3-1

 血塗られた戦場を嘆くように、あるいはクリスの心情を代弁するかのように、昏く分厚い雲が天空を覆っていた。
 いますぐにでも泣き出しそうな曇天。その下に広がるは、廓寥とした赤茶けた荒野だった。エクスウォードは総じて乾燥した荒野であり、隆起した岩盤や深く窪んだ崖などに支配された不毛の大地である。  
 そんな中、険しい顔をして進軍してくるのは、聖職者のような出で立ちの集団だった。全員が厳かな雰囲気を醸す赤と黒を基調にしたローブ姿。しかしその光景を見た誰もが、彼らが聖職者であることを否定するだろう。
 ローブの上に装備されているのは近代的な武装。サブマシンガンやライフル、コンバットナイフや手榴弾など。ローブの上から防弾チョッキを着用する者までいる。最新鋭の軍隊に引けをとらないレベルの装備だ。
 過激派テロリスト集団ステラ・レーギアの構成員たちは全員、獰猛な気配を放っていた。

「シディアスの犬どもを血祭りにあげろっ!」

 剽悍な面構えをした部隊長とおぼしきひとりが叫ぶ。それに呼応した数十人が、雄叫びをあげながら、武器を振り上げながら突き進んでいく。
 それからおよそ100メートルほど隔てた場所。地面の隆起した場所に立つ、気高き白銀色に身を包んだ人間たち。
 クリスとレイリアを含む、シディアスの騎士の小隊。クリスは白のコートをきっちりと着こなし、レイリアはコート前面を開け、着崩している。
 狂気と殺気をはらむ風が、クリスたちの肌をなでる。しかし、恐ろしい形相をした集団がじりじりと迫ってきても、彼女たちの呼吸や心は乱れることを知らず、完全に凪いでいた。

「やんなっちゃうわよね」

 うんざりするような眼差しで前を見つめながらレイリアが言う。ハシバミ色をした瞳に、少女のようないたずら心が宿しながら。

「あんなにいきり立っちゃってさぁ。男のそういうのはベッドの上だけで充分だと思う。ねえ、ティアース小隊長さん?」

 部隊の先頭に立つティアースは、がっくりと肩を落とした。
 
「なんで俺に聞くんだよ」
「だって、夜はいつも下半身の剣をいきり立たせているって有名じゃない。女の子の前でさ」

 レイリアの隣で、クリスが顔を真っ赤にさせた。
 
「おまえな! ――っと、そろそろ私語は慎んだほうがいいな」

 ティアースの表情が真剣なものに塗り変わった。
 そして叫ぶ。

「――前衛は散開! 後衛は援護任せた! やつらに目にもの見せてやれ!」
 
 次の瞬間、無数の銃声が響く。
 ステラ・レーギアの銃器が一気に火を噴くのと同時に、シディアスの騎士たちも動き出す。クリスは剣を抜きながら足を踏み出した。
 クリスの剣はそれまで使用していたものとは違った。鍔の中央に赤い宝玉の埋め込まれた、シンプルな形状の細身の長剣。父が長年愛用していた業物で、銘は「セイント・ヴァルステン」。正騎士に昇進した祝いの品として譲り受けたものだ。
 クリスがセイント・ヴァルステンに意識を集中させる。その刹那、まばゆい輝きを放つ空色の光が――未知のエネルギーが剣全体を包み込む。
 目の前に銃弾をさえぎるものはなにもない。しかしクリスは相変わらず、焦りや恐怖の色は浮かんでなく、弾をよけようともしていない。
 クリスたちが銃弾の軌道を予測するのに、まばたき1回分の時間もいらなかった。鋭く小さな呼吸を伴いながら、軽やかな動作で剣を振るう。
 神々しい白銀の刃が、飛び込んでくる銃弾を両断。ティアースをはじめ、剣を振るう者たちは皆が似たような動作で銃弾を次々斬り落としていく。
 そんな高度な動作を交えながら、クリスたちはステラ・レーギアへ確実に肉薄していく。
 ――やがて、ふたつの勢力が接触した。 

「――はぁっ!」

 風のように疾走するクリス。構成員のひとりの横を抜けると同時に、彼の脇腹を狙って刃を振り抜いた。刃の軌跡を追うように、まばゆい光が奔る。
 もしもこれが通常の剣技だったのなら、彼の命はなかっただろう。
 だが彼は死ななかった。痛みもなく、出血もない。状況がまるで把握できてないのか、ただ驚愕に目を見開いているだけ。

