3-4

 薄暗い地下水路を抜けて重厚な鉄の扉を開くと、そこは電気室のようだった。天井の照明は弱々しく明滅して、慎重に侵入してくるクリスたちの影を、壁際に並んだ箱形の機械に投げかけている。
 地下にあるため窓はなく、空気は淀んでいる。けど地下水路に漂っていた悪臭と比べればだいぶマシだとクリスは思った。

「……やっぱ見張りさんはいないか。まあ楽でいいんだけどな」

 先頭のティアースが小声でつぶやいた。
 レイリアがやれやれといった仕草で答える。

「この時間だから、みんな寝てんじゃないの」
「そんなのんきな連中だったら、もっと早くけりがついてたさ」
  
 そのとき突然、天井の向こうから轟音が響いてくる。といっても音は遠く、天井の直上ではない。轟音は断続的に続き、かすかに人の怒号のような声も混じっていた。

「始まったな。時間ぴったりだ」

 時刻は午前4時半きっかり。地上ではいま、戦いの火蓋が切って落とされた。

「あのデブのおっさんを討つ、あるいは捕らえるのが俺たちの任務だ。この施設のどこにいるのか知らないが、そこに行くまでには間違いなく敵がうようようじゃうじゃ存在して……と言いたいところなんだけど、なあクリス、周囲に人の気配を感じるか?」

 クリスは首を横に振った。
 シディアスの騎士は、訓練の過程で人の気配を感知する能力が高まっていく。その能力は魔力の高さと比例していて、この場にいる騎士の中で、クリスがもっとも察知能力に長けていた。

「お出迎えがないのは気になるが、まあ言っててもしょうがない。みんな、気を抜かないでくれよ」 

 電気室を出て、廊下を進む。照明は弱々しく、相変わらず薄暗い。騎士たちの持つペンライトがなければ先に進むのもおぼつかないだろう。
 不安そうな眼差しで周囲を見まわしているクリスに、レイリアが話しかけた。

「蒼一がいないと不安?」
「そういうわけじゃないけど」

 ティアース率いる第7小隊は、このショッピングモールへの攻略部隊のひとつとして編成されていた。
 今回の作戦の中で、もっとも攻略難易度が高いのが救出部隊である。敵と交戦しつつ人質を救出しなければいけない。そのため救出部隊の指揮官を務めているのは、シディアス最強の片割れである蒼一だった。
 不意に先頭を歩いていたティアースが立ち止まる。

「……やれやれ。本当に寝てたとはね」
  
 前方数メートルのところに、誰かが壁によりかかっていた。全身を覆う紫色の装甲スーツは遠目からでも見える。ヘルメットはかぶったままで、表情をうかがい知ることはできない。
 胸のあたりに風穴が空いていた。
 ティアースはさらに前方にペンライトを向ける。その瞬間、息をのんだのはクリスだけではなかった。
 ペンライトの明かりに照らされた、無数の人影。ざっと見渡せるだけでも10人以上。すべてパワードトルーパーであり、すべてぴくりとも動かず倒れている。
 ティアースは膝を折り、最初に見つけたパワードトルーパーのヘルメットを脱がせた。
 一同に緊張が走る。
 ヘルメットの下から、まだあどけなさの残る少年の顔が現れた。16、17歳程度。髪はまるでなく禿頭で、開いたままの瞳は光を失って虚空を見つめていた。
 レイリアがしゃがみ込み、胸に空いた風穴を観察する。穴は完全に貫通しており、向こう側に血で染まった壁が見えた。  
 
「まだ温かいわね。この銃創だと50口径……? こんな狭い空間で使えるような代物じゃないんだけど」

 そのとき、離れた場所でほかの死体を調べていたアーシャが驚きの声をあげた。
 クリスたちが近づくと、ひざまずくアーシャのポニーテールが哀しげに揺れているのがわかる。アーシャの震える指先が、パワードトルーパーの顔を指し示す。仰向けになって倒れているその個体。外されたヘルメットが顔のすぐ近くに置かれている。

