な種類の機械や計器類、複数のディスプレイが備わっている。電源は生きているのか、ディスプレイには理解不能な数字と記号の羅列が表示されていた。

「あ……」
  
 台座のまわりを半周した頃、クリスがそれを見つけた。 
 台座の向かいにある大きな四角い機械に寄りかかるようにして座っていた人影。白衣を着た、男性とおぼしきミイラだった。黒縁眼鏡のレンズが、彼の正面に位置する光球を反射して煌めいている。
 呼ばれた蒼一がすぐに駆けつけてきて、そのミイラを調べる。

「上のミイラと同じで、身元を示すものはなにも身につけていない。しかし――」

 蒼一はスマートフォンを取り出し、ミイラの顔を撮影した。
 
「どうかしました?」
「見覚えのある顔なんだ。もしかしたら――ちょっと待ってくれ」

 スマートフォンを操作する蒼一の表情は、あまり見たことがないほど神妙なものだった。 しばらく待つと、スマートフォンが音を立てる。

「……やっぱりか。身元が判明したよ」

 スマートフォンの画面をクリスとレイリアに見せた。
 1枚の顔写真が表示されている。五十代後半に見えるブロンドの男性。不健康で不機嫌そうな顔色をしている。クリスとレイリアの脳内で、目の前のミイラと顔の輪郭が重なった。

「ミイラの顔をAIで復元して、シディアスのデータベースと照合してみた。一致した人物の名は、ソーントン・ヴィクター博士。きみたちと同じ、れっきとしたフォンエルディア人だよ」

 レイリアは聞いたことがないと言いたげに眉をひそめる。しかしクリスはわずかに、その名に聞き覚えがあるような気がした。

「稀代の天才科学者だった人だ。10年ほど前に、我々シディアスに指名手配されたまま行方不明になっていた」
「指名手配って、なにしたの?」

 レイリアが眉をひそめたまま聞く。

「非人道的所業の数々。知的好奇心と探究心のかたまりみたいな人でね。若い頃は有望だったんだが、途中からお決まりのマッドサイエンティストコースさ。まあ、天才科学者にありがちなパターンだな」

 そのとき、神妙な顔をしたティアースが駆けつけてくる。

「蒼一さん、ここのコンピューターはダメみたいです。上と違ってほとんどのデータが消去されていました」
「なんとかならないか? ほら、間違って消したアダルト動画を復旧させるみたいに。得意だろ、そういうの」
「悪意のあるたとえ! ……やってみますけど、期待しないでください」

 やれやれと肩をすくめながら、ティアースは立ち去っていった。 
 レイリアはミイラになったヴィクター博士の顔を見つめた。茶褐色の頬はげっそりとして、目と口は驚愕に見開かれているように見える。

「彼、最後になにを見たの……?」
「詳しくはわからないが、彼にとって理解しがたいものだったんだろうな。じゃないとこんな表情にはならない」
「あたし、死ぬときは笑っていたいな。こんなおぞましい表情は絶対に嫌。ねえ、クリス……クリス?」
   
 クリスはいつの間にか足場の縁に立ち、遠くを眺めていた。
 何度か呼びかけても答えない。その後ろ姿に鬼気迫るものを感じたレイリアが、やや駆け足で寄った。
 次の瞬間、クリスが力なくしゃがみ込んだ。嗚咽で肩が震え、両手で顔を覆っている。

「ちょっ、どうしたの!?」

 クリスは震えながらゆっくりと右手をあげ、遠くの一点を指さした。
 いつの間にか蒼一がクリスの隣に立っていて、彼女が指している方向をレイリアとともに凝視する。
 ふたりの視線は光る湖を越え、天井に向かってカーブを描く氷の壁にたどり着く。そこにあるのは無数に並ぶ管。すべての管は人の胴体ほどの太さがあり、中は水色の液体で満たされているようだ。
 その内部に、無数の丸みを帯びた物体が浮かんでいた。それは一定の距離を保ち、管の中で等間隔に並んでいる。視界に入るすべての管に、同じ形の影が浮かんでいた。
 目を細めていた蒼一とレイリアが、ほぼ同時にその物体の正体に気づく。