「がぁ――!?」

 全身から力が抜け、すぐに気を失う。構成員は地面に倒れ込んだ。
 それと同時、近くにいた別の構成員が叫びながら拳銃を向け発砲。
 だがクリスに弾丸は届かない。彼女の後方から飛来してきた光の矢が弾丸をはじいていた。
 クリスの後方に、弓を構えたレイリアが立っていた。レイリアの片手にはすでに、2発目の光の矢が握られている。
 まもなく発射された光の矢が、拳銃を構えていた構成員の眉間に直撃。そのまま地面に倒れた彼の体は、微動だすることはない。しかし呼吸は止まっておらず、眉間から出血も見られなかった。
 錯乱した様子の別の構成員が、サブマシンガンを連射してくる。狙いは定まってなく、銃弾の驟雨は誰もいない空間に虚しく散った。狂ったように引き金を引き、なんの工夫もない直線的な連射を放ってくる。
 クリスは巧みな剣さばきで弾丸を斬り落としながら、構成員に近づいていく。レイリアも後方から絶妙なタイミングで援護射撃を行った。
 サブマシンガンが弾切れとなるほぼ同時に間合いに入ったクリスは、意味のわからない言葉を叫び続けている構成員の上半身を袈裟懸けに斬り捨てた。彼もそれまでの構成員と同じく、気を失って倒れる。

 シディアスの騎士が振るう代表的な武器は、剣をはじめとする刀剣類だ。遠距離の場合は、レイリアが使用していた光の弓が基本。その2種類だけで、最新鋭の銃器や兵器を相手に互角以上に渡り合える。さらに星術を駆使すれば、ほとんどの状況で対処が可能。
 敵を生かしたまま制圧するという理念が生み出した、シディアスの騎士に連綿と伝わる戦闘の極意がある。
 その名も〈マーシャル・フォース〉。シディアスの騎士たちが長年研鑽を積み、編み出した総合武術体系。武術の理に星術の理を付加させた絶技。
 クリスの剣に宿る光。レイリアが生み出した光の矢。それらはすべて、可視化できるほどに具現化された魔力のかたまりだ。
 魔力で身体能力を高めつつ、武器にまとわせることで様々な効果を発揮させる。その最大の利点は、使用者のイメージ次第で威力を調節できることにある。武器本来の切れ味を殺し、生命力を刈り取ることで意識を奪うだけの攻撃も、逆に攻撃力を増大させ一撃で致命傷を与えることも可能だ。
  
 ――それから先は、一方的な展開だった。
 シディアスの騎士は10人程度。対するステラ・レーギアは3倍以上。しかし最初の数分で、ステラ・レーギアの半分が行動不能に陥った。
 人数差は歴然。なのに追い詰めることができない。そもそも練度が根本的に違うという事実はステラ・レーギアから戦う士気を奪い、一種の恐怖に塗り変わる。彼らのあってなかったような陣形が瓦解するまでに、そう時間はかからなかった。
 やがて最後に残ったひとり。剽悍な面構えをしていた部隊長とおぼしき人物は観念したように跪き、無表情を浮かべていた。しかしクリスたちが近づいてくると、口の端をつり上げて歪な笑みを作る。

「なにがおかしいんですか?」

 剣の切っ先を向けながら、クリスが問うた。

「やはり貴様たちは手強い。……最初からわかっていたさ」

 彼の笑いは、周囲の荒野よりも乾いていて聞こえた。

「俺の役目は終わった。殺せ」
「殺しません。投降してください。もうあなたたちに勝ち目は……だから、なにがおかしいんですか?」

 部隊長は高らかに嗤っていた。その表情に張りついているのは歓喜などではなく、狂気そのもの。

「アンセム様がいずれ、奇跡を起こしてくれる! 貴様たちシディアスの犬どもを、すべて屠ってくれるだろう!」

 レイリアがやれやれといった仕草のあと、クリスを見た。
 その意を悟ったクリスは一歩踏み出し、セイント・ヴァルステンを振りかぶった。彼女の瞳には、哀しみと怒りが渦巻いている。
 これ以上、狂気に彩られた言葉を聞いていたくなかった。

「くたばれ、シディアスの犬ども!」

 彼がそう叫んだ瞬間、セイント・ヴァルステンが振り下ろされた。


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