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 作戦本部の大型モニターには、動画投稿サイトの画面が表示されていた。
 リアルタイムの映像配信ではないようで、青空と荒野が半々に映った背景にアンセムが高らかに両手を掲げている。

『全世界の諸君に告げる。我々は神々の軍団を手に入れた!』
 
 カメラが切り替わった。高台の上から広大な盆地を見下ろしている構図となる。
 荒野に似つかない、人工的な紫色が盆地いっぱいに広がっていた。カメラが寄っていくにつれて、それが紫色のなにかを着用した人間たちであることがわかる。
 頭のてっぺんから足の先までを覆うのは、紫色一色に塗られたヘルメットと装甲スーツだった。手足も完全に覆われており、素肌が見える部分はない。盆地を埋め尽くす全員が、寸分違わぬ姿をしていた。
 カメラが再び切り替わり、歪な笑みを浮かべたアンセムが映り込む。

『刮目せよ! 彼らの力をお見せしよう!』

 三度切り替わった画面には、さらに醜悪だった。どこかの崖っぷちを背景に、柱に縛りつけられた黒と赤のローブ姿が5人、等間隔に並んでいる。彼らは全員、黒ずんだ麻の袋を頭にかぶせられている。全員、身悶えしながら許しを請う言葉を必死に叫んでいた。
 そんな彼らの前に、紫色の装甲スーツが現れる。15人ほどがカメラに背を向け、縛りつけられたローブの連中と向き合う。
 装甲スーツたちが一斉に、両手を前へと掲げた。
 次の瞬間、それぞれの前にまばゆい火球が発生する。火球はゆっくりと膨れあがり、サッカーボールほどの大きさに成長する。
 その熱を感じとったのか、それとも自らに降り注ごうとしている「死」を敏感に感じとったのか、ローブの連中がさらに必死で身悶えた。
 やがて、画面の外から「やれ!」という号令が聞こえた瞬間、火球が放たれる。
 火球はローブの連中に直撃し、すぐにひとつの巨大な炎の渦となって5人の肉体を焼き尽くした。苛烈な焔が断末魔さえも呑み込み、天高く舞い上がる。
 クリスは思わずまぶたを伏せた。
 それから数分ののち、炎の渦が消え去る。真っ黒に焦げた地面があるのみで、灰すら残されてない。

『裏切り者は死が待つのみである! 我々はそのうち、この力を持ってして全世界を手にする所存だ! こいつらだけではないぞ。わたしは「星櫃」を手に入れたのだっ! がははは――なはははははははっっっ!』

 再び映ったアンセムの表情は、完全に狂気を帯びていた。画面が暗転する中、彼の高笑いだけが不気味に残る。
 動画が終わったとき、誰かが「クレイジーだ……」とつぶやく。
 室内の照明がつくと同時に、フィリップが壇上に上がる。やや疲れた様子だった。

「映画だとしたらSFなのかファンタジーなのかはっきりさせてほしいところだが、これは現実の映像だ。今後、装甲スーツの連中を『パワードトルーパー』と呼称する」

 フィリップは、第4中隊が彼らによって全滅させられた可能性が高いこと、パワードトルーパーの正体は現時点で不明であることを告げる。また、彼らの星術行使能力は極めて高く、あの人数すべてが同程度の能力の持ち主だと仮定すると、その戦力は計り知れないものがあると語った。
 現代において、高度な星術行使能力――すなわち、高い魔力を持った人間はめずらしい。
そもそも星術を習得するのは容易ではなく、生まれ持った魔力と、高度な訓練と深い知識が必要不可欠だ。
 星術自体、一般社会では見られなくなって久しい。たとえば、タバコに火をつけたいとする。着火の星術は酸素さえある空間であれば、道具を必要とせずに目的を達成できる。しかし現代においてはライターという便利な道具が存在する。
 要するに、わざわざ星術を覚える必要がないほど、世の中便利な物であふれかえっているわけだ。基本中の基本とされる着火の星術ですら、習得するのにはそれなりの知識と訓練を必要とする。 
 各国の軍隊がシディアスの騎士のような人材をのどから手が出るほど欲しているのに、なかなか手に入らないのはそのせいでもある。膨大な資金と時間があれば調達可能ではあるが、それならそもそも最新鋭の兵器を用意したほうが割に合っている。特に最近では、人間よりもドローンなどの無人兵器のほうが多く戦場を跋扈しているのが実情だ。
 シディアスは長年にわたって星術を研究し、武術の理と融合させることで現在の地位を築いてきた。そのノウハウは高度で洗練されており、どの組織も真似できないとされている。しかしクリスたちは今回、シディアスの騎士が長らく誇っていた利点のひとつをほぼ失っていることを悟る。
 一様に言葉を失っている騎士たちを前に、フィリップが続ける。