「う……嘘でしょっ!?」
 
 よく見ると、丸っこい影の下に尾ひれ――あるいは細い紐のようなものがぶら下がっている。

「数百――いや、千を超えるか。ぶら下がっている紐のようなあれは――おそらく脊髄――」

 人の脳髄だった。
 ほかの騎士たちも次々とその異常事態に気づき、小さな悲鳴や嘆きの言葉を口にした。にわかに騒がしくなる中、蒼一は鋭い視線を伴って周囲を見まわす。

「そうか。そういうことか……最初に気づくべきだったっ!」 
「蒼一! これはいったいなんですかっ!?」

 目を赤く腫らしたクリスが蒼一を見上げていた。彼は苦虫を噛みつぶしたような表情で、クリスを見返す。
 
「昨日、クリスに伝えてなかった事実がある。この施設の電力について」
「電……力?」
「この規模の施設を運営するのには、膨大な電力を必要とするのは当然わかるだろう? ところがもちろん正規に引かれたインフラを利用できるわけがない。となると当然、大型の自家発電装置が必要になってくるが、そんなものは施設内のどこにも見つからなかった。近くの海底にでも隠してあるのかと思ったが、それも違った」

 蒼一は再び壁のほうを見る。

「それなのに、この施設は間違いなく何年も稼働していた痕跡があった。つまり、どこからか膨大な電力を供給しているのは明らかだったわけだ――その答えがあれだよ」

 蒼一に詰め寄ったのはレイリアだった。
 
「ちょっと待ってよ! 人の脳みそと電力がどう関係してるの!?」
「この世界で、人にしか備わってない能力があるだろう」
「まさか……星術のこと?」
「そう。もっと正確には、魔力。世界に満ちる不可視のエネルギー――魔力を感知できる能力があるから、人間のみが星術を扱える」

 一度言葉を切り、蒼一は光球の直上にある装置を見上げた。

「この巨大な装置はおそらく、魔力を電力に変換する変換器だろう」
「そ、そんなこと可能なの?」
「以前から、魔力をなんらかのエネルギーに変換して利用するというアイデア自体はあったんだよ。ただし、ほとんどの人間が研究しようとしなかっただけ。道徳に反するからな」
 
 騎士たちはみな、蒼一の説明の続きを真剣な面持ちで待った。

「きみたちも士官学校で習っただろう。火を起こすのも、水を操るのも、身体能力を高めるのも、すべて星術による『結果』に過ぎない。その結果とは、すべて物理現象として説明できる――」

 クリスは立ち上がり、涙を拭いた。

「――だが、その結果に至る『過程』というのは、現代でもほとんど解明できてないんだ。星術を発動しようとして、実際に発動するまでのプロセス。これはすべて人の脳内で行われるなんらかの『現象』に基づく。しかし、どんなに詳しく脳を調べても、その現象を科学的に観測することはできない。魔力というものを、人はたしかに感知できているにもかかわらずな。『星術は科学で解明できるが、魔力は科学で解明できない』と言われるのはこのせいだ」

 クリスの中で、いままで得ていたあらゆる情報が取捨選択されていく。そしてあまりにも残酷な予感が、彼女の脳裏をよぎった。

「人類史の中で、魔力の謎を解き明かそうとする研究者や科学者はたくさんいた。近年でもっとも真理に迫ったと言えるのが、あそこでミイラになっているヴィクター博士だよ」

 一同の視線が、ミイラ化した彼に向く。
 レイリアがここではっと気づく。これまでの経緯と、現在の状況が線でつながる。
 
「ヴィクター博士が指名手配されたのって……非人道的所業の数々って、人体実験のこと?」
「そのとおり。我々シディアスが彼のかつての研究所に乗り込んだとき、彼はもう逃亡したあとだった。残っていたのは、おびただしい量の死体。ほとんどの死体から、脳髄と脊髄だけが抜き取られていた」
「そんな……狂ってるっ!」
「わたしもそう思う。……ここからは推測だが、ヴィクター博士はここに来てから研究を進め、理論を完成させたんだろう。上層で行われていた遺伝子操作に関しては、研究の副産物かもしれない」

 不意にクリスが蒼一の前に立つ。彼女の瞳は激しい怒りと哀しみが渦巻いており、再び涙がこぼれそうだった。

「教えてください、蒼一」
「……ああ」
「6年前、わたしが誘拐されたあの――」

 クリスがそう言いかけた瞬間だった。
 例の光球が、光の量を唐突に増した。さらに直上の装置がうなり声のような駆動音をあげて空間を揺るがし、それが波紋となって湖面に広がる。
 まばゆい輝きが空間を満たす。
 蒼一が叫んだ。

