3-6

 施設全体が悲鳴をあげている。壁や天井が崩れてくるのを巧みによけながら、騎士たちは廊下を走った。

「ああもう、なんで悪党ってのは自爆装置が好きなの!? あれって映画の中だけじゃないの!?」
「黙って走ってくれ! 舌を噛むぞ!」

 レイリアの文句に、ティアースが答える。
 しかし突然、進行方向の天井が大きく崩れ、床を巻き込んで下の階層へ崩落していった。もっとも身近にあった非常階段に続いている道。施設の見取り図をすべてを暗記している騎士たちは、下層へ下りる道を失ってしまったと悟る。
 背後でも大崩落が始まっている。戻る選択肢も残されてない。天地がひっくり返るような振動が、加速度的に増加していく。

「ティアース隊長、どうするの」
「……祈る」 
「あんたねぇ!」 

 クリスが勢いよく前に出てくる。

「あの、わたしに考えが」

 クリスの空色の瞳はまだ希望を失っていない。だからレイリアもティアースもほかの騎士たちも、真剣に耳を傾けた。

「みなさん、わたしのまわりに集まってください!」

 クリスを中心に、一同が円を描くように展開。そのあいだにも施設の崩壊は続いていく、もうまっすぐ立っていられないほど床が傾いている。
 クリスは目をつむり、手と手を組み合わせながら必死に念じていた。

「ま、まさかクリスまで神頼みなんて――」

 レイリアが空気の変化を感じとり、急に黙った。
 寒い。気づいたら吐く息が白かった。南半球に位置するフォンエルディアにおいて、息が白くなるほど気温が低下することはほとんど見られない。しかもそんな現象が急速に現れるのは、ふつうではなかった。
 クリスがまとうのは冷気だけではなかった。淡い空色を帯びる光の粒子が無数に、彼女の周囲で踊っている。可視化できるほどに圧縮濃縮された魔力の輝きだ。
そしてクリスがかっと目を見開いた瞬間、それが発動した。
 カチカチ、という鳴き声のような音は、空気中の水分が氷結を始めた証。
 直後、騎士たちを一瞬で包み込んだのは巨大な氷のかたまりだった。見上げるほどに大きく幅も広い氷のボールがその場に出現する。
 その現象とほぼ同時に、騎士たちの立っていた床が大崩落を起こす。むろん、氷のボールは重力に従って、転がりながら下層へ落下していった。
 氷のボールの中できりもみ状態にさらされる騎士たちの悲鳴は、周囲の大崩落にかき消される。

◇     ◇     ◇

 
 目を覚ましてクリスが最初に感じたことは、全身を隅々まで襲う疼痛。そして魔力の使いすぎによる虚脱感。だが痛いのは生きている証拠だとクリスは唇を噛みしめる。
 大量の瓦礫に囲まれた隙間にいるらしい。氷の破片が周囲に散らばり、溶けかかっている。上を見ると、瓦礫に縁取りされた空が、夜明けを示す瑠璃色に染まっていた。
 施設の崩壊はまだ続いているらしく、断続的に崩落音や振動が響いてくる。
 すぐに近くに仲間たちが小さくうめきながら転がっている。怪我は免れなかったみたいだが、みんな無事のようだ。
 そんな中、瓦礫にぴったりと挟まったレイリアを見つける。彼女はクリスの視線に気づくとペロッと舌を出した。
 
「痛ぁ……着地、しくじっちゃった」
「大丈夫?」
「うん。悪いけど引っ張ってくれる? 動けないの」
 
 レイリアの腕をつかんで引っ張るが、びくともしない。彼女の体は、パズルのピースのようにぴったりと瓦礫にはまっていた。
 近くにいたアーシャと協力し、さらに引っ張る。
 