「パワードトルーパーの出現によって、これまで進行中だった作戦は変更を余儀なくされる。新たな作戦が決まり次第――」

 フィリップの言葉をさえぎったのは、ひとりの男性騎士が作戦本部に駆け込んだからだった。彼はフィリップに耳打ちしたあと、速やかに下がった。

「不幸なことが続いてきたが、諸君に朗報だ。現時点をもって、わたしは現場指揮官を退く。その代わり――」

 壇上の右の扉から、また別の騎士が入ってくる。
 白銀色のオーバーコートに包まれた長身。腰には見事な日本刀。そして淡い亜麻色の髪と、精悍で端正な顔立ち。颯爽とした足取りで、その彼が壇上に上がる。

「蒼一!」

 クリスが思わず発した声に、彼――真城蒼一はウインクを返した。 

 ◇     ◇     ◇

 
 数時間前までフィリップの定位置だった場所に、蒼一が立っている。

「作戦は大きく分けて3つ。最重要は、人質となった騎士たちの救出。次点で、アンセム・カインヴァーンがいる敵中枢部の壊滅。最後に、アストラウス全域に展開しているパワードトルーパーの殲滅。場所を確認しておこう――」

 大型モニターがアストラウス全域の地図を表示させた。

「北部の外れにあるこれが例のアリーナ。そこに併設されたショッピングモールの廃墟が、ステラ・レーギアの本拠地だ」

 蒼一の言葉に従って、該当するポイントが赤い光点でマークされる。
 
「この街はもう廃墟になって久しいが、どういうわけか電力や上下水道のインフラは生きている。連中がいつまでも籠城できるのもそのせいだな。そして問題は、パワードトルーパーだ」

 地図上に青い光点が表示される。その数は膨大で、青が地図上の至るところを埋め尽くした。

「シディアスの衛星画像を解析して割り出した。パワードトルーパーの総数はおよそ1200。ステラ・レーギアの連中を合わせれば、1400に迫る」

 誰かがごくりとのどを鳴らした。
 一連の作戦開始時、シディアスの騎士は総勢200の大隊を率いていた。ところがアストラウスで中隊のひとつを失い、現在では150を切っている。すなわち、彼我との戦力差はほぼ10倍近い開きがある。

「新しい作戦では部隊を3つに分ける。ひとつはアリーナで仲間を救出する部隊。ひとつはショッピングモールへ侵入してステラ・レーギアのボスを叩く攻略部隊。この街の地下には古い水路が無数に走っている。それがアリーナやモールにもつながっていて、両部隊はそこを通ってもらう。最後の部隊は、地上での陽動だ」

 それぞれ40から50の人数で部隊を分ける。
 
「あ、あの蒼一! いくらなんでも全体的に数が足りないんじゃ」

 クリスの疑問に、蒼一はにやりとしながら答えた。
  
「安心しろ。まもなく増援となる連隊が到着する。5個大隊、総勢1500人規模だ。まずは陽動部隊がそれと連携してもらうことになる。ちなみに連隊の総指揮官はクリス、きみの父親だ」
「と、とうさ――父が?」

 騎士たちのあいだに驚きと歓声があがる。
 クリスの父があのユーベル・レオンハルトであることは、この場の全員が知悉している。「剣聖」と称される剣の達人であり、シディアスの騎士の代名詞たる存在。彼の現場における活躍や神がかりめいた指揮能力は、もはや生ける伝説となっていた。
 現在シディアスのトップに君臨する彼が、現場で直々に指揮することはもうほとんどない。だから騎士たちの興奮は無理もなかった。
 
「敵に同情の余地はないが、それでも哀れだと思う。彼らはこの世界でもっとも恐ろしい人間を、最悪の方法で怒らせたのだから。久しぶりの実戦だから、手加減できないかもしれないと言っていたよ」

 蒼一の瞳にも、瞋恚の炎が揺らいでいた。

「もちろんわたしだって黙っちゃいない。いくら博愛精神豊かなシディアスの騎士でも、仲間を殺され人質に取られ、それでも許してやるほどお人好しではない。――諸君らもそうだろう? 仲間を救い出し、この不毛な紛争を終わらせよう!」

 騎士たちのあいだに、今度は喊声があがる。
 彼らの気持ちはいま、ひとつだった。


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