「――っ!?」
 
 胸のど真ん中に大きな銃創があるのも同様。禿頭で、光を失った瞳も最初の少年と同じ。年齢が十代半ばと若いのも一緒。
 だが、その死体は、明らかに少女の顔立ちをしていた。

「お、女の子の兵士……?」

 その後、廊下で死んでいたパワードトルーパーは、みな十代半ばの少年少女だと判明した。
 
「まさか、パワードトルーパー全員が子どもなのか!?」
「そんなまさか……いったいどこからそんなの調達できるんだ。しかもあんな大量に!」
「そもそもこの子たちは誰にやられたんだ? 仲間割れってわけでもなさそうだが――」

 徐々に白熱していく騎士たちの中、クリスはあまりの現実に言葉を失う。
 その場を収めたのは、隊長を任されているティアースだった。

「まあ待てみんな。俺たちの任務を忘れないでくれ。わけがわからないが、いまは考えても仕方がない。先に進もう」

 冷静になった騎士たちが再び歩みを進める。
 クリスはふと思った。このとてつもなく嫌な感じは、あの場所と似ている。南極の地下に広がっていた、あの醜悪な地獄と。

◇     ◇     ◇

 
 階段をのぼり、地下から1階へと上がった騎士たちが立ち止まる。
 外部では陽動部隊とパワードトルーパーの軍勢が本格的に衝突したのか、断続的な衝撃音が響いてくる。
 それに比べてこの施設内部は、あまりにも静かすぎた。自分たちの呼吸音すらうるさく感じられそうだ。
 不意に強烈な死臭を感じた。嫌な予感を抱きつつ、壁の陰から顔を出すクリスたち。
 広い空間だった。様々な店舗が並んだショッピングモール。ただし長年人の手が入ってないのか、徹底的に荒れ果てている。壁や天井の瓦礫や窓ガラスなど建材だけでなく、商品とおぼしき雑貨や服などが散乱し、足の踏み場がほぼない。

「な、なに、これは――!?」
 
 視界に入るほとんどすべての要素が赤黒く染まっている。鮮烈な血の海。廃墟になった建物特有の饐えたにおいに血なまぐさい臭気が混ざり、クリスは思わず鼻と口を押さえる。
 血の海の中、人間とおぼしき生物の断片が無数に転がっていた。壁や床にべっとりとこびりついているのは、赤黒く変色した肉片。そこに混ざっているのは紫色の装甲スーツの破片、または黒と赤のローブの断片。いったい何人の人間がこの場で肉片に成り果てているのか、まるで想像もつかなかった。
 周囲を見渡しながら、レイリアがつぶやく。
 
「爆弾……いえ、これは――」
  
 これほどの惨状なのに、爆弾が爆発した形跡はない。火薬の臭気もなければ、壁や天井や床は、経年劣化で朽ちている以外は無傷だった。広いとはいえ、この空間で爆弾が爆発すれば、そんなことにはならないだろう。
 クリスは思う。
 そもそもこれはまるで、人体が「内部」から爆ぜたような――

「次から次へとわけがわからん……みんな、ここから先は手分けして捜そう」
 
 ティアースが舌打ちを交えながら言った。基本的には朗らかな性格の彼も、理解の及ばない状況にかなり辟易している。
 クリスたちは散開し、捜索を再開した。
 しばらく進むと最上階まで吹き抜けになった開けた場所があり、動いていないエスカレーターがある。そこには地下と同じように、体に風穴の空いた死体がいくつか転がっていた。クリスたちは慎重にのぼり、2階へあがった。
 2階と3階は別の騎士たちに任せ、クリスとレイリアのツーマンセルは最上階の4階へとのぼる。上階でもやはり、屠殺場よりもひどい光景が広がっていた。下の階はパワードトルーパーの死体が多かったが、上階に上がるにつれてローブ姿の痕跡が増えていく。
 どちらにしても、生存者はいない。 

「なんで殺され方が2種類あるのかしらね。1種類でよくない?」
「……犯人はふたりいるとか」
「え、たったふたりでこの人数を殺害したってこと?」 
「あ、ごめん、ただの思いつきだから――」

 クリスの言葉をさえぎったのは、1発の銃声だった。


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