「いたたたたたっ! ふたりとも、痛いって!」
「痛いのは生きてる証拠。我慢して」
「クリス、いいこと言った。レイリア、おなか引っ込めて!」
 
 さらに引っ張る。
 
「だから、いたたただだだっ痛いって!?」

 アーシャが目を細めた。
 
「ねえレイリア、言いにくいんだけど……あなた最近、ちょっと太ったでしょ」 
「――っ!? 言いにくいなら言わないでよ!?」

 図星だったらしい。
 
「いますぐ痩せて。10キロくらい。ほら、クリスからも言ってやって」

 アーシャと顔を見合わせて苦笑するクリス。
 
「もう、無茶言わないでよぉ――っ!?」
  
 ――この瞬間、レイリアの表情が一瞬で驚愕で染まったことを、クリスもアーシャも気づかなかった。

「――っ!?」
 
 腹部に衝撃を受け、クリスとアーシャの体が後方へ吹っ飛んで転がった。
 必死の形相をしたレイリアに全力で突き飛ばされたのだと、天地がひっくり返った状態になってはじめて悟る。
 クリスとアーシャはたしかに見た。
 いつの間にかレイリアの頭上に浮かんでいた死神――アヌビスは、この狭い空間で器用にもウォーサイスの巨体を振り上げていた。

《あの状況で助かるとは運がいいのね》

「アヌビスっ!?」

《はぁい、クリス。あのね、アタシ思い出したの。そこの赤い髪の女は、あのときアタシに矢を撃ち込んだ女……レイリアだったかしら。あれ、痛かったんだからね! こう見えてもアタシ、けっこう根に持つタイプなのよ!》

 曲線を描く刃が、レイリアを睥睨する。
 クリスがセイント・ヴァルステンを抜く。アーシャも光の弓を構える――だが、瓦礫に阻まれて思うように動けない。
 クリスの瞳に、ウォーサイスを振り下ろす一連の動作が、なぜかスローモーションのようにゆっくりと流れる。

「だめぇっっっっ!?」

 ウォーサイスの刃が、レイリアの胸に吸い込まれた。レイリアの口から漏れたのは、悲鳴でも苦悶でもなく、大量の血液だった。

《あっけないものね。人間って――》

 アヌビスがそう言った瞬間、ウォーサイスが消滅。

《さようなら、シディアスの騎士諸君。真城蒼一とユーベル・レオンハルト――世界最強の双璧によろしく伝えておいて》
 
 器用に瓦礫の間隙を縫いながら上空へのぼっていき、やがて死神は飛び去った。
 それを見届けるよりも前に、クリスはレイリアにすがりつく。
 
「レ、レイリアっ!?」
 
 レイリアはクリスを見た。そして苦しそうに微笑む。先ほどまでたしかにあった覇気は、レイリアから消え失せていた。顔からも急速に血の気が引いている。
 アーシャもレイリアに飛びついた。
 
「レイリア!」
「――ぁ――っ、もう――感覚が――ぐっ――かはっ!?」
 
 自らの頭髪よりも鮮やかな血を大量に吐くレイリア。血しぶきがクリスとアーシャの頬を染める。
 異変を察知したティアースたちが駆けつけてきた。しかしすぐ、もう自分たちではどうしようもできないのだと悟って絶望的な表情を浮かべる。
  
「――クリス――聞いて」
「しゃ、しゃべらないでっ!」
「いいから――家族に伝えて――ほしいの」
「か、かぞ……く?」
「両親に――きょうだいにも――アレックス……レオナルド……アルマ……っ……みんなに、ごめん……って」
 
 瓦礫の隙間からから生温かいものが染み出し、地面を染めていく。血は熱く、代わりにその持ち主の体温は急激に下がっていった。
 
「レイ……リアっ……!?」
  
 すでに焦点を失っていた瞳で、レイリアはクリスを見た。絶望に染まるクリスの表情が、なぜか「希望」に満たされたレイリアの瞳に映る。
 
「クリス――あたしの友達でいてくれて――ありがとう。本当に――ありがとう。大好き」
 
 それが彼女――レイリア・レビンソンの最期の言葉だった。


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