「ティアース! ミスったのか!」
「俺じゃないですって! なんか勝手に!」
「装置を止めろ!」
「もうやってます! ――ああ、だめだ、操作受けつけません!」

 輝きはさらに増していく。
 そして騎士たちは、遠くに並ぶすべての脳髄が、光球と同じ翠碧色の輝きを放ち始めたことに気づく。
 そんな中、レイリアが床に膝をついた。ほぼ同時に何人かの騎士たちも、同じようにしゃがみ込む。
 なぜか体に力が入らない。力がどんどん抜けていく。同時に激しい頭痛や凄まじい倦怠感が襲い、複数の悲鳴があがった。
 その光景を眺めながら、蒼一がつぶやいた。

「魔力の暴走……? そうか。ミイラ化の原因はこれだ! 肉体の魔力を吸われているんだ!」
「蒼一! 納得してないでなんとかしてよ!」

 真っ青になりながらレイリアが叫ぶ。

「全員、わたしのまわりにできるだけ集まれ!」

 指揮官の言葉を聞いた騎士たちの動きは迅速だった。動きの鈍った体を必死に動かし、ほかの仲間たちと協力して、なんとか全員が蒼一の周囲を取り囲む形に移動。

「〈マテリア・シールド〉を展開する。指一本でもはみ出たら、たぶんそこだけミイラ化するから気をつけるように」

 さらっと恐ろしいことを言いながら、蒼一は左手を右手首に添え、それを頭上に掲げた。
 蒼一が念じた直後に発生したのは光の障壁だ。翠碧色に満たされていた空間に、別の色合いの光が発生。騎士たちを包み込んだ。
 シディアスの騎士にとって重要な星術がある。〈マテリア・シールド〉――光の障壁を周囲に展開し、様々な障害から身を守る星術。高度な術者になればなるほど、様々な物理現象を遮断することができるようになる。
 障壁の内部は魔力の暴走から隔離され、騎士たちは頭痛や倦怠感から解放される。
 しかし、レイリアが重大な事実に気づいた。

「ちょっ!? クリス、なにやってるの!?」

 クリスは障壁の外にいた。足場の縁に立ち、ただひたすら、憐憫に満たされた眼差しを遠くに向けている。
 レイリアたちが一様に叫ぶ。しかしクリスにその声は届かない。クリスにはいま、別の「声」が聞えている。
 否、脳内に直接響いていた。
 それは助けを求める懇願。
 あるいは、凄まじい憤怒。
 もしくは、震えるほどの悲哀。
 もはやノイズに等しい、なんらかの叫び。
 そして、一抹の希望――
 それらすべてが入り交じった、声なき声。無数の魂の叫び。あらゆる感情をはらんだ情報が、クリスの脳内に流れ込んでくる。
 その声の主がどこにいるのか、クリスにはすでにわかっていた。だから彼女は、その場所から一秒だって視線を外していない。

「……こんな……こんなことってっ!?」

 先ほどからぼんやりと感じていた予感は正しかったとクリスは思う。こんな予感当たってほしくなかったと、本気で思っていたのに。

「違う! わたしたちはあいつらとは違う! わたしはあなたたちを――救いたかったっ!」
 
 頭に流れ込んでくる「声」は、子どものものだった。
 つまり、管の中に浮かぶ脳髄はすべて――

「ごめんね――ごめんなさい――守れなくて――わたし、正義の味方になったのに――!」

 クリスの慟哭が増していくのと比例して、周囲の光がさらに輝きを増していく。レイリアたちの声はもう、光の波にかき消されて霧散していた。
 そんな中、クリスは胸の前で手のひらを合わせた。
 そして全力で祈る。
 心からの謝罪と、魂の救済を。

 その瞬間、光が最高潮に膨張した。空間に存在するすべての事象が、光に満たされ輪郭を失う。
 そのときクリスはたしかに聞こえた。

 ――お願い――あの子を――助けてあげて――

 哀しいまでの切ない願望。
 光が弾けると同時に、クリスの意識は消失した